見出し画像

人生音痴 カリスマ店員ハワイ編🌴

『パンッッッッッ』
乾いた銃声の音、鼓膜が破れるような響き。
キィィィィィィンと耳鳴りがするほどの距離だった。

平和ボケなんてものは、
平和ボケしてる人間には分からない。

 24歳。ボクは思いがけず靴屋の店長になっていた。場所は神戸。デザインをしたり、販売をする平凡な日常を遂に手に入れた。
 
23歳でルーマニアから帰国したボクは、そろそろ就職しようと、タウンワークやフロムエーをペラペラとめくる毎日。

ここは……いや遠いな。

ここっ!……いや時給安いし。

おっここやっ!……資格なんてないっちゅうねん。

あげ足を取るかのように、どこかにケチをつけるボクの職探しは難航していた。

(俺、何がしたいんやっけな……。)
仕事探しのパラドックス。
脳みそがジャムっちゃって何も思いつかない。

休憩しかしてない男は新たな休憩を求めるもんだ。
散歩がてら煙草を買いに近くのコンビニに立ち寄ると、新しいフロムエーが出ているのを発見した。
いつの間にか求人誌を読むことが使命となったボク。
(ホンマに良さそうなんがあったら買お。)
(毎回買ってたら、余計金も減るしな。)
(あっ、バーテンなんかもありかな。)
(いやでも、それやったらバイトでえぇもんな。)
(今回は就職すんねん。)
(そや、ファッションがえぇな。服屋。)
(それやったら四条とか直接行った方が早いか。)
一通り立ち読みしているものの、ほとんど焦点も合わず上の空でページをめくっていると、ふと目に飛び込んできたキャッチコピーがあった。


【日本のブランドを海外に発信しませんか】


海外フェチのボクは、この見出しに魅入られた。
靴のデザイン、広告業です。
ファッションに興味のある方是非。

全てチェックし終えたので、携帯に電話番号を登録して、ここだけ写メ撮って家に帰った。

が若者の主流だけど、
その辺は律儀な私。しっかりと本を買って家に戻った。

家に着くとさっそく電話でかける。

トゥルルルルル…トゥルルルルル…トゥル…

「もしもぉし」
スリーコール以内に反応があった。
「あっ、オレオレ」
入りは詐欺のようになってしまったが、要件を伝える。

「ついに、みっけちゃいましたっ!」
「ん?なにを??」
「仕事、仕事、もうそろそろちゃんとやるわ」
「うそっ良かったじゃん。また決まったら教えてよじゃあ私〝は〟仕事中だから」
「ちょっなんやっ!私〝は〟って。ちょっ」

ツーツー……。

彼女はボクのやるやる詐欺にひかかることなく電話をきった。彼女とはもう5年も付き合っている。
「なぁんじゃこいつ……」
ボソッと呟きポンっと携帯をベッドにほった。
携帯は落下と同時にピロリロリーンと16和音の悲鳴をあげる。すぐにベッドにいる携帯を救出すると
『頑張ってね。応援してる』
にニコニコとした絵文字がメールで届いていた。
『あなた〝は〟仕事頑張って』
とプンプンした絵文字を添えて送り返した。
大学を卒業する時に
『よーいドン』でどっちが先に就職できるか競争ね、なんて話していたけど、しっかり者の彼女はフライング気味で就職活動を始めて、卒業する頃には、いくつかの会社から内定をもらっていた。

 よいこらしょと20代とは思えないほどの重い腰をあげ、掲載された番号に電話をかける。
ハスキーボイスなおじさんが電話に出た。
「えぇと。ほんならぁ来週月曜日の14時。梅田の事務所に履歴書持ってぇ来てぇ下ぁさい」とぶっきらぼうな対応だった。

 当日、「行ってきます」と玄関を出ようとするボクを寸前で母親が引き止める。
「えっ?あんた面接やろ?それで行くん?」
「おぉん、せやで」
ボクは、チャコールグレイのスーツに緑の革靴、黄緑のシャツに緑のネクタイを締めて、極め付けにKANGOLの黄緑のファーハットをかぶっていた。
ほとんど新喜劇の中條健一だ。

