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Wand 『Vertigo』(2024)


7/10
★★★★★★★☆☆☆


サイケデリックガレージバンドとして2014年にデビュー。音の傾向を大きく変えながら、一貫してアウトサイダーとしてのインディロックを作ってきた。特に前作『Laughing Matter』(2019)はガレージロックの範疇から大きく逸脱した15曲68分の壮大なプログレッシヴサイケで、そのあまりに硬派で求道的な姿勢には思わず感じ入るものがあった。

5年ぶりとなる本作。8曲40分とコンパクト。ロックとしての直接性や肉体性も残ってはいる。アルバム出だしの“Hangman”ではシューゲイザーにも通じる潰れたギターノイズと高揚感あるラフなメロディを聴かせるし、”Smile”での方向感覚を歪ませるノイズやCとGを延々繰り返す大味なコード進行は、先達から連綿と受け継がれる王道オルタナティヴの躍動感を持っている。この曲が先行リリースされた時点では、前作からの反動で新作全体がこういうラフで乾いた作風になるのかなと思ったし、それならそれで全然ウェルカムだった。

しかしアルバム全体を聴いた今では全く別の感想を持っている。注目すべきは、上記のラフな曲群とは真逆とも言える、より複雑でより構築された実験的な曲群だ。管楽器を模した奇怪なギターが二拍子に裏拍で乗る”Mistletoe”、シンバルとリムショットのみ使うスロウコア風ドラムの上でウッドベース(風ベース)とストリングスが優雅に絡む”JJ”、何かが燃えるようなノイズの上でホルンが意味深長に響く”Lifeboat”などは、インディロックを超えジャズやサントラの領域に近づいている。けたたましいノイズをサーカスの猛獣使いのように巧みに操ってしまう大曲”High Time”などは特に象徴的で、ジャム段階では混沌としていたものをPro Tools上でかなり頭を捻らせて数学的に配置したんだろうなということが伝わってくる。

それらを聴いていて私が思い浮かべたのが90年代ポストロックだ。——荒々しくエモーショナルな表現を重視しているように聴こえるが、実際は一つ一つの音に意味と役割を持たせ配置とタイミングにこだわり構築的に作られた音楽。その意味で、後期Talk TalkMark HollisSlintBark PsychosisSmog、そして『A Moon Shaped Pool』期のRadioheadなどを彷彿とさせる。中でもこのアルバムはガレージロックの要素を活かしつつポストロックに接近したという点で、他に例を見ない個性を持っている。次作では更にこの方向に寄っても面白いと思う。今そういうバンドかなり少ないので。

「今最も過小評価されているインディロックバンド」という評もある。私としては本作が寸分の隙も無い完璧な作品だとは思っていないし他にも良いバンドはたくさんいるので、それは言い過ぎだと思う。ただ「今最も評価されず見向きもされないジャンルを、とんでもないクオリティでやっているバンド」なのは間違いない。

リアルタイムでは黙殺されながら、何年後何十年後にはカルト名盤として振り返られる例がインディロック界には存在する。Talk TalkSlintSlowdiveさえもそうだった。本作もその類だと思う。




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