見出し画像

Jordan Rakei 『The Loop』(2024)

8/10
★★★★★★★★☆☆


これまでの彼の作品には、直接的な気持ちよさの前に一枚カーテン/フィルターがかけられているような、頭でっかちで今一つ肉体性に訴えてこない感覚があった。特に前作『What We Call Life』(2021)はそれが強く、細かいシンセを積み重ねたサウンドは技巧的ではあったが、せっかくのスムースなボーカルが阻害されているような感じがあった。何が彼の良さなんだっけ。よく分からなくなっていた。

本作は、そんなモヤモヤが一掃された作品になっている。明らかな最高傑作である本作で彼はソウルとジャズというルーツに忌憚なく立ち返ることで、「そもそもなぜ音楽に夢中になったのか思い出したかった」というテーマに取り組んでいる。その一方で、これまで培ってきたテクニックを要所要所に散りばめながら、さらに新たな要素を加えてみせてもいる。

本作は彼にとってメジャーレーベル傘下から発売される初の作品だ。その恩恵を受けなければ大規模な楽団によるストリングスアレンジは実現しなかっただろうし、アビーロードスタジオを1年間自由に使える権利も与えられなかっただろうし、レーベルが用意したプロのミュージシャンに助けられることもなかっただろう(彼曰く「部屋に入ると6人の知らないミュージシャンが座っていて緊張した」)。

宅録等のDIY的な側面を愛していたリスナーもいるだろうが、私としては本作でようやく彼本来の力が最大限に引き出されたと感じている。

「プロダクションとソングライティングのどちらをとるか、という問いは意味をなさなかった」、つまりどちらを犠牲にすることもなく高次元で両立させることに成功した、と語っている。まさにその通りで、どの曲を聴いても驚くほど出来が良い。

1曲目”Flowers”はヒップホップのリズムと16人のストリングス隊による演奏の上で妻への愛を歌う。確信的な力強さに満ちたボーカルとメロディからは明らかな進化を感じ取れる。

2曲目"Freedom"はヒップホップとソウルのちょうど中間。曲タイトルを連呼するコーラスは彼の曲で頻繁に見られる手法。演奏は6/8拍子だがボーカルとコーラスは思いっきりズレていて、それが生み出すグルーヴがこの曲のポイント。

3曲目"Friend Or Foe"ではCurtis MayfieldMarvin Gayeといったヒーローの影響を隠さないが、しかしより複雑なコーラスとシンセを加えてもいる。これは前作での経験が生きているだろう。ニュージーランド出身でサウスロンドン拠点の彼は、物理的・心理的距離感のせいで地元の友人にあまり連絡を取らなくなってしまい、罪悪感を覚えているそうだが、そこからの開き直りが歌われている。43人もの演奏者が参加している力強いサウンドが脇を固めている。

4曲目“Forgive”にはOscar Jeromeが全面的に参加している。むしろOscarの曲にJordanが客演していると言った方が近い。Oscarの2022年の傑作『The Spoon』からそのまま出てきたかのような陰鬱なギターのトーンは、元々少し翳を持つ彼の声とよく合う。

6曲目"Trust"はオーソドックスなサウスロンドンジャズ+アフロファンク。Kokorokoを思い出させるアフロなパーカッション、ギター、トランペット。ハーバード大学に通うRaghav Mehrotraのスネアと、Laura MarlingやTom Jones作品に参加してきたNick Piniのベースによるファンクグルーヴが楽しい。

8曲目"Hopes And Dreams"には息子が産まれるまでの思いが綴られている。オルガンとストリングスによるオーソドックスなソウルで、クラシックな輝きを存分に宿している。音楽に興味の無い私の妻もこれ誰?と聞かずにはいられない空間支配力。ラスト2曲も静かだが圧倒的な歌の力で引き込む。こういう脇役的な曲ですら名曲なアルバムは往々にして名盤だ。

終盤のクライマックスである11曲目"Everything Everything"はNilufer Yanyaにも近いインディロックのグルーヴが自然と体を動かす。JordanはRadioheadからも大きな影響を受けているが、この曲に近い曲をRadioheadから一曲選ぶなら"Jigsaw Falling Into Place"だろうか。尤もあの曲の緊張感は無く、代わりにあるのはよりシンプルに演奏を楽しむ自然体なスタイルだ。

1,4,6,11が特に優れているように感じる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?