「えー、何考えてんの??」とため息をつく母親。
「なんでやねん!ファッションの会社やで。リクルート着て行くヤツの方が終わってるやろ」
このイデオロギーがわからないのなら、そんなもんこっちから願い下げだ。と言葉を重ね、意気揚々と家を出た。

 面接は5人づつ集団で行われた。
周りには順番待ちも含めて30人ほどの志願者がいて、その全員が驚くことにビシッとリクルートスーツに身を包んでいた。
しかも、みんな驚いた表情でこちらを見ている。

順に呼ばれて室内に入る。
ボクと一緒になった他の4人は、手札にジョーカーが混ざっている気分だろう。
「えぇ梅村ですぅ。よぉろしくぅ」
聴き覚えのあるハスキーボイス。どうやら面接官は人事部と梅村という部長によって進行されているようだ。
気怠そうに話す白髪混じりの梅村部長は田村正和似の男前でブラウンのイタリアンスーツにタートルネック姿で本当にお洒落だった。

「おぉ、やっとまともなぁヤツがぁきたなぁ」
ボクを見るや否や目を見開いて、立ち上がり演説を始めた。
「ファッション会社の面接やぁ。言うてんのにぃ、みんなぁ堅ぁ苦しいリクルートスーツで来おんねやぁ」
真面目に見られたいんかな。こんな仕事遊びがないと出けへんぞ。と思いの丈をぶち撒け部長は席についた。
開口一番のその台詞に全員まごつき、目を白黒させる。
「君はぁサプールみたいやなぁ」
「まぁ、ボクどっちかいうたら色白ですけどね」
ボクのファッションは確かにサップベースで、派手な色が好きだが『基本3色まで』と決めていた。
 梅村部長は、しばらくファッションに対する自論を繰り広げた。その後、フェイドインで面接が始まり、それぞれに質問を投げかける。
『学生時代、頑張っていたことは何ですか?』
という常套句のような質問に皆が野球だ、サッカーだ、ピアノだ、と答える中、ボクが「羊飼いです」と答えると、梅村部長は手を叩いて笑った。
20分ほどだったろうか「ではぁ、そろぉそろぉ」と梅村部長が面接を〆に入った。
「二次面接に進む方ぁにだけぇ電話ぁさせて頂きます」
梅村部長の言葉を聴き、ボクは急いでメモ用紙に自分の電話番号をメモった。
そして席を立ち、去り際に「良かったらお電話下さい」とスッとメモを梅村部長に渡した。
「キャバぁ嬢かいなぁ」と梅村部長はメモを受け取る。

 帰り道、阪急電車に向かって歩いている途中で、電話がブーンブーンとブルった。
「指名ぇさせてぇ頂きますぅ」
が梅村部長の第一声だった。
もちろん履歴書に電話番号は書いてあったのだが、梅村部長がノッてきたこの台詞を聴いて「よしっ」とガッツポーズをとる。
携帯をポケットにしまう前に『一面クリア』
と彼女にメールを送る。
作戦成功とご満悦で電車に揺られている時
『セーブしとくように』と彼女から返信が来た。

 後日、二次面接に向かうと、そこには会長さんがいた。
歳は梅村部長と同じ50代くらいだが、見た目は真逆もいいところだ。
ジャージ姿で大柄。顔も安岡力也にそっくりで片側の眉を釣り上げ睨みを効かせてくる。
「今回は沢山の人数が応募してくれました。なぜなら俺が募集をかけたからや」
さっきまで睨んでいたのに、急に笑顔となり発した台詞が意味不明だった。
「ここでは俺がルール。嫌なら帰って下さい」
そして笑顔のまま発された二言目が何より怖かった。

この日のボクは、赤のストライプが入った黒のスーツ。艶やかな青いシャツに赤の革靴、トリコロール仕立てで面接に来た。
他の志願者たちも一次面接と違い、お洒落に気を使った人も増えていた。

「男は女性と違って子供が産めへんからな。生きてきた証みたいなものが残らへんねや。そこで男の俺が産もうと思ったんが……ブランドや」
真昼間に居酒屋の三件目のような話を会長は始めた。ボク達に質問することもなく、まずは淡々と自分の夢を語り始めた。
「ここまで聞いて無理やなと思った人は帰って下さい」と仕切りにボク達を帰らせたがる。
もちろん、誰も立ち上がることなく面接は進む。

