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カプセルホテルの女④ ー完ー 『短編小説』

「え?」
今のどういうことだろう・・・


「いやぁね、彼は火の打ちどころもないくらい完璧だったの。
顔が小さくて背が高くて細くて、手足が長くてモデルみたいだった。
見た目だけかと言われればそんなことないの。
むしろ中身はそれ以上で優しくて賢くて、余裕があって、私に負担かけたことなんて一度もなかった。
そんなんだから、女友達も多くてメンヘラの子が真夜中に泣いて電話してきたりもしたんだよ。
そのときも嫌な顔せず温かく話を聞いてあげるの。それも2、3時間。その子がもう大丈夫、寝るって言うまで。
もちろん彼女の私からしたら気分良くないし、ヤキモチばっかり妬いてたけどね。」

「そんな完璧な人いるんだ。」
アイが一気に喋ったので呆然としてしまった。
同時にアイの元彼が、なんだか自分の元彼に似ているような気もした。


「うん。自分からは絶対別れ切り出さないって約束してくれたのに、振られたの。」
今にも泣き出しそうに語尾が震えた。

まだ元彼のこと忘れられないんだろうな。
なんとかしてあげたい、そんな気持ちが出てきた。

ゆかりには友達が少ない。
学生の頃は授業が終わると真っ直ぐ帰って自分の部屋に籠もっていた。社会人になってもそれは変わらなかった。
生きる容量が少ないのか、生きるのに向いていないのか普通の人と同じ生活をするだけでもグッタリ疲れてしまい、帰宅したらテレビを見る元気も残っていないのだ。
同世代の友達とは自ずと話が合わなくなっていった。
誰も何も言わないけど、つまらない奴、そんな風にゆかりのことを思っていただろう。

だから余計に、こんなに楽しくお喋りできるアイを特別な存在に感じてしまう。
いくら顔をまだ見たことがなくても。

ゆかりは妙に苛々してきた。
私本当は結婚しているはずだったのに。
結婚も出来ない上にライターの仕事も切られるかもしれない。これも全部元彼のせいだ。

いつもその部屋にアイは居たが、決して姿を見せることはなかった。
「私恥ずかしがりで、人前に出るのが嫌なの。この人の多い都会だと疲れちゃって、カプセルホテルに休みに来てるのよ。だからカプセル内で話しましょう。」
と言われ、妙に納得してしまうのだった。

確かにこの東京のど真ん中では、人から逃れるなんて不可能だ。



今週も、2人して終わった恋の話ばかりしている。

「私もそうだよ。もう電話しても何しても出てくれないんだから。最後くらい納得して別れたかった。」
ゆかりは言う。

「そうなの? じゃあ元彼、ゆかりから逃げまくってるのね。私が付き合ってた人もそうだった。
諦めるのも辛いよね。
納得できる終わりなんてないって良く言うけど、やっぱり許せない。
彼とね、良く●●町に2人して出掛けたの。あそこは人混みだらけだけど、彼がいれば全然人なんて怖くなかった。むしろ人の波に紛れて歩くのが気持ちいいの。」
誇らしげに、寂しげにアイが言う。

「本当に万能な彼だったんだね。」
微笑みながらゆかりは言う。


いっぱい喋った後は、どちらともなく会話が途切れて寝るパターンが多かった。
でもその日は、不自然な感じで会話が終わった。
もう寝たの? と聞こうと思ったが、アイは余計な質問をされること嫌いだからやめておいた。

後日、ゆかりはなんとなく引っかかるものがあって●●町に行った。
相変わらずの人混み。

と、その中に元彼を見つけた。
拓人・・・
 
女と手を繋いで歩いている。
「女友達が多いけど、友達は友達、彼女は特別だから。絶対ゆかりを裏切ることなんてしないから俺を信じて。」
そんなこと言っていたのにその女友達の一人とデートしているのだ。
彼女は何度か会ったことがあった。

ゆかりは人混みに紛れて、鞄の中からハサミを取り出した。
一瞬の出来事だった。
それで拓人を後ろからグサっと切り裂いて、一目散に逃げる。
何が起こったか分からずに口を開けたまま、立ち尽くす拓人。
隣の女も周りの人も、まだ異変に気付いていない。

今すぐ、カプセルホテルに行ってアイに会いたかった。すごく怖かったのだ。

チェックインして夜まで待つ。
でもアイは来なかった。
今日が水曜日じゃないからかもしれない。
モヤモヤした気持ちを抱えながら、水曜日までアイを待つことにした。
でもその次の週も、またその次の週の水曜日も、201番に灯りが点くことはなかった。


堪らなくなり、受付のおばちゃんに聞いてみた。「201番に良く泊まってる人、最近来ないんですか?」

おばちゃんはニヤリと笑う。
「出たのね、あの子。
彼氏に振られて自殺したのよ。彼氏の名前、拓人って言ったかしら」


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