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人生音痴 ルーマニアニート編🇷🇴🦇

23歳。新生活。ボクはニート。
ろくすっぽ働きもせず家でゴロゴロと過ごす日々。
退屈を持て余し、日毎夜毎、ゲームのコントローラーを握ってるかムスコをコントローラーのように握っているかのルーティン。もちろんどちらも1P。

最初に気合いを入れ過ぎると反動で大抵こうなる。
新学期の度に『今年こそ!』と意気込んで新しいノートを買い揃える。
『綺麗に使うぞ!』なんて心に誓うけど、一瞬で使わなくなる。
新しいノートを手にした時は綺麗に使うじゃなくて『最後まで使い切る!』と誓うべきだ。
でないと皮肉なことに願い通り綺麗な状態で2学期を迎えることになる。
手をつけたのは最初の2、3ページだけ。
ノートはすぐに五月病にかかり、すぐさまボクにも感染する。
 
 今もボクはニートの名に相応しく部屋に閉じ籠っている。
現在地はルーマニアのピアッツァドロヴァンチィ。
最初の一歩は京都からルーマニア。
「よっしゃ行くぞ!!」
と拳を掲げ最初の一歩を踏み出したんだ。
とても大きな一歩を踏み出した。
パイナツプルとチヨコレイトを連発してもなかなか追いつかれることのない一歩だ。
ただ、出るには出たものの……
次の一歩がなかなか踏み出せずにいた。

なぜなら仕事がない。
職についていない訳ではなく、仕事がないのだ。

 時間だけはみんなに平等に与えられるなんていうけど、あれは嘘だ。
平等に24時間与えられているのは数学上の話。
時間を支配するのは体内時計であり体感が全て。
 ルーマニアで独り、窓から味気ない景色を眺めている時の1日は、小学校の1算数2算数3理科4国語5理科6社会の地獄の時間割の1日よりもさらに長い。
逆に夢の国ディズニーランドにいる時の1日なんて、太陽が3時間で月にバトンを渡す。
 
 人生は楽しんでいるほどに刹那だ。
ボクの手元にあるのは持て余した時間だけだった。
タイムイズマネー、どこかで換金できないものか。

 部屋の中はコウモリがぶら下がっていそうなほどに、ひんやりと冷たい空気に包まれていて、ヨーロッパ独特の雰囲気を醸し出す古びたものだ。
ここにいると小公女セーラのように気が滅入る。
 
 気分を変えようと窓からそっと顔を出すと野犬たちと目が合う。可愛らしく日向ぼっこをしながら、ゴロゴロと街中のそこかしこで寝転んでいる。どうやって登ったのか、たまに高さ2メートルほどある平な屋根の上でも寝っ転がっている。
 ベンチに座っている老人から食べ物を分けてもらう姿はとても愛らしい。
 貧困で老人も食べ物に余裕がある訳ではないが、自分が食べているパンをちぎっては犬に与えた。
ずっと横に座っている犬がいて、欲しくなったら老人の膝をちょんと触る。

 これらが心温まるお昼の姿。彼らの平和だ。
だが、夜になると街灯のない街は闇に包まれて何も見えなくなる。
首都であるブカレストですらそうだ。

 ある日、買い物がてら散歩をしていたら、1匹の野犬が寄り添うようにボクについてきた。
ボクは立ち止まり食べ物がないことをジェスチャーで伝えると「クゥーン」と鳴いて下を向いた。
 後ろ髪を引かれる想いでその場から立ち去る。
近くにスーパーがあったので、まださっきの犬がいるかもしれないとパンを買った。
急いで戻ってみると、まだ下を向いたまま同じ場所でじっとしていた。
あまりの可愛さに「プップッ」と吹き出してしまう。
パンを分けてあげるとその場で食べずに咥えて何処かへ持ち帰った。
家族や仲間にでもあげるのだろうか。
すごくいい出逢いができたと清々しい気持ちになった。
 
しかしその夜、夜行性の恐ろしさを知ることとなった。
昼間とは打って変わって犬たちは吠えまくり、車や人間をお構いなしに追っかけ回す。
屋根の上の犬たちも凛々しく立ち上がり目を紅く光らせている。