「実はな、うちの会社は〇〇グループなんです。俺が一から立ち上げたんや。で次はオリジナルブランドを作ろうと思ってメーカーを立ち上げたわけや」
誰もが知ってるような会社だったので、皆驚いた表情を浮かべた。
「誰かこのこと知ってたやつおるか」
と会長は挙手を求める。
誰も手をあげない上に会長が与え続けたプレッシャーで空気が重い。
「ハイッ」と1人が手をあげる。
「お前、知っとったんか?なにで知ったんや」
「実は、最近知ったんですが、私の知人が会長のグループ会社でお世話になっておりまして。先日、彼から伺いました」
「ほぅそうか。そうか。他はおらんか?」
以前、空気は重い。何が正解かもわからない。
「ハイッ」とボクも手を挙げた。
「おぅ、お前も知っとったんか?」
「ホンマ最近知ったんですけど、さっき会長から伺いました」
「ふふん」会長が鼻で笑う。
その後「そうや、それでえぇ」と話を続けた。
「商売なんかしとったらな、相手が笑ってから自分も笑うではアカンねや。ムスッとしたお客さんが来ても、こっちが笑顔で接してこっちの空気にする。空気を支配すんねや」
一か八かの返答だったがどうやらうまくいった。
うまくいっている時は何をやってもうまくいく。だが、逆もまた然り、ダメな時は何をやってもダメなものだ。

 この日は結局、会社から何の連絡もなかった。
ちょっとふざけ過ぎたかも……
セーブしとけば良かった、なんて考えても無駄なのはわかっていたけれど、それでも意味のない思考をずっと巡らせていた。
とりあえず明日連絡くるかもしれんし……。
でも、前はすぐに連絡あったからな……。
時間の経過と共に徐々に不安になっていく。
その時、携帯が光ったので急いで確認した。
『で、二面はどうだった?』
大学時代、東京で出会って今も東京にいる彼女とのやり取りはほとんどがメールだった。
『Now loading』と返信すると
『セーブしてるから大丈夫だよ』
とすぐに返ってきた。
そんな訳ないのに、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議なものだ。
『二面にもう最後のボスおった』
と余裕ぶって返信すると
『なにそれクソゲー』
と桃鉄以外やらない彼女が返してきた。
彼女とのくだらないやり取りで気持ちがリセットできていつの間にか眠っていた。

朝、知らない番号からの着信で目が覚める。
「すいまぁせん。連絡するのぉ忘れてましたわぁ、次もお願いしますぅ」と梅村部長からの電話だった。
いやっ、忘れんなよ。と思うよりも安心が勝った。
こうして三次面接へとコマを進めた。
 
 三次面接に向かう途中に彼女にメールを送る。
『ここ合格したら、次は意地でも続けるわ』
これは決意表明を守る保険としての彼女との約束だ。
学生時代のボクはすぐにアルバイトを辞めていた。
理由は深夜手当の20%がつかないから、とかそういった類いのことだ。
募集要項の内容と違うなんてことはざらにあった。
理不尽なことでも我慢しろ、というのがボクには納得できなかった。
ただ、そんな考えでは一生彼女も家族も幸せにできない。これからはどんな理不尽にも耐えてやると自分に言い聞かせた。『できない約束はするな。』なんていう人もいるけど、ボクの考える約束は、自分一人では不可能や不安に感じることを誰かと繋ぐことで可能にすること、を約束と呼んでいた。

 返信が届く前に会場についた。
どのくらいの人数が既に落ちたのか、三次面接からは会長とのマンツーマンで行われる。
ちょうどボクの順番が回ってきた時、リクルートの営業マンが訪ねてきた。
「おぉ今、面接してるんや。そこで待っててくれ」
「失礼します」と緊張した面持ちで男女2人組の営業マンは、椅子に腰を下ろした。

「うん。今日もファッション変えてきてんのは偉いな」全身黒に違いグレーの上下に真っ赤なブーツ。
バッファロー66のヴィンセントギャロをパロった服装。
会長は「お前はイカれてる」とかなりボクに興味を示してくれた。
自分がまともに就職したのも24歳の頃からだ、と親近感を抱いてくれたのも1つの要因だ。
 
