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第3回THE NEW COOL NOTER賞広告・自己PR部門~12/11 講評


第3回THE NEW COOL NOTER賞「広告・自己PR」部門へご参加いただいている皆様。

12月に入りましたが 11月度分の講評を もう数日続けさせて頂きます。
過去月とスケジュールが異なる旨、お詫び申し上げます。

広告・自己PR部門の記事応募について、11月15日で締め切りとさせていただきました。


奮っての参加、まことにありがとうございました。
※応募いただいた記事は必ずスキをつけ、また 応募マガジン へ収録をさせていただいています。万が一、応募されたにも関わらず、この両方が無い場合は、審査委員用の記事リストに載っておらず講評が漏れる恐れがあります。
お気づきの場合は、 the.new.cool.noter@gmail.com までご連絡ください。どうぞ、よろしくお願いいたします。

それでは、本日の講評をお楽しみください。

(本日の講評者)

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<講評(HIROkuTSUgeru/広告代理店の中のひと)>

どうしようもなく苦手な「自己PR」に私が挑戦する理由
まつおのおつま見|修行者の気ままnote


自己紹介の「自己」が示すものは狭くあるべき との概念を見事に打ち破ったnote.です。


自己紹介 は 、どうしようもなく苦手な分野 だとおっしゃる。
そんな書き手の起承転結が記されます。


起:自己紹介の「自己」にあたる自分のことが子どものころから分からなかったこと
父親へ対しての当時の思いが 今だから正直に記されます

承:そして年齢相応の社会人として過ごす時間とストレス

転:対人コミュニケーション必須の職場から、在宅ワークへの変遷

結:「自己」とは実は広く、大きいものを指して差し支えなかった → ぜひ、オリジナルサイト


自己紹介を苦にしない人、得意な人がいたとしよう

印象に残っている自己紹介があったとしよう

自分にも そんな達者な自己紹介を 、聞く側のひとりとして 年齢ひと周り下の若者に大したものだと羨ましく覚えたことがある

その者は、或るアーチストの楽曲の詞(ことば)を堂々と諳んじた

それは いち会社員として立派な自己紹介であった


まつおのおつま見さんの このnote.から、自己紹介の「自己」は拡大解釈のように考えてもよいのだ という奥行きが伝わります

自己を知ってもらえることは 、自分が分身のように愛する者を知ってもらえる場になるという付加価値
その付加価値が先んじること、それは自身の存存意義であるという熱量が伝わるのです

誰かを応援することで救われた時間があった、そんな心当たりのある方も多いのではないでしょうか

17の頃か、22の年か、40数えたのちか、12才か 、人それぞれに くさび のような出来事があるのでしょう


文末に〆られているように、これは自己紹介、自己PRであり、そして新しい広告の理想的なカタチだと思いました☆

まつおのおつま見|修行者の気ままnote さん 、自分以外の人や物事を据えても違和感のない自己紹介となる記事でのご参加ありがとうございました☆


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<講評(ゼロの紙/コピーライター)>


二人のみこちゃん~表現における「独創」と「再現性・共感」について

自己紹介というものは、もしかしたら
読書感想文を書いた時に見えるものかも
しれない。

自分の人生をふりかえることは容易では
ないし。
それを録画されているかのように思いだ
すことは不可能だ。
取り出して思いだしたとしても、きっと
記憶はどこかでずれが生じるものだ。

