見出し画像

note de 小説「時間旅行者レポート」その17


夕暮れ時。
各家庭に灯がともり始めるころ。

ボクはさまよった。

この何のゆかりもない
土地を、そしてこの時代を。

ここは
表通りから外れた
パリの郊外の労働者街である。

なぜにこんなところに
寝そべっていたのか。
ボクは不思議でならない。

何者かに捨てられた
ような感じさえする。



まったく理解できて
いなかった。

お金が全て財布から
抜かれていたのは
まだ仕方がない。

しかし!

しかしだ!
あのゴーグルだけは!!

あのゴーグルの性能は
この時代の人間に
知られてはいけない。

液晶モニターも
通話機能も
空中映像技術も
この時代には
存在してはいけない
技術だからだ。


だが脳裏では
期待的観測も頭に浮かぶ。

この時代の人間には
使いこなせまい、と。
これが未来のハイテク機器
と知る前に見向きもしないだろう
とも


そうだ、ウェルズ氏。
彼が何か知っているはずだ。

彼を探し出さねば。
でも捜し出すにも
どこにいるのか。


ロンドンにはまだ帰っていないはず。
パリにまだ滞在しているはずなのだ。


彼を捜し出す、という
昼間に達成できた指令をもう一度
行わなければならないのか。

不運だ。
なんという不運。

ボクはこの時
焦りも手伝って
この不運を憎んだ。
心の底から。

そして
ウェルズに対する憎悪も
自然と浮かんだ。



だがこの経験が
後にボクに幸運を
運んでくれることになるとは
思いもしなかった。

今はまだ
まさに神のみぞ知る
ところであった。


ーーーーーーーーーーー

夜のパリをさまよった。
町中にゴミが散乱しているのは
今も昔も変わらなかった。

ひどく悪臭が立ち込める
一画もある。

大通りを除いては
パリは昔から
他所行きの顔
なのだと知った。


思考が少しだけハッキリしてきた。
その時、もう一つハッキリ
したことがある。


「ボクは睡眠薬を盛られた」

飲んでいたビールに
微量の睡眠薬だ。
しかも効き目がとりわけ
バツグンなもの。

ウェルズめ!
あのじじい。

絶対に許さんぞ。


ボクが捨てられていた
労働者街から再び
ノートルダム前の
カフェテラスにやってきた。

ここから捜し出さねば。
ウェルズが宿泊している
ホテルを。

今頃、大金せしめて
たこおどりしている頃だろう。


「そうはさせるか」と
ひとり意気込んで
一軒一軒ホテルを探した。


ーーーーーーーーー


夜も更けた。
街路には酔っ払いが
よたよたと歩いている。

その中には
陽気に歌うもの

飲みすぎで
吐いているもの

愛を語るもの

さまざまだ。


そんな中をボクは
休まずに歩いた。

それにしても・・

盛られた薬は効きが
強烈だ。
ボクにはわかる。
これは「バルビツール酸系だ」

19世紀末に一般化した
睡眠導入の薬である。

これに違いない。
過剰投与は命をも
落とす。

中枢神経系を刺激するので
薬物依存が形成されやすい代物でも
ある。

ふらふらする頭を抱えて
とあるホテルのフロントに立った。


「ボンソワール。
あ、あの、とある宿泊客を
探しています」

とフロントに告げた。

この時代に個人情報などの
規制なんてまだない。

フロントは宿泊客リストを
持ってきて記帳を
調べはじめた。


「Mr、ウェルズ・・・
H・G・ウェルズ氏・・・は、と。


Oui、いらっしゃいますね。
宿泊されています。

205号室に。
あと、ウェルズ様から
伝言を承っておりますが・・


息子ほど歳の離れた
男が訪ねてきたら

『EFLEH』とだけ
伝えてほしいと。

なんのことでしょ?」

「それだけ!?」

「Oui。さようで
ムッシュ、顔色が
何やら冴えないようですが」

「あ、いえ・・・
Merci。

ごめいわくかけました・・」


ーーーーーーーーーー


ホテルを出て
回る頭で考えた。

『EFLEH』って何だ?


??




!!!!ん!

『EFLEH』!

分かったぞ!
逆に読むと
「Helfe!」

助けて!
(ドイツ語)だ。

でもなぜ逆読みに?


??


!!!!!!!
こっ、これも分かった!


冴えてる。
ゼミの講義中よりも
冴えているじゃないか
ボクは。




「ホテルから逆に戻って助けてくれ」

って意味か!?
何かウェルズ氏にあったんだ。

事件に巻き込まれている
線が濃厚だ!

探さねば。
ボクのようにどこかに
捨てられているか
もしくは命の危機か?


この1900年この日に
ウェルズ氏はボクと話して
未来を知ることが出来た。

そこまではいい。

だが
その後、彼に
何かがあったのなら
歴史は変わる。


ボクはその瞬間
時間犯罪者になる。
ついに粛清されてしまう。

22世紀に帰れないか
帰っても・・・


彼とボクのために
この事態を回避せねば。


二日酔いよりもひどい
気分の悪さではあるが
ボクは走り出した。

そう、昼間あった
カフェテラスに。


ーーーーーーーーーーー

続きます。