 しばらく質問が続いた後、
会長は営業マン2人に、ボクの印象を訊ねた。
「君らみたいな若者から見て、こいつのことどう思う?」
彼らが答える前にすかさず割って入り、釘をさす。
「リクルートの営業の方ですよね?多分、試されてますよ。ボクのことを自社商品やと思って売り込んでみて下さい。それが上手くいったら、契約してくれるんちゃいますかね」
釘のささった2人は必死にボクのことを褒めてくれた。
「わかった、わかった」会長は話を途中で止めた。
「お前働く気はあんねんな」とボクに向き直った。
「やる気しかないですね」と二つ返事で答える。

「じゃあ、さっそく働け」
ボクは最終面接を受けずして飛び級で合格した。



「今日から1000日行や。3年間休むな」



「えっ?はいっ?」
と戸惑うボクに、会長は言葉を足す。

「まぁ、若いし半年に1回休んむんは許したろ」

喜びも束の間。
面接後、そのまま終電までボクは働いた。
帰り道でパカッと二つ折りの携帯を開く。
『良い心意気だ!応援してるよ!そんな想いがあるんだから絶対受かるよーーー!!』
いつもより熱いメッセージが届いていた。
『さっきのは…無しで…』
途中まで打ちかけて止めた。
『おーありがとう!でも…実はもう受かってん!』
『ウソッ!凄いじゃん!じゃあ次で最後だね』
『いやっ、もう完全に受かってん!』
『え⁇四次審査までじゃなかったっけ⁇』
『そうやってんけど、エリートやし免除で合格ッ』
ピースマークを添えるボクに
『え?そんなことあるの?笑とにかくおめでとう』
と拍手マークが返ってきた。
『じゃあ俺〝は〟明日も仕事があるので』
ここで締めるつもりだったが
『はぁ!?私だってあるし、私の方があるし』
ともちろん怒りマークが飛んできたので
『すいません』
とおじきマークで締めることになった。

 ここからが地獄の毎日だった。
朝7時に梅田の事務所やスターバックスにいき、会長からマンツーマンで貿易やら経営の指導を受ける日々。
ある日の10時頃、唐突に
「おいっ。ちょっとお前、店舗行ってこい」
と言われたので、視察ですか?と訊くとスタッフとして働けとのことだった。
初めは梅田のお店に派遣された。
ボク達の取引先、商品の卸し先のお店である。
「えぇか現場が1番の広告や。一緒に売ってこい」
そういえば、そもそもボクは広告の仕事がやりたくて入社したのだ。
あまりに当たり前のように別の業務をさせられるので、完全に忘れていた。

また別の日にはこんなことを言われる日もあった。
「お前、今からパスポート取りに帰れ」
事務所の人間が「では、ホテルを押さえておきますね」と言うと「そんなもん現地で自分でとらせぇ」と一喝。
「はいっ」とすぐに引き下がる。
「いやっ、はいっ!やあらへんがな」とつっこんだ所で会長がやれと言ったことは絶対だった。
ボクはそのまま韓国や中国に飛び工場で検品作業をする。そして泊まる当てを自分で検分する。

 結局、広告業から遠ざかる日々が続き、逆に販売成績も良かったことが仇となり、自社ブランドの専門店で働くことが生活の中心となった。
とはいっても、相変わらず朝は梅田の事務所に出勤して広告業務もやり、お店がオープンする11時前に京都の河原町まで行き、店を20時に閉めると梅田に戻りグループ会社を接待。
休憩時間は移動時間のみ。
休みはまだ見ぬ半年に1回。
終電で帰るも疲れ過ぎていていつの間にか夢の中。
無事に地元の駅で降りれる確率の方が少なかった。
世の中がブラック企業などと騒ぐ前から、そのトレンドの最先端に身をおいていた。
流石はファッション業界。
ココシャネルばりに黒を貴重とした会社だった。
『大丈夫なの?その会社?』
と彼女から心配するメールも届いたが、お客さんのことを一番に考えていることは会長から、ひしひしと伝わってきたので、なんとかやり過ごすことができた。