みこちゃんのこちらの応募作品は、一冊
の本『天才を殺す凡人、職場の人間関係に
悩む、すべての人へ』のレビューである
と同時に、自己分析が、鋭く展開されて
いる。

みこちゃんはnoteに置ける立ち位置を
2つのアカウントから考察している。

じぶんのなかには2つの自分がいると。

ひとつはみこちゃん名義の文学note
そしてもうひとつはビジネスの軸でも
ある、マーケティングみこちゃんnote

このふたつは前者が「独創」を追求し
後者は「再現性・共感」でもあるんだ
よと。

こう名付けているわけは、紹介された本
のタイトル「天才と凡人」をもうひとつ
の言葉で包み直して読者に差し出してく
れている。

しばしば天才と独創がイコールで語られ
ることに、それは違うよねって、読者に
語りかける。

独創ってそのまま天才ってことじゃない
よねって。

興味深いのがみこちゃんは優越感と劣等
感を味わったことがないと断言している
ところ。

ここって本当にある意味、リアルなみこ
ちゃんの視点が活きている。

自己紹介文とはそういう一面も多いにある
と思う。

脱線しますが、これは劣等感の塊で生き
てきたようなわたしには羨望の眼差しな
のだけど。

そしてみこちゃんがそういう思いをゆる
ぎなくさせたのが、小林秀雄の言葉だっ
たのだと、教えてくれている。

ある文脈で使われた「変わり者」という
ワードをこよなく愛すと。

「みこちゃんは変わり者だね」
そんなふうに温かくも苦笑されたい。
そういう文学noteを目指しているんだよ
と。

 だって、私の定義する、目指したい「独創性」とは「そうとしかいきられない、そうなっちゃう自分の生き方」の別名に他ならないからです。

やみくもに言われたいわけじゃない。
親しい人からはそう思われたいのだと。
ここもみこちゃんの本質のようなそん
な声が聞こえてくるようで、その声に
わたしは聞き入っていた。

もうひとつの軸としてのマーケティング
みこちゃんのキーワードは独創性とは
一見対岸にいるような「再現・共感性」と
いう言葉で表現されている。

こちらのnoteは、ご覧になった方はすでに
ご存知だと思いますが、みこちゃんの専門
分野であるマーケティングのノウハウが紹
介されている。

なぜそのノウハウなのかという裏付けも
たえず押さえながら。ていねいにその方法
をプレゼンテーションしてゆく。

そのマーケティングみこちゃんをたとえて
いうなら、お母さんが教えるはじめての、
「折り紙の鶴」なのだと。

折り紙の鶴がはじめて折れた時の子供達の
喜びは、母親が誰もが知っている必ず鶴が
折れる方法を惜しみなく子供に教えている
だけなんだと。

そしてその時の子供の喜びを目の当たりに
した母の喜びは、再現(鶴を正しく折る事)
共感性(はじめて鶴が折り紙で折れた!と
いう親子を通しての体験)に他ならないの
だと。

誰にも経験がありそうな比喩でマーケティン
グみこちゃんnoteを解説してくれている。

親切にじぶんの活動をたとえてゆくことも
自己紹介では大切なんだなと知る。

そして紹介されていた1冊の本のタイトル
にもなっている「天才と凡人」

この対極にあるかのようなこのふたつの
ワードがみこちゃん流にもうひとつの言
葉に置き換えることで、それは読者のあ
なたにもあてはまることなんだよと教え
てくれる。

ここまで読ませて頂いてわたしが感じた
のは。

人間ってそういう生き物だよねって隣に
座ってつぶやいてくれているような気持
ちになったこと。

みごとに自分のことを俯瞰出来ている
みこちゃんならではの「自己紹介」記事。

そして自己紹介であると同時に、明確な
本の読書感想文になっているところに
気づかされる。

本を通して「わたし」を見つめ直す。

こういう「自己紹介」文を書いてみる
のも、おもしろいなって思った。

急に視力がよくなったかのように視界が
広がりました。

読書体験という新しいアングルからみえる
「わたし」に気づかせてもらいました。

みこちゃん、11月部門賞に応募して頂きま
してありがとうございました!


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*講評は分担制としているため、必ずしも応募順に講評結果が発表されるわけではございません。よろしくお願いいたします。

◆応募作品は こちらのマガジン に収録されます。
 他の参加者様の作品もお読みいただき、ぜひ、当コンテストを通して新しく知り合い、また仲良くなった、との声をお聞かせください! 皆様の縁がつながるコンテストでありたく思います。


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