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『パラサイト 半地下の家族』 境界がもたらす悲喜劇

◆ネタバレほぼ薄の感想

中盤の大雨がすごい。見ているだけで、自分もあの雨に全身打たれたような心地がする。長い階段を延々と降り、長い坂を延々と降り、下って下って下りながらひたすら雨を浴び続ける。下りきると、やっと彼らの「半地下の家」に近づくのだが、そこは大雨とともにすべての汚濁が流れ込み、浸かり、あふれる世界になっていた。

「半地下の家族」の娘ギジョンは、真っ黒な下水を逆噴射する便器に蓋をして座って押さえて、煙草に火をつける。
ここを筆頭に、画作りがすごい!!! 発想も表現も。特に「動」の表現は、日本の映画ではなかなか見られないものだなと思った。

作中、あそこで初めて、「パク社長の屋敷」と「半地下の家」高低差と距離が示されるというのが、またうまい。
それまでは伏せられているのだ。坂の上のお屋敷、というのはわかっていても、こんなにも高くて遠い場所だったのねと、観客はそこで初めて気づくことになる。
彼らは日々、この坂を上り階段を上ってお屋敷に通っていたわけだ。普段は電車やバスを使っていたのだろうけど、その高低差はそのまま格差の象徴で、毎日その上下をこなすたびに、何かが滓のように蓄積されていったのではないかと思ったりする。

お屋敷の奥様のことを
「シンプル」
と表現するのもうまい。私が見たのは地上波吹き替え版だけど、字幕や元の脚本でもこういう語彙だったのかな? 「おバカ」とか「まぬけ」を婉曲に言ったのかなと思いきや、それだけではないんだよね。

人が良く、他愛もなくだまされるお屋敷の人々。境界の向こう側、高いところに住んでいる人たちは、雨が上がれば晴れやかな空気を満喫するだけ。

ショックを受ければすぐに泣き、運転手も家政婦も、嫌気がさしたり危険を感じれば、すぐに首をすげ替えることができる。へたったスポンジを替えるくらい簡単に。とてもシンプルに生きられるのだ。

境界のこちら側、低い世界にいれば、人生はもっと複雑だ。生きるために嘘と演技にまみれ、鼻をつまみたくなるような「におい」をまとう。

お屋敷の娘に気に入られるための演技のはずが、いつしか本気で恋してしまうギウン。
キム一家のお屋敷での宴会。嘲られた夫は妻の胸倉をつかみ、ややして「演技だよ」と笑う。きっと「演技だよ」という演技も交じってるんだけど、自分でもそれを認識できていない。

境界線が「絶対」なわけではなくて、時には薄皮一枚にもなり、溶け合うこともある。
それが、「境界を越えられるかも」という期待や誘惑になるんだよね。もちろん、本当に越えていく人もいるのだろう(パク社長もそうかもしれない)。

でも、この映画を見る限り、その断絶はやはり、とても深い。
その表現のカギを「におい」で描いたことにも脱帽。
その「におい」は、下から発生しているのではなく、「上から流れ込んでいるのだ」という描写が、あの大雨だ。圧倒的だった。
ラストも、一縷の希望を見せているようで、それはより深い絶望を表現しているようでもあり、いろんな意味のため息が出た。

すごいのは、テーマは重いし、社会の残酷さと向き合っているし、血と暴力もあるのに、すっごくおもしろいのね。エンタメとしての強度がすごい。
本当に、「首根っこ押さえられて動けない」って表現がぴったりなくらい、引き込まれる。

私も、1時間のテレビドラマですら長いなと思うくらい集中力が衰えた現代人。でも、優れた映画ってやっぱりすごいと思った。家で録画で見てたのに、2時間半、スマホを一回も見なかったと思う。

◆あと、この映画、どうしても「万引き家族」と合わせて語りたくなるよね! 日韓という東アジアの隣の国同士で似たテーマを扱い、ほぼ近い時期に作られ、ともに国際的に大きな賞を受賞した。表現はまったく対照的!! すごくおもしろい。

◆以下、ネタバレあり感想

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・みなさんは誰かに感情移入しながら見ましたか? 半地下の「におい」についてどういう感覚を抱きましたか? 
とてもいたたまれない思いがした私は、きっと「半地下に近い」人間。たぶん、単純に「おえっ」「臭そう」とだけ思った人もいるはずです。
パク社長は良識もあり実業家としての能力も感じられ、人間みもあり、決してイヤな奴ではありません。それでも私は、ギテクがパク社長を刺したとき、「やってやった!」と一瞬スカッとしたんですよね。

・地下で社長へのリスペクトを叫んでいたおじちゃんが殺人鬼と化したため、まわりまわってギテクが社長を刺すことになる。
境界の最上階層=下層が目に入らない世界で、時に悪意なく異臭に顔をしかめながら生きている人々に、ある日突然、下層で吹き溜まっていた呪詛の刃が突き立てられる。とはいえ、それで下層の人間が救われるわけでもなく、さらに落ちていくしかない‥‥
監督の目線による現代社会批評であり、めちゃくちゃ納得感のあるクライマックス。

・ラスト、父と子がそれぞれ書く手紙。その文面と映像がまたすばらしい。ため息が出るほど完璧だと思う。ガーデンパーティのところから、もう3回はリピった。

・なんたって、「半地下」ってのがすごいよね。地下じゃなくて「半地下」なんだね、地上と地下(≒希望と絶望)との境界線をさまよっている比喩なんだね‥‥と思いながら見ていたら、本当に地下が出てきたー!!! ってのが、めっちゃおもしろかった。

・地上と半地下/地下には越えられない境界線があり、醜く相争うのは半地下と地下の人間たち。でも、結局地上のパク社長は半地下のギテクに殺され、万事「シンプル」で、家事能力もない奥様のその後は心もとない。地上高いところにいれば永遠に安穏と生きられるというものではない。

・ギテクは半地下→地下に「落ちた」ことになる。計画を主導したギウ(息子)ではなく父が落ちるというのが含蓄が深い。もちろん直接的には「殺人を犯したから」なんだけど、韓国における家父長制を思うと含蓄が深い気も。とはいえギジョン(娘)が死んだことも合わせて考えると、一番重い十字架を背負ったのはやはりギウかなとも思う。

・ギテクがあのあとも毎日モールス信号を送り続けるならば、いつの日か、成長したダソンが気づく可能性もある。

・チュンスク母さんがダヘのことを「あの娘はいい子だよ」というシーンが途中にあり、その時点では「どこが???」と思っちゃうんだけど、クライマックスでその理由がわかるんだよね。壮絶な表情で、血まみれのギウを背負って逃げていた彼女。それを見てなお、ギテクがパク社長を刺してしまったのにもしみじみする。

・ソン・ガンホの顔がすごい。忘れがたい表情がいくつもある。

・元の家政婦さんの演技もすごかったー。あたりまえだが、どこの国にも達者な役者たちがいる。

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