入社して半年の月日が流れた。

 
 24歳。ボクは思いがけず靴屋の店長になっていた。場所は神戸。デザインをしたり、販売をする平凡な日常を遂に手に入れた。

 開店の準備をしていると店の電話がなった。
通知には会長と表示されている。
「今からそっちに誰か向かわすから、お前はちょっと事務所まで来てくれパスポートは持っとるか?」
すぐに海外に飛ばされるのでボクは留学生の如く、普段からパスポートを持ち歩くようにしていた。

事務所に着くと大量の靴を机に並べた会長がいた。
「おぉ、きたか小西。お前はよく頑張っとるな。仕事の報酬は仕事や新しい仕事をやろう」
仕事で成功を収めれば新しい仕事がもらえる。
更にそこで結果を出し続けたらドンドン上にいく。
対価は2枚のコインで支払われる。
現金と経験。若い頃は経験をとれ。
この2つの格言を耳にタコができるほど聴かされ、脳みそにタトゥーを彫ったように刻まれていた。

「で、どこに行けばいいんスかね??」
「えぇ質問やね。ハワイや」
ハワイも以外だったが、えぇ質問やね。が気になり過ぎて、スッと入ってこなかった。
「ハワイっスか?」意外な場所だった。
何をしに行けばいいかと訊ねても、会長はいつも「そこに答えはない」と言うだけだったので、その類いの質問をすることはなかった。
「おい、スティーブ」
会長が半身で振り向き、背中越しに声をかける。
すると、事務所の奥からドレッドの黒人の男が出てきた。安岡力也が声をかけ、裏から黒人が出てきたら、もはや殺し屋にしか見えなかった。
「スティーブ。今日の夜の便でな、こいつを連れてハワイに行ってくれ」
「うん。会長、まかせて、大丈夫。大丈夫」
流暢に日本語を話すスティーブ。ボクのパートナーになるのは、いつもドレッドヘアだ。
「まぁまぁスティーブ。こいつも多少の英語は喋れるからちょっとは使えると思うわ」
「えっ?そうなの?うん。大丈夫。大丈夫」
二言発しただけで、大丈夫が口癖だとわかった。
「あっ会長。僕まだやる事ある。大丈夫じゃない」
「どっちやねん!」(どっちやねん!)
脳内で会長とシンクロして、洗脳できたみたいで気持ちよかった。今日が期限の仕事が残っていたようで、スティーブは後で合流することに決まった。
 
この日も出発は夜の便だからということで、梅田の店を手伝いに行かされた。
閉店の少し前にボクは店を出て、最終便に間に合うように関空へ向かった。
空港につくと急いでチェックインの手続きを済ませる。少し時間があったので、搭乗口付近の待合室で時間を潰す。
『ハワイに行くことなったので遠距離恋愛になります』しばしの別れの挨拶を入れると
『もともと遠距離だし。でも気をつけてね。そんなことよりお土産宜しく!この中から私が一番好きそうなの買ってきて☆』
と欲しい物リストが送られてきた。

 現地に着くと会長の甥っ子でハワイ店のオーナーであるユースケさんが迎えに来てくれていた。
「小西君、はじめまして。ごめんね。わざわざ」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。で、何をするんですかね?」
「あれ?会長から聞いてない?」
「はい、全く」
「会長らしいなぁ」
とユースケさんは笑って説明してくれた。
もうすぐグレートアロハランというマラソンのイベントがあり、繁忙期になるから、そのお手伝いでボクは派遣されたらしい。
「えっ?てことはスポーツショップですか?」
「いや、ランニングシューズ専門店やな」
お店はワイキキのメインストリートであるカラカウア通りに位置していた。ブランド街から少し離れた場所。
店も駐車場も流石ハワイといったサイズだった。
「今日はハワイ観光でもするか?」
「いや、会長に着いたらすぐ働けって……」
会長の言いつけ通り、ハワイに到着し、寄り道せずに店に向かうと荷物だけ置いてすぐに働き始めた。
お店の上が社宅になっており、そこで寝泊まりさせてもらうこととなった。
社宅は必要以上の豪邸でワイキキビーチも一望できた。リビングは、だだっ広く、白を貴重とした作りで、一面大きな窓ガラス、昼間からシャンパン飲む奴が住んでそうな作りだった。
「で、小西君いつまでおんの??」
「あぁちゃんと決まってないんですけど、2週間くらいって言われました今日って何日でしたっけ?」
「今日は2月の5日やで」
この衝撃をボクは生涯忘れないだろう。
「えっ?2月5日?2月5日?2月5日っすか⁈」
「おぅん、そうやで……」
必要以上に驚くボクにユースケさんは不思議そうに答える。
「ボク、2月の5日に日本出たんすけど」
「あー、時差でな。日本から来たらそうなんねん」