もはやワンちゃんではなく獣だ。

 映画や漫画なんかで、今まで一緒に生活していた生き物たちが、魔王の復活と共に野生を取り戻し暴れ回る。そんな光景が目の前に広がっていた。
「もうやめて〜〜〜」
と泣き叫び、抱きついて理性を取り戻させるヒロインもここにはいない。
 
 夜になるにつれ天候も悪くなり、空は荒れ狂っていた。
ルーマニアには避雷針がなく、空一面、深い紫色に染まりゴロゴロロロ……と唸る雷鳴と同時に稲妻が走った。
大袈裟でもなく、瞬きをする度にどこかに稲妻が落ちる。
まるで世界の終末である。
 
 野犬たちは何かに取り憑かれたように豹変した。昼間の出会いは素晴らしいものだったのに、うまく付き合えないとわかった途端に豹変するメンヘラドッグだ。
 天候も相まってなのか、かつての面影はなく野犬たちは夜の闇と共に凶暴になり地獄の果てまで追いかけてくる。
 家まで逃げ切れそうにない時は途中で身を隠す。
時には木の上だったり、近くにあるお店だったりする。
そう考えると地獄の果ては結構身近にあることに気がつく。
今度、地獄の果てに菓子折りを届けておこう。
 その夜の追撃から必死に逃れて家に入ってから、2度と外へ出なくなった。
これが働かない上に外にも出ない原因だ。


家にあるのは、ルーマニアの主食である
『ママリガ』だけだ。
とうもろこしの練り物でほとんど味がしない。
美味くない料理をもっとも美味く食う方法は、塩をかけるでもなく、ソースで誤魔化すでもなく、食事の時間を遅らすことだ。
空腹を煽ることが一番のスパイス。
 
 ボクは食事を済ますとダラダラと事務所へ向かう。といっても事務所兼自宅なので正確には部屋を移動しただけだ。
 パソコンのホーム画面をパスワードも打ち込まずにボーっと眺めながら煙草をふかす。
 ポコポコと金魚のように口を動かし煙で輪っかを作りながら
『そもそもなぜこんなことになったのか…』
とここに至る経緯に思考を巡らす。
『なんでルーマニアに来たのか……』
ボクの脳内メーカーは
羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅
でいっぱいになり、ゲシュタルト崩壊だ。


「小西君、仕事を手伝って欲しいんだけど」
きっかけは知り合いの社長の一言だった。
橋田壽賀子が美輪明宏の衣装を羽織ったみたいな社長だ。
「実はね、海外で事業を展開しようと考えてるのだけれど、イギリスやアメリカには優秀な子に行ってもらってるのね」
ツッコミを入れるようなトーンでもなかったので「はい、はい」
と相槌を打って話の続きを訊いた。
「でね、小西君にはセルビアモンテネグロかルーマニアに行って欲しいなって、その2択で考えてるのだけど……」と語尾を濁す。
当時セルビアモンテネグロは内戦中だった。
(1択ですよね……)と心の中だけでツッコんで
「じぁルーマニアに行きます」
と答えた。
「やっぱりそう言うと思ったわ」
と笑顔で答える社長にガンを飛ばしそうになった。

 高橋歩のような冒険譚に影響されて大学を卒業したら、世界一周なんかもありだな。と考えていたのでちょうど良かった。
詳しく業務内容を訊いてみると、どうやらバレエや体操の留学斡旋業を展開したいらしい。
 ルーマニアには美人が多く、コマネチなんかもルーマニア出身で体操が強いことはなんとなくボクでも知っていた。
「なるほど!それは良さそうですね」
とブラジルやイタリアにサッカー留学するようなものだろうと思い元気よく返事をした。
 新生活に大いに期待を寄せ、親にも誰にも
「いってきます」すら言わず、すぐに現地に飛び立った。が、現実はあまりにも違っていた。
 ルーマニアは治安が悪く、誰も来なかったのだ。
マンホール族といってマンホールの下に地下組織があるほどに。
文字通り地下に北斗の拳のエキストラみたいな人たちが沢山住んでいて、麻薬を売り捌いて生計を立てている。

