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留学先のキャンパスを紹介!

私の通う大学はノースカロライナ州の小さな街にある。キャンパスは背の高い木々に囲まれ、中央には大きな池がある。週末には近くに住む家族が釣りをしにやってくるのも見かける。移ろう時とともにキャンパスは姿を変える。春には花々がいっせいに芽吹きキャンパスを彩り、次に夏の緑が躍動する。秋には美しく纏ったその羽衣をはらりと落とす。冬、凍える寒さの中、また命を燃やす準備を進める。

近年はキャンパス内に棲みつく珍妙な生き物達が勢力を増している。その個体数はあと数年で大学に通う生徒の数を超すとも言われている。大量の群れをなす雁、その雁の群れに一羽紛れ込むアヒル、頭に天狗の鼻のような こぶを携えたバリケン、近づくと恐ろしいスピードで逃げ出すリス、時より見かけるラッコ、ニワトリ、カメ、ワニ、カッパにネッシー。生死を司るシシガミが現れたこともある。神妙な面持ちでこちらを一瞥した後、森へ帰って行った。棲み着いた動物達は皆我が物顔でキャンパスを闊歩する。

大型肉食獣がいるわけでもないので、彼らには天敵がいない。彼らにとってキャンパスは、地上の楽園なのだ。一日中食っては寝て、適当な所で便をモリモリ排泄し、気の向くままに日向ぼっこを貪る。快楽に耽り、浮世の喧騒とは無縁。課題、恋愛、人間関係に気を張り巡らせ、青春の悲喜交々が渦巻く阿呆学生達を嘲笑うかのように悠々自適に暮らしている。

まったりとした性格が彼らの取り柄だが、頭の隅々までまったりしるので時より心配になる。そのまったりした頭故か、道路に飛び出した動物が車に轢き殺されることもしばしばである。神経細胞の軸索に信号伝達を阻害する悪魔でも棲んでいるのか。たとえ楽園の住人であろうと、常温になったチーズケーキのようにまったりとした脳みそは命取りである。

そんな動物たちと一人格闘する者がいる。彼は私の五つ上。かなり変わった経歴をもつ。いわゆる変人である。いつも愛する自転車ゴーゴーレッツ号でキャンパスを東奔西走している。私は彼を日野さんと呼び慕っている。世の中をかなり斜めに見ている彼の考えに感服した私は、彼と共に思想を歪める日々を過ごしている。

そんな彼は、キャンパスに住む動物たちからの攻撃にいつも頭を悩ませている。雁の鳴き声に起こされ、彼の一日は始まる。彼の住む部屋の真下で雁が朝の集会を開くのだ。愛くるしい見た目とは裏腹になかなか嫌な歌声で鳴く彼らは、早朝から何を話すことがあるのかあーだこーだ話している。白熱した議論を終え、その場を離れると一帯にびっしりと敷き詰められたクソだけが残る。掃除当番は当然日野さんだ。雁たちは日野さんの車を囲うように排泄するため、掃除を怠ると彼の車は糞に埋もれてしまう。かくして彼は大学の中でも珍しく、雁達に敵意を抱くようになった。雁の群れと日野さんは一触即発の緊張状態が続いていた。

土曜の昼下がり、彼は相変わらず糞を掃除していた。私は横でそれを見届ける大役を一身に引き受け、日陰に腰掛けて、日野さんの非常識的な思想をふむふむと噛み締めて聞いていた。その時であった。遠くに見えていた雁の群れがこちらへ向かってくるのが見えた。日野さんは般若の形相で奴等を睨みつける。彼の中で怒りがムクムクと膨れ上がるのが見えた。

あいつら、今日こそ分からせてやる。

悪魔のような台詞を吐き捨て、愛車ゴーゴーレッツ号に乗り込む。発進。拾っていた石を次々に投げ込む。 ギィェェェ   雁の悲鳴が高く響く。
逃げる雁達。追う日野さん。激しい攻防を繰り広げる。私は彼の眼差しに並々ならぬ怒りを見た。私は戦いの行く末を静かに見守る。
雁の習性をよく理解している日野さんに分があったか、雁の戦線を大きく撤退させることに成功した。満面の笑みを浮かべ凱旋する日野さん。私は痛く感動した。彼の執念、彼の怒りに強く胸を打たれ、拍手で日野さんを迎える。

かくして雁 対 日野さんの緊張関係はひとまず解消された。両者が平和条約に調印する。雁にとっても、広大なキャンパスの中でわざわざ血気盛んな日野さんの所に行く理由もない。日野さんはしばらくの平和を手に入れ、安堵する。しかし、事態はいつ急変してもおかしくない。争いの火種はそこらじゅうに転がっているのだ。日野さんは束の間の安寧を手にしたにすぎない。命が永遠でないように、この平和もまた、永遠ではないのだ。しかし、今は日野さんの勝利を祝って終わることにしよう。ノースカロライナの日差しは日野さんの掲げる拳をひりひりと照らすのであった。


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