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『雑草のくらし』 甲斐信枝 ~ すぐそばにある豊かな生命の世界

お出かけもままならず、こもりきりも体に悪いので、ご近所の散歩が日課になった人も多いのでは?

絵本『雑草のくらし』(1985年)を久しぶりに読んでいました。耕作放棄となった畑の跡地で雑草がどのような営みを見せるか、5年にわたって観察した甲斐信枝さんの力作。

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毎年同じ時期に同じ草が生え、同じ花が咲く? 
実はぜんぜん違うんです。

最初は、土からわきだすように、メヒシバやエノコログサが芽を出して伸びてくる。
彼らはたくさんの種子を残して秋に短い一生を終えますが、次の春、その種子たちに勢いはない。
冬を乗り越え ぐんぐん伸びていく草に覆われてしまうから。

夏から秋にかけ、風に乗って土手から大量の種子を飛ばしてきたアレチノギクやナズナ…。
土手から長い地下茎を伸ばして出てきたツクシも、2年目、3年目と勢いを増していく。
 
3年目、冬の枯れ草につかまって伸び、巻きつくものを探して広がっていくカラスノエンドウは、2年目にあれだけ隆盛していたアレチノギクを駆逐。
夏の盛り、真っ黒いエンドウのサヤが弾けて種子が飛び出すと、
次には待ち構えていたように、クズやヤブガラシが草たちの上をはいまわり、大きな葉でねじふせてゆく。

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そんなつる草たちをねじ伏せたのはセイタカアワダチソウ。
そして、数年かけて、土の中で根を太らせてきたスイバやイヌムギ…。

「思い出してごらん、
 あのさいしょの春の畑あとを。
 草たちは栄え、そしてほろび、
 いのちの短い草は
 いのちの長い草にすみかをゆずって、
 いまはもう、ぼうぼうとした草むらとなった」

やがて、5年目の春。
再び耕作を始めようと、人間が雑草をすっかり取り除き、土を掘り返すと、
そこから小さな芽を出したのは、あのメヒシバやエノコログサでした。

「短いいのちを終わり、
 消えていったメヒシバやエノコログサは、
 種子のまま土の中で生きつづけ、
 自分たちの出番がくる日を
 じっと待っていたのだ」

春夏秋冬と季節は円環するけれど、
自然は毎年同じではない。
そこでは栄枯盛衰、激しい勢力争いが行われている。
私たちが気づかないだけ。

いま、私たちの目に見えるものだけで世界が成り立っているわけではない。
負けたものは潔く滅びていったように見えて、
地中にじっと潜んでいたりもする。
 
そして、最後はすべて人間の手に刈られて更地に‥‥
 
と思いきや、
ふたたび顔を見せる小さな芽に
絵本を読んでもらう小さい人たちも
大人も、
なんだかとてもうれしくなる。
 
小さな芽に自分を重ねるような気持ちになる。
  

 
5年間の記録とあって長い本ですが
小さい人には、何度かに分けて少しずつ読んであげてもいいと思います。
今の季節のところをひらいて一緒に見るだけでも楽しい。
優しい色使いで精緻に描かれているので、
眺めるだけでも気持ちがいいですよ。
 
「雑草という草はない(=本当はひとつひとつに名前があり命がある)」
と言ったのは昭和天皇でしたかね。

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