これは誰も来ないよね……。
いや、むしろ来ないでくれ。
こんな環境では自分の身を守るので精一杯だ。

 
 プルルルル。着信あり。
2週間ほど経ったある日、ボクにツアーコンダクターの仕事が入ってきた。
 目的地はブラン城。
ルーマニアはヴァンパイア発祥の地と言われていて、ブラン城は、別名『ヴァンパイア城』と呼ばれていた。
 
 実は社長はルーマニアで観光業も営んでいて、今回、ボクはその手伝いでいくらしい。
 彼女の名前はユーリア。40代くらいのブロンズヘアの現地スタッフだ。この女性に同行する形で、ボクは空港へと旅行客を迎えに行った。
 10人ほどの香水臭い貴婦人たちが、ぞろぞろと到着ゲートから出てきた。
「あら、良かったわぁ、日本語通じる人がいて」
なんて言いながら、片手で口をおさえ、もう片方の手をバタバタと振りながら笑う。
 
 高校時代をNZで過ごしたボクは多少の英語が話せた。ユーリアと英語でコミュニケーションをとり貴婦人たちに説明する。
 ブカレスト空港から一度市内に戻り、ブラショフまでは列車に乗る。
 この時、駅員にぼったくられないように気をつけないといけない。
ルーマニア人は平気で人を騙すと教えられていた。
「騙されないように気をつけてね」
と言ってくる奴がもう既に騙しに来ていたりする。
 バスのチケットで3倍ほどの料金を請求されたり、市場で食糧を買う時ですら多めにレジを打つ。
衣食住全てで騙されてないように警戒しなければいけない。
ブラショフ駅からブラン城までは舗装されていない道を車に揺られながら約1時間ほど走る。

 
 ヴァンパイア城に着くと入り口に王様が立っていた。
光沢のある立派な王冠をかぶり、首から〝KING〟と書いたプラカードをぶら下げている。
 これは正真正銘の王様だ。
違和感があるとすれば女性という一点だろう。
 
 ボクは城に入るこのタイミングで
「ルーマニア人は人を平気で騙してくるので簡単に信用しないで下さい」と念を押した。
 ただでさえ日本人観光客は脇が甘い。
極めつけに貴婦人たちは平和ボケをしている。
カバンは胸の前に持ち、サイフもズボンの後ろポケットには入れてはいけない。
など海外で過ごす基本的なルールを伝えた。
 
 王様はどうやらお城の責任者であり案内人でもあるようだ。中には食卓や書庫、暖炉のある中世ヨーロッパらしい部屋や甲冑や死刑に使われた道具が展示された部屋などがあった。
王様はそれらの部屋を簡易的に説明しながら案内してくれた。
 ユーリアが列の先頭を歩き、ボクは最後尾から誰もはぐれないようについて歩いた。

「では次の部屋にどうぞ」

今まではずっと開放的な空間だったが、次の部屋は大きな扉で閉ざされていた。
 王様が笑顔で扉を開けると、中は贅沢にスペースを使いキングの椅子のみが展示されていた。
〝Don't touch〟と書かれた板が手前のチェーンに張り付けられていて厳重に椅子が守られていた。
 静けさと神々しさに圧倒される。

「では、こちらへ」

と王様は毎度の台詞を吐いて次へと移動する。
ボクが最後に扉を抜けようとした時にスッと優しく王様がボクの肩に手を添えた。
「あなたたち日本から来てるのよね?」
「えぇそうですが」
ニッコリと王様は微笑み、小声で話始めた。
「本当はダメなんだけどね」
と扉をそっと閉めながら
「良ければ王様の椅子に座っている所を写真に撮ってあげるわ。はるばる遠くから来てくれたお礼よ」
王様は〝内緒〟と唇に人差し指を添えた。
ボクは携帯電話を手渡すと急いで王様の椅子に腰掛けた。
王様もソワソワしながら急いで写真を撮ってくれた。
「セイ、チーズ」
すら言わずにパシャリとシャッター音が聞こえた。
しっかり撮れたのだろうか。
ボクが王様に確認すると
「オッケー、オッケー」
と合図をくれたので
「ムルツメスク」
と知っていたルーマニア語でお礼を言った。

 王様に携帯を返してもらおうと手を差し出す。
するとその手を引いてチェーンを越えるのを手助けしてくれた。

と思ったその瞬間!!

グッ!と凄い勢いで引っぱられて、首元にナイフを背後から突きつけられた。
(え?)
一瞬の出来事で声が出なかった。
あるいは先程の「シー」という約束をまだ守っていたのかもしれない。

首元に突きつけられたそれは〝ナイフ〟と呼ぶには収まらない。もっといかつい〝ダガー〟とでも呼ぶべき代物だった。
ドラクエのお城とかで手に入るようなギザギザした凹凸のついたやつだ。
 
 王様は豹変して言葉を捲し立ててくる。
この国は皆、すぐに豹変する。
感情が昂り過ぎたせいか王様はルーマニア語で怒号を飛ばす。
言葉が理解できないことは必要以上に恐怖を煽った。

王様は少し冷静になったのか、次は英語で
「金を払え!!」
と言ってきた。
ボク咄嗟に「How much」と返す。

すると王様は、

「50万レイだ!!」

と言う。

(50万!!!?    レ……イ??)

ルーマニアに来たばかりで、ろくに出歩きもしていなかったボクには50万レイが、いくらかわからなかった。
ただ、ボクを脅している王様の姿を見ると大金な気がしてならなかった。
ボクは言葉を詰まらせた。

「早く金を出せ!!」
と先ほどよりダガーをグッと近づけてきた。
ボクは必死に「YES!」と顎をしゃくった。

すると王様は何故か更に大きな声を張り上げる!

「早く金を出せ!!!!!」

ボクはダガーに最新の注意を払いながら、
もう一度「YES」と頷く。

しかし王様の更に怒り、怒りはピークに達する。
「早くしろ!死にたいのか!!!」
と怒号する王様。

当然死にたくないボクは、今度は
「ノー、ノー、ノーノーNO!」
と首を横に振った。

すると、その返答も王様の逆鱗に触れる。
怒りからか言葉にルーマニア語が交り始めた。
何を言っているかはわからないが、とにかく怒っていることは声色と表情を見れば一目瞭然だった。
「早く金を出せ!」
とたかる王様にボクは知識を振り絞って
「DA DA DA」
と首を縦に振った。
DAはルーマニア語でYESだ。

「カーレィ!!!」

しかし王様はまた凄む。

(ちょちょちょ払うって言うてるやん!)
ボクは心の中で叫び声を上げた。
何がどう気に食わないのか……
ボクはパニックだ。
王様もなぜか同様にパニックだ。

耳を澄まして今度はなんて言ってるのか全神経を耳に集中する。
「Hurry up You wonna Die⁈」
「急ぎなさい。あなたは死にたいのですか?」
確実にこう言っている
「いいえ、私は死にたくありません」
「No, IDon't want to die」
これを更にルーマニア語に変換する力は私には皆無だ。

ボクは頭の中の引き出しを片っ端から開けまくる。
突然ハッとした。
神様はまだボクを見捨ててはなかった。

『Nu』『ヌゥ』だ。そうだ!『NO』は『Nu』だ!
ボクは今度は冷静に「Nu」と答えて首を横に振る。

「カーレィ!!!!!」

まただ……。

『カーレィ』に至っては想像もつかない。
『かーねぃ』金⁇なのか……
日本語で伝えようとしているのか。
『だーせぃ』金をだーせぃ⁇
……そんなはずはない。

そこからずっと
「金を出せ!」に「ダ」と首を縦に振る。
「死にたいのか!」に「ヌ」と首を横に振る。
もはや旗揚げゲームのようだ。
ボクは首を縦に振り横に振りクルクルと回した。
そろそろこのやり取りに白旗をあげたい。
 
 王様はついに痺れを切らしボクを離してドンッと壁に押しつけた。
今度は正面からダガーを目の前に突きつけられる。〝ポンポン〟と王様は自分の上着のポケットを叩いた。
 ボクは「オッケーオッケー」と頷きながら、上着のポケットからサイフをゆっくりと取り出した。
この時、ボクは2つのサイフを持っていた。
経費が入った会社のと自分のサイフ。
もちろんボクは会社のサイフをポケットからそっと出す。
全部出し切る前に、バッと奪い取られ札束をいくらか抜取り、サイフをボクの胸元に押しつけて、ダガーをしまった。

(助かった……)

 王様は扉を開けると何もなかったかのようにボクを次の部屋に招き入れ再び案内を始めた。
 その後、終始怯えながらお城の中を見て回った。ボクはなんとか無事にお城から出ることができた。
みんなに騙されるなと釘を刺したのに、まさかの自分が騙される始末。
 ホッと溜息をつくと同時に、いくら盗られたか気になりサイフを開くとお札がほとんど無くなっていた。

 社長から渡されていたサイフ、持ち出したのは今回が初めてだ。いくら入っていたのだろう。
10万円くらいか……
ボクは恐る恐るユーリアに確認した。
「ユーリア、50万レイって日本円でいくら⁇」
「50万レイは……」
ユーリアの返答で腰が抜けた。
 
 それはUSJのスパイダーマンやディズニーランドのスプラッシュマウンテンのアトラクション中に撮られる写真代と同じ1,500円だった。
ちょうど良い思い出価格。物価が安くて助かった。

 事情を知らないユーリアは、王様にお礼とチップを払っていた。
その光景には納得がいかなかったが、2人が会話が終わるのを視線を送りながら待っていた。
ルーマニア語だから何を話しているのかはわからない。

しかし、1つだけ気になったことがあった。

 会話の途中でユーリアが「DA DA DA」と返事をしながら〝首を横に振った〟。
この事が脳裏にこびりついて離れなかった。
帰りの列車でユーリアに訊ねる。
「DAはYESですよね??」

すると「YES、YES」と〝首を横に振る〟。

(ん??いやいやいやいや)
また頭がおかしくなりそうだ。
「DAはYESなんですよね?ドンチュー?」
と念を押して訊く。

すると先程よりゆっくりと「YES、YES、DA DA」
と答える。
しかし、首は横に振っていた。

「あのYESなら頷いて下さいよ」
ボクは首を縦に振りながら言った。
「どっちやねん!!てなります」
と鼻で笑いながら伝えると
「Oh〜ok, I see I understand」
とユーリアはお腹を抱え笑い出した。
何がわかったのか全然わからない。

 あっけらかんとするボクにユーリアは説明をしてくれた。
「ルーマニアではね、YESの時はこう、NOの時はこうするのよ」と言いながら
YESで〝首を横に振り〟NOで〝首を縦に振った〟。

(ちょ、ちょっと待ってそんなことある)
が、英語にできないほどにパニックだった。
「ルーマニアだけそんなことってある?」
と半分クレームのように訊くと
「ブルガリアもそうよ」
と平然と返された。

 運が良かったのか悪かったのか……
とにかく助かってよかったと安堵し、王様とのやり取りを振り返る。
王様もパニックになる訳だ。
ハイと答えながらイイエのジェスチャーをしていたのだから。

「あっ」

もう一つ訊いておきたいことがあった。

「カーーーレィ⁇カーーレェ??って何?」

「おっ、〝Care〟ね」

「そそそそ」と相変わらず首を縦に振る。

「どっちって意味」

なるほど、そうだったのか。

王様はずっと「どっちやねん!」とツッコんでたんだ。

 そらそうだ。

全ての有耶無耶が消えて、この日家につくとボクは死んだように眠った。

 結局、この後もバレエ留学にくる子もおらず、
会社もボクもグビが回らなくなり日本に帰ることになる。

 ボクは飛行機のチケットと
『王様の椅子代』
と書いた領収書を持って空港へと向かった。


ただいま。

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一度は行きたいあの場所

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