時差のせいでボクは、2月5日を2回働くこととなった。

人生で一番、流石に働き過ぎだ……と感じた瞬間だった。
「ボク2月5日、日本で働いてから来てるんスよ」と伝えるとユースケさんは笑いながら
「いやいや可哀想やけど、まだえぇやんか。俺も2週間ハワイ行ってこいって昔会長に言われて、かれこれもう8年になんねんで。1回も帰ってないわ」
とボクを震えあがらせた。
でも、小西君は神戸でお店任されてるんやったら、それはないやろ。と怖がるボクにフォローを入れてくれた。

遅れること1日スティーブがハワイにやってきた。
スティーブはグループ会社の幹部であり、大阪のアメ村ではお店に立つこともあって、雑誌にも頻繁に載るほどのカリスマ店員のようだ。
実際、ハワイで一緒に働いている時も
「彼らはイギリス人だから手伝われるのを嫌う」「スイス人はサイズに細かいから良く見てあげて」
「デンマーク人は気にいると何足でも買うよ」
など国民性も踏まえていて、どんどん売り上げを伸ばしていった。
ボクがニュージーランドやルーマニアに住んでいたこともあってかスティーブとはすぐに打ち解けた。

【ランニングシューズを販売するなら自分も走れ】
スティーブから会長の伝言を受け取る。
その翌朝からは4時半起きでダイヤモンドヘッドの麓を走り、社宅に戻ると掃除をしてからお店の準備に取りかかる。
ハワイのお店は開店時間も閉店時間も早く8時にお店をオープン。まだ日も沈まない17時には店をクローズドしていた。

 店を閉めて納品、検品、在庫チェックや事務作業を終えた後は、スティーブとお酒の時間が始まる。
スティーブはワインのボトルを軽く3本はあける。
飲み過ぎると明日4時半に起きれないから、と伝えても「大丈夫。大丈夫」としか言わない。

ある夜、スティーブは酔っ払いながら
「小西君、今から散歩に行こう」と提案してきた。
ユースケさんからハワイといってもアメリカだから、日本と違って危険だと教えられていた。
稀だが、実際に銃声を耳にすることもあった。
スティーブに止めておこうと言っても
「大丈夫。大丈夫」と靴を履き外に出ると、慣れた手つきで素早く紐を結びなおす。
ハワイでもお日様が当たらない夜はかなり冷える。

スティーブはガーナ人でタッパーもあり、体も鍛えてあげられていて、ボディガードのように強そうだ。それでもボクは夜のハワイにビクついていた。
「スティーブ、夜中は危険だから帰ろう」
と促しても
「大丈夫。大丈夫。アフリカの方が危ない」
と答える。
(どこと比べとんねんっ!)
と心でツッコミを入れる。

メインストリートですら危険な匂いがプンプンする。この時間帯のメインストリートはラリってるような人種で溢れかえっていた。
「スティーブ今は危ないやつしかおらんし戻ろう」
「……」
無言でボクを一瞥しメインストリートから外れた裏道に「大丈夫。大丈夫」と言いながら入っていく。
徐々にこの「大丈夫。大丈夫」が死亡フラグに聴こえてくる。
途中、近くにあるクラブから若者がはしゃぐ声と
『パンッッッッ』
と乾いた銃声のような音が聴こえた。
「スティーブ。今のって銃声やろ?ヤバいって!」
ボクの必死な訴えにも
「ふざけて遊んでるだけだよ。大丈夫。大丈夫」
とフラフラな状態で答える彼の死亡フラグはマックスだ。

「そうだ小西君!あそこを曲がった所から競争しよう」と更にひとけの無さそうな路地の方を指さす。
「スティーブ夜中じゃなくて明日にしよう」
「何言ってるの。大丈夫。大丈夫」
お酒の回っているスティーブはいつも以上に頑固だ。どう見ても走れる状態ではないが、これ以上話しても、ずっと押し問答になるだけだ。

「わかった。じゃあ、それが終わったら帰ろう」
「オッケー。あの角を曲がったら、よーいドンね」
とハイタッチを求めてくる。仕方なくハイタッチを返して角を曲がり路地に入った。

その瞬間


『パンッッッッッ』
乾いた銃声の音、鼓膜が破れるような響き。
キィィィィィィィィンと耳鳴りがするほどの距離だった。

反射的に顔を逸らしたボク。
「スティーブ、やっぱり帰ろう」
と隣を見ると、そこにスティーブの姿がなかった。

え……

パニックで頭が真っ白になる。



恐る恐る……ゆっくりと足元に視線を向ける。


ふぅぅ……安堵の吐息を漏らす。
そこにスティーブの姿はなかった。

やにわにいくつかの恐怖に襲われる。
スティーブはどこに消えたんだ……
なにより発砲した奴が近くにいるかもしれない。

ボクはしきりに回りを見渡す。
ふっと嫌な予感がして、正面に体を向けた。
銃声が聴こえてきた方面。
その方向に視線をやると同時に愕然とした。

『パンッッッッッ』
と音のした方面に発砲したであろう男の姿はなかった。が、代わりにそこには別の男の姿があった。


え……


男はこちらに背中を向けていて確認できない。

だが、あれは間違いなくスティーブだ。


先ほどの『パンッッッッッ』と乾いた銃声が鳴り響いた瞬間にスティーブは走り出していたんだ。


「オッケー。あの角を曲がったら、よーいドンね」
先ほどスティーブの言葉が頭をよぎる。


スティーブは『パンッッッッッ』と鳴り響く銃声をスタートのきっかけとして走り出しいた。


(いやっ、よーーーいドンッやないねんっ!!!)


運動会やないねんから。
酔っ払ったスティーブは、本物の銃声をスタートの合図だと思ったのだろう。
必死に走るスティーブを見て、アホらしくなりボクは引き返して社宅に戻った。

お酒に酔うとスティーブはほとんど何も記憶していない。「昨日、すぐ寝れましたか?」
と何もなかったかのように訊くと
「大丈夫。大丈夫」
といつも通りの返事が返ってきた。


グレートアロハランも終わり帰国する日を迎えた。
ボクはなんとか約束通りの2週間で帰れるようだ。
「会長が帰国の日は休んでいいって言うてたで」
ユースケさんが笑顔で伝言をくれた。

入社して半年、ついに手にした初の休日。
せっかくならハワイで過ごしたかったが、
飛行機のチケットがあるのでそうも行かない。

滞在中味わえなかったバカンス気分を空港のDuty Freeで初めて味わい、リストから彼女が一番好きそうなお土産買うと飛行機に乗り込んだ。

2月20日。ボクの休日記念日。

疲れきっていて飛行機の中では爆睡。
気がつけば懐かしの関西国際空港に到着。 
半年に一度のせっかくの休みだ。
お土産を東京まで持って行こうか。
彼女にメールを打とうと携帯の電源を入れた……


2月21日。


え……?
ボクは画面の日付けを二度見した。


2月21日。




ボクの休みは時差で時空の狭間へと消えていった。


最後にもう1度だけ携帯画面の日付けを確認。

2月21日。

ボクはおもむろにカバンを開けマカダミアンナッツチョコレートの賞味期限を確認した。


【あとがき】
最後まで読んで頂き、長々とお付き合い頂き、
ありがとうございます♪(´ε` )
芸人になる前にしてきた過酷な人生経験をこうして昇華することで、少しでも皆さんが楽しんで頂けたらなと思います。

本当、カリスマ店員だったんですよ。
うん。すごく。
販売武勇伝は一度に一人のお客様に売った靴の数
なんと26足。
販売のノウハウ教える仕事とかないかしら。

靴屋時代にお店に来て下さってた皆様へ
私は今、新喜劇で元気にやっておりますので、
世の中が落ち着いたら、是非、劇場まで遊びに来て下さい。

少しでも、自宅にお笑いを。
Life is Comedy。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?