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『エール』戦争編が描く全体主義の怖さ

どうもこんにちは、朝ドラおたくです。『エール』の戦争と全体主義の描き方が朝ドラ史に新たな1ページを刻みつつある。

『音楽は何百万人の心をひとつにできる』と言われたときに、すごい、すてき!と興奮感動するのはきっと人間の本能で、でも同時に「怖い!」と思えるのが知性であり、知性のタガが外れたとき社会がどうなったのか、けっこう執拗に描写されています。

ドラマは太平洋戦争の時代。主人公の作曲家、古山裕一(モデルは古関裕而)は、軍歌や戦時歌謡を山ほど作っています。


外地の戦争最前線に歌の慰問に行くよう、軍から命じられる裕一。

鉄男 「日本は負け続けてる、前線は危ない」
裕一 「戦況が悪いなら、いっそう慰問が必要だ」
鉄男 「音楽で戦況は変えられないだろ!」

裕一 「そんなことない。歌で戦う人を鼓舞できる。鉄男が作詞した「暁に祈る」だって、兵士たちの心に響いたからヒットしたんだ。歌は力になる」

鉄男 「俺は歌が戦争の道具になるのはイヤだ」

裕一 「みんな命がけで戦ってるんだ。僕にできることがあるなら何でも協力したい。みんながんばってる。僕だけ逃げるわけには行かない」

――→ 裕一には一度は召集令状が来たものの、戦意高揚の作曲家として戦争に貢献するため、徴兵免除になったのです。
本当なら戦地に行って死んでいたかもしれないのに生き残ってしまっている罪悪感、“サバイバーズ・ギルド”ってやつが、さらに裕一を「お国のために」に駆り立ててしまうのですね。

五郎 「先生には、戦争に協力するような歌を作ってほしくない。先生の歌を聞いて軍に志願した若者がたくさんいます」
裕一 「五郎君、国のために戦いたいという気持ちは決して悪いことじゃないと思う」

五郎 「戦わなければいいのです。戦いがなければいいのです」
裕一 「日本は現実、いま戦っているんだ。多くの人が勝つために命を落とした。その命に報いるためにも戦い続けるしかない」
五郎 「戦争に行く人が増えれば無駄に死ぬ人が増えるだけです」
裕一 「命を無駄だと言うな!!(激昂)」

――→ このドラマの中で初めて裕一が怒鳴ったシーン。命を無駄だと言ってるわけじゃないんだよね。大切な命だから戦争に使って失くすなんて無駄だと言っている。
この違いがわからなくなるのが戦争中の人間。
いや、今もすぐに混同される。

弘哉「僕、予科練(軍)に合格しました。(裕一が主題歌を作った映画)「決戦の鷹」を見て心を動かされました。私もこの国のために戦いたいと思ったんです」

弘哉の母「あの子が自分から何かやりたいと言い出したのは初めてなんです。お国のために立派に戦いたいって、勉強も運動もすごくがんばったんです。そんな姿を見たら、応援するしかないですよね‥‥」

弘哉「華ちゃん、僕は立派な飛行兵になってたくさんの人を倒してくるよ」


大正時代から始まったこのドラマ。裕一(窪田正孝)も、妻となる音(二階堂ふみ)も、その姉妹や、恩師夫妻も、とても個性的だったんだよね。
ふにゃふにゃしてたり、気が強かったり、惚れっぽかったり‥‥。

そんな、トンチキだけど愛すべき人々が、戦争で社会が「お国のために」「みんながんばっているんだから」という色に染まっていった今、みんなすっかり個性をなくしてしまった。

ふにゃふにゃしてた裕一はお国に貢献したいとマッチョに言い募り、
夫を差し置いておエラいさんに直談判するような気の強い音は、夫にすら何も言えないおとなしい奥さんになった。
惚れっぽくてハチャメチャだった銀行の先輩は、出征する夫を涙をこらえて見送る「軍国の母」になった。
みんな表情が死んでる。

そして、若者は生き生きとした表情で兵隊に志願する。
戦時下では個人の夢を追えない。勉強もスポーツも「お国のため」という大義名分がなければできない。
人には脳があるから、不自由な中でも、何か生きがいを見つけたいと思ってしまう。
「敵をたくさん倒して(=人間をいっぱい殺して)お国のために立派に散る」なんて目標ですら、生きる糧になってしまうのだ。

戦争‥‥というか全体主義の怖さって、こういうところにあるんだよね。
個性を奪って、染めてしまう。

見た目ひとつとっても、
男の人は国民服になり 女の人はもんぺでノーメイクでひっつめ髪。
じゃないと「非国民」と呼ばれる。

ある日いきなりそうなるわけじゃない。
すべて法律で決められているわけでもない。
人々の間で「忖度」「自主規制」の心理がはたらき、「自粛警察」が動き出して、だんだんそうなっていくのです。

 
そう、これはかつての現実だけど、いつの時代のメタファーにもなりうる。

「みんなのために」
「心をひとつに」
「みんながんばってるんだから」
美しいけど怖い言葉なのだ。



裕一が、もとはふにゃふにゃニコニコしてただけに、今のマッチョさがすごく怖い。窪田正孝の演技にはノワールみがある。

以前の感想で二階堂ふみの音を「人間らしいむき出しの表情がサイコー」と書いたけど、今はまったく生気のない表情。役者さんたちすばらしい。


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