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戦略級魔法少女のための村で「日常の親友」役として生まれ育った。

私に与えられた役目は、ひとりの戦略級魔法少女――以下では「A」と呼ぶ――の「親友」を務めることだった。私はそのためだけに産み落とされた。自由恋愛で引き合う男女ではなく、計算機がはじき出した「戦略級魔法少女の親友を務めるに足る能力を持つ可能性が高く想定される」精子と卵子の組み合わせから。

戦略級魔法少女の運用で各国が何より腐心するのは、「いかに彼女の情緒の安定を確保するか」だ。戦略級魔法少女はヒトの身体を持っているから、他者との交流を排除した環境で兵器として管理することは当然に難しく、むしろ健全な人間関係のなか「普通の子ども」のように育てるほうがよい。
だから戦略級魔法少女ひとりのための「村」が山間に用意される。たった百人の住民、そのすべてがAひとりのために働く特殊な専門家たち。

そして、戦略級魔法少女を「普通の子ども」として育てる以上は、「友人」が必要になる。それも、大人ではなく「同年代の友人」が望ましいことを、多くの研究やデータが示唆している。

だから、戦略級魔法少女の発生が分かると――生後二年以内には判別がついて速やかに専用の「村」に隔離される――やがて「戦略級魔法少女の親友」が「園」から提供される。

「戦略級魔法少女の親友」の候補は私以外にもいた。Aと初めて引き合わされる前、幼少の私は、他の候補者たちと一緒に数年間、「園」で育てられた。
「園」でどのような「教育」を受けたか、Aとあまり関係がないので、ここでは省く。思い出したい記憶ではない。いずれにせよ「同級生」では私ひとりのみが「卒園」を認められた。

戦略級魔法少女をただひとりの友人に依存させるリスクは当然高い。しかし、戦略級魔法少女を扱うに足る「親友」はそう育成できないし、複数の「親友」を管理するリスクよりはまだ呑めるものらしい。私はAの人生唯一の「親友」と定められた。

園を出て、「お友達になろうね」と用意された台詞をなぞる私にAが顔を輝かせた日は、私の人生が初めて輝いた日だ。

Aは屈託なく笑い、躊躇いなく泣き、思い切り怒る、情緒豊かで、そしてまっすぐな人間だった。Aは初めて会った日からずっと、変わらずAだった。

まあ、Aの視聴する「魔法少女もの」が少なからずパーソナリティに影響を与えていた面はあったのだろう、Aは努めて「主人公」たろうとしていたように思う。

国内の一切からシャットアウトされた村で、Aの触れる情報はすべて厳密にコントロールされるが、「常識」と情操と愛国心を健全に育むためには、「フィクション」が有用かつ必要だ。フィクションはすべて、前時代に流行した「魔法少女もの」をもとに、A個人にパーソナライズされ生成されている。

「魔法少女もの」。果敢に戦うキャラクタを見て未成年の女子が勇気づけられる場合も、あるいは残酷に傷つくキャラクタを見て成人男性が満足する場合も、「魔法少女」は本来、架空の壁の存在にすぎなかった。――ところが戦略級魔法少女にとっては違う。作品を通してAは、自分がどう「世界の危機」に立ち向かってゆくかをイメージする。Aにとって、Aと「魔法少女ものの主人公」は同一であるし、「世界」と「国」と「村」は一体だ。

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「魔法少女もの」のキャラクタと同じように、「村の外」の子どもと同じように、Aと私は学校に通い出す。私の方がずいぶん年上だったけれども、Aと私は同じ学年として扱われた。学校には、Aと私の二人だけ。

Aと私は「日常」の学校生活を送る。毎秒欠かさず監視されていることをAは知らないし、私の言動が厳密にコントロールされ逐一音声で指示をされていることもAは知らない。Aはあくまでただの学校生活を毎日送り続け、私は「Aの情緒を健全に保つ」ための学校生活を毎日送りつづける。

放課後にAと別れても、私の任務はまだ続く。毎晩、私はAと私の言動の詳細をレポートするよう求められた。どうせAと私の言動は、教育学や発達心理学や精神医学の専門家――言うまでもなくこういう分野には莫大な研究費が投下される――がすべて細かく分析しているのだから、私のレポートはあまり意味が無かったとは思う。その後は、私が明日取るべき言動の案を提示するが、これもどうせ事細かくほとんど別物に修正される。私の毎日はそのような感じだった。いや、日によっては、家の地下で「再教育」を受ける素敵なデザートもあったが。

「Aの情緒を健全に揺らし発達させろ、ただしAの情緒を大きく揺らしすぎるな」。――この任務に対する私の努力が不十分とみなされるたび、私は「再教育」を受けた。当然、人間ひとりの、それも喜怒哀楽はげしい人間の情緒をコントロールしきるなど、無理な話だ。私は何度も何度も何度も「再教育」を受けた。

従順な私にAが退屈を感じた日の夜、私は「再教育」を受けた。
反抗的な私にAが激怒した日の夜、私は「再教育」を受けた。
私の腕とうなじを見てふとAが頬を紅潮させ目を背けた日の夜、私は「再教育」を受けた。
素っ気ない態度を取りつづける私にAがショックを受けトイレに閉じこもった日の夜、私は「再教育」を受けた。

「再教育」を受けた翌日、私は恐怖や苦痛の表情を、Aの前で完全に隠すことができなかった。しかしAは、私の「『悪い魔女』の呪いのせいで、時折こうなってしまう」説明を信じ、自らの「『悪い魔女』を倒す正義の魔法少女」の自覚をより強めたようだった。――私への「再教育」は、私のパフォーマンスを高める目的よりむしろ、Aの愛国心を高める目的で行われていたように思う。

まあ、そんな日であろうがなかろうが、「学校をずる休みする」とか「休日に服を買いに行く」とか、些細なイベントを私は忠実に実行しつづけた。Aに「日常」と「青春」を与え続けた。

「魔法少女もの」のような「日常」と「青春」を与え続けるため、つまり「外への憧れ」「都市への憧れ」を持たせないため、人口百人の村にもかかわらず、村には大都会の一画を切り取った「町」も用意されていた。本屋もアパレルショップもカフェもそろっていた。店が営業するのは、Aと私がが通りかかるときだけ。

もちろん、山間の村でできることは限られる。Aはアニメで「海」の概念を知ってやたら憧れていたけれども、村には大きな湖すらなかったから、プールが急造された。

私は概ね指示に従って日常をこなしていたが、Aが一番楽しそうに見えたのは、たいてい専門家でなく私発案の企画だったというのは、私の願望ではないはずだ。Aが線香花火を気に入るだろうことだって、私しか予測できなかったのだ。

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戦略級魔法少女が成長すると、やがて「世界の危機」が訪れることになっている。「世界」を脅かす「悪い魔女」達に立ち向かわなければならない!Aの視聴する「魔法少女もの」と全く同じストーリーに乗せられ、Aは愛すべき人びとを守るために力をふるうのだ。

「悪い魔女」というのは当然敵国の、たとえば隣国の戦略級魔法少女だとかだ。

Aや私が生まれる遥か前には、列島が文字通り二つに割れて二つの国になっていた。戦略級魔法少女同士の拮抗は長年続き、彼女らの出鱈目な防御が互いの国土の七割を安全に保護しながら、彼女らの出鱈目な攻撃が国境地帯の景色を山脈にも溶岩の海にも宇宙空間にも目まぐるしく変え続ける。

魔法とは世界の法を逸脱してるから魔法と呼ばれるのであり、戦略級魔法少女は戦略兵器に資するから戦略級魔法少女と呼ばれる。

Aもまた、戦略級魔法少女だ。既知の情報となっているが、Aは「韻文を詠じることで現実を変える」出鱈目な力を持っていた。Aは和歌で文字通り天地を動かすことができた。(だからAと私の通う学校で国語科は最も慎重に綿密にカリキュラムが組まれた。――文学研究に工学研究と同規模の国家予算が組まれるようにすらなったらしい。)

Aは「世界」つまり「国」や「村」の人びとを守るために、まったく勇敢に「世界の危機」に立ち向かった。

とはいえ、Aは特殊な環境でそれでも普通の子どもとして育てられたから、Aの情緒は当然に平静ではなくなる。

Aが初めて「同じ世界」の人の死ぬのを見た日の翌朝。
Aが初めて「人間そっくりの悪い魔女」を魔法で殺した日の翌朝。
Aが重症を負って魔法で自己治療をした日の翌朝。
Aが「魔女に協力する悪い奴らの拠点」を魔法で一掃した日の翌朝。

顔をゆがめるAを無遠慮に覗き込み、私は何も知らない顔で、「どうしたの?」と笑って問いかける、純粋で温かく残酷な友人を演じた。Aは「なんでもないよ」と作り笑いを浮かべる。Aの笑顔が作り笑顔であることを私は知っているし、私の笑顔が作り笑いであることをAは知らない。Aは私と情報の非対称性があると信じていて、私はAが私と情報の非対称性があると信じていることを知っている。私達の関係は、ずっとそうだった。いつまでも私が「Aの帰るべき日常」でありつづけるためだった。私が何も知らないふりをする限り、Aは「魔法少女のあれこれに、私を巻き込むわけにはいかない」決意を維持した。Aの「魔法少女の任務」に対する精神的なケアは、「魔法少女を束ねる正義の組織」の誰かが担うことになっていたのだろう。(戦略級魔法少女同士の交流、当然厳禁だ。そもそも戦略級魔法少女が何人存在するのか、それすら重大な機密で、私も一切知らない)。

ちなみに、戦略級魔法少女を薬物等で管理しないのは、人道の配慮ではなく国家の安寧のためだ。魔法はきわめて繊細で、脳内物質を直接コントロールしようとすると容易に暴発しうる。そして戦略級魔法少女の魔法暴発は大災厄を意味する。二十年前にK県が地図から消滅したのは、「悪い魔女」の攻撃ではなく自国の戦略級魔法少女にごく普通の睡眠薬がごく適量投与されたことが原因ということくらい、今の私は知っている。

だから国は、戦略級魔法少女ひとりのためにひとつの村を作り、「親友」を用意し、ストレス要因を徹底的にコントロールした広大な閉鎖環境で彼女らを育成する。軍事利用に先立って防災のために。

戦略級魔法少女は、多分どの国でも人間とみなされなかった。近代の人権思想やリベラリズムは、言葉ひとつで十万人を殺せる存在の出現を予期していなかった。魔法のまの字もない世界に突然、戦略級魔法少女が誕生するようになったというのに、現在の世界がこれほどの均衡を保っていられるのは、むしろ奇跡かもしれない。この均衡はむろん、すべて戦略級魔法少女に負債を押し付けることで成立している。

・・・・


「卒業したらどうする?」

ある日のAは私に、私達二人しかいない喫茶店で珈琲をかき混ぜ問う。

私もAも、高校を卒業した後、村内の「専門学校」に入学した。といっても、小学校と中学校と高校と同じ校舎だから、実質、「高校生活」の延長だった。

「卒業か。まだ先だし分からん」

Aと私は何年も何年も、「専門学校」に通い続けた。
すべてがAのために用意されたすべてが偽りの村は、Aに偽りの労働を用意する気がなかった。魔法少女は通常、その年齢の頃になると魔法の力を喪うからだ。

「えっ何も考えてないの、らしくないだろ」

しかしAは、「少女」と呼べない年齢になってなお、魔法の力の衰える兆しはなかった。私はそのことに深く安堵した。兵器としての価値がなくなったのちの戦略級魔法少女がどのような扱いを受けるのか私は知らなかったし、それを知ることは許されなかった。

「まあ今が一番良いからなあ」

これは本心だった。Aはもう「大人」になって思春期の情緒の乱れを心配する必要はあまり無くなっていたし、毎日のように「魔法少女の任務」に行くようになっていたから、私の仕事は、ほとんどなくなっていた。
こうやって、夜に「悪い魔女をやっつけ」に行く前に、学校やカフェでAの安息を作ることだけが仕事だった。
 
「一緒にカフェを開こうよカフェ」

 お、開きたいね。

「『海』が見えるところが良い!いや、『海』に行くと死ぬんだっけ」

 うん、死んじゃうんだよ。

「うーん、じゃあ、『都会』でやろうよ。この村も良いけど、そろそろ都会に行きたいんだ」

 え、この村にいたいけど。

「もうそろそろ嫌になっちゃった。最近、魔法しょ――いや『バイト』が大変でさ」

 あー、大変なんだね。 

上を向いて楽しそうに喋っていたAは、反射的に相槌を返し続ける私を見る。そして黙り込む。

Aは言葉を選んでいるようだった。目が必死に泳いでいた。

「あのさ――」

私は内心眉をひそめる。どんな言葉が来るのか。Aは必死に何かを訴えようとして、訴えられないでいるようだった。

Aは肩の力を緩める。私をねぎらうような目で。穏やかな声で。

「……ありがとう今まで」

――私は今までAが何も知らないと勘違いしていたがAはとっくに気づいていたのかもしれないそうに違いないAは馬鹿ではないAがとても賢いのを私はずっと見ているAはあれだけ情報を制限されていても欺瞞に気づけるのだろうだからこそ私が用意されているのだ国家が私というAの「友人」を用意する理由はAの行動を縛るためなのだAが戦略級魔法少女をやり続ける理由はAにとって私が人質になっているからだ――。

瞬時に押し寄せる思考の奔流を私は打ち切った。耳に流れる指示も聞き流す。いつものように、作り笑顔でとぼける。

「急にどうした、何がありがとうだよ」

「なんでも」

「なんでもって」

Aも作り笑顔を浮かべ、しかし私と目が合い、吹き出す。それから、くすくすと、あははと、腹を抱える。
私がAの屈託ない笑顔を見たのはこのときが最後だった。


・・・・・



 
Aは私を守って死んだ。間抜けな私を守って死んだ。
物語なら、なんともありふれた陳腐な展開。

国家にとってAの命は私の命よりずっと価値があることを、私が長年どれほど必死になっても、Aはついに最後まで理解する気がなかったらしい。

Aの命と私の命を天秤にかけたときにAは一切の躊躇を見せなかった。
Aは最後まで物語の「魔法少女」であろうとした。

その日をもって私があの国で生きつづけられる理由は、私にとってもあの国にとっても消失した。だから私はこの国に亡命しこうして手記を書いている。
むろん亡命の意志はなかった。私は私を人質にAの命を奪ったこの国を深く恨んでいるが、私はこの国に強いて生かされている。


・・・・・・


私がこの国に来て、もう三年になる。

私の知っていることはすべて、尋問  協力的に話したつもりだ。それでも私はまだ生きている。戦略級魔法少女にかんして、私に与えられる仕事があるのかもしれない。

現在のところ、自由な外出を認められていない点以外は、きわめて人道的な扱いを受けていると思う。一挙手一投足が監視されるのは、生まれたときから何も変わらない。それに、窓からの眺め、Aと私の見たかった広い海の色は、悪くない。私が得ることのできる情報の幅は、格段に増えた。自由民主主義国家の薫陶を受け、あの魔本主義国家の歪みについて認識することができた。

もちろんこの国も、戦略級魔法少女が運用されている。しかし驚いたことに、この国は、戦略級魔法少女の管理や情報統制があの国よりもはるかに緩い。隣国と停戦していない状況でなぜその施策が成立しうるのかは分からないが、ともかく、この国の戦略級魔法少女の一人と面会した私は、そのことを憎ら  妬  たいへん喜ばしく思った。

この手記が国威発揚にどのように利用されるか、私には興味がない。Aを悼む者は私しかいない。私を悼む者も、Aしかいない。

Aがたしかに笑って泣いていたことを私は覚えているし、Aも死ぬその日まで、私が作り笑顔や作り泣きでない表情を浮かべていたことを、覚えていたに違いない。Aのために生まれた私にとっては、それだけで十分だ。

だから、この国が私の生存を許さなくなる日まで、私のやるべきことはただAの思い出を整理することのみ。

今も毎晩、Aが私の命を優先して死んだ瞬間を夢に見る。それが私の人生最悪の瞬間だったのか、私の人生最良の瞬間だったのかは、多分、どちらでも構わない。

私は、Aと私が存在した痕跡を残しつづける。Aが最期に私に見せた表情を思い描きながら。

Aと私のふたりが。兵器でも道具でも災害でもない、ただのふたりの人間が、たしかに笑って泣いていた痕跡を。私は刻みつづける。



・「戦略級魔法少女」の文字列をTwitterで見て、興味をおぼえて書きました。 (発案者の方々のインターネット上の議論、同人誌制作には関わっていません。)

・ストーリーやキャラクタや構造との類似点は特にありませんが、本多孝好『瑠璃』(「MISSING」収録)が念頭にあります。

・ヘッダー:線香花火の儚い思い出の無料写真素材 - ID.86439|ぱくたそ (pakutaso.com)