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【コンサル物語】会計士、海を渡る①

 19世紀後半、世界の工場の座からイギリスは陥落しました。代わってその座に着いたのはアメリカでした。アメリカの成長は著しく、ヨーロッパを中心に新大陸へ人と資本が流入していました。アメリカの産業の発展を受け、イギリスで成功した会計事務所の中にはアメリカでの事業を拡大していくところが少なからずありました。その歴史に触れる前に当時の時代背景を見ておきたいと思います。

 当時のイギリス産業や経済状況について『近代イギリスの歴史』(木畑洋一/秋田茂)では次のように書かれています。

 19世紀後半にはイギリス資本主義の構造変化と、世界経済全体の再編が起こった。アメリカ、ドイツなどの急速な工業化と、アルゼンチン、カナダなどからの農畜産物輸出が拡大した結果、工業の面ではアメリカ、ドイツに追い抜かれイギリスは「世界の工場」から「三大工業国」の一つに転落した。農業の面でもカナダなどからの安い農畜産物との競争にさらされ、イギリス国内は農業大不況に直面した。

 代わりにイギリスの貿易構造の改善に貢献したのは利子・配当収入での埋め合わせだった。その背景には、イギリスから世界各地への資本(カネ)の輸出の急増があった。その海外投資先はカナダなどの農畜産物輸出国とアメリカに集中しており、投資の対象は各地の鉄道建設や公共事業などの整備に関わる債権や、鉄道会社の証券などが中心であった。

 こうしてイギリスは「世界の工場」から「世界の銀行家」(金融サービスの中心地)へと変わっていった。このようなイギリス資本主義構造の変化を支えたのが大土地所有者(地主階級)を中心とする伝統的なジェントルマンであった。農業大不況により経済的基盤に大打撃を受けた大土地所有者は農業投資を控え、代わりに地代と土地資産の売却利益を海外の有価証券の保有に切り替え、利子や配当収入を得る金融資産の所有者に転じることができたのである。

 このジェントルマンの変化は『イギリス近代史講義』(川北稔)でも述べられています。

1850年頃にはものづくりの産業資本家ではなく、財産を貸してその利潤で生活をするというタイプの資本主義に変わっていった。ものづくりのような実物経済より、金融や情報といったバーチャルな分野に依存するジェントルマンの性格が強くなっていった。かつてジェントルマンは地方の地主だと言われていたが、19世紀中頃を境に、ジェントルマンの中核はシティに移り、ジェントルマンを見たければシティに行けとまで言われるくらいになった。

 このようなイギリスの資本主義構造の変化もあり、投資家(大土地所有者、地主階級)に雇われた会計士達は投資先アメリカでの調査も担うようになっていきます。

 投資先となるアメリカの状況について、アメリカ史関連の書籍ではおよそ次のようなことが書かれています。

 経済が急激に発展したアメリカでは、国内の銀行だけでは事業者の資本がまかなえきれなくなったため、イギリスを始めとするヨーロッパ諸国の銀行から、多くの資本が投入されるようになった。特に1869年に完成した大陸横断鉄道は産業の発展に大きく貢献した。鉄道網は19世紀末までに全国津々浦々に張り巡らされることになる。鉄道は物流を支えただけではなく、鉄鋼などの関連産業を大いに潤した。その結果、アメリカは急激に大国へと成長し、企業同士の競争も激化、強者は様々な形で企業の連合・統合を進め、弱者を次々と買収し独占する巨大企業が生まれてきた。特に鉄道業、鉄鋼業、石油産業などで独占形成は活発に行われた。

 イギリスの投資家の依頼を受けアメリカの仕事を始めたイギリスの会計事務所や会計士は、やがてアメリカに支店を設立し、アメリカ企業の統合、買収に関わっていくことで会計事務所自身もアメリカでの事業を大きく成長させていきます。

 さて、この物語の続きは、イギリスからアメリカに渡りそこで残りの人生を送る人々の歴史です。いわば移民の歴史ではありますが、イギリスの投資家やアメリカの独占企業を顧客に持つ富めるものの歴史でもあります。これは当時の時代を説明する一側面ではありますが、会計士視点での歴史です。これとは違った側面もあるということを、私自身も記事を書きながら学びました。

 アメリカ国内の工業の発展は膨大な労働者を必要とし、その多くはヨーロッパからの移民が占めていました。彼らは母国を離れ、より良い賃金を求めていましたが、現実の生活は厳しい場合もあったようです。経営者は、競合との競争激化のなかで、過酷な労働条件や解雇といった厳しい労働環境を強いることもありました。これもまた、移民の一側面です。

 どちらが正しいということではありませんが、この時代の会計士は経営者側だったということです。そして、コンサル物語が対象とする歴史もそちら側の歴史なのです。

(参考書籍)
『イギリス近代史講義』(川北稔 著)
『一冊でわかるアメリカ史』(関眞興 著)
『大学で学ぶ アメリカ史』(和田光弘 編著)
『アメリカの歴史』(有賀夏紀/油井大三郎 編)
『近代イギリスの歴史』(木畑洋一/秋田茂 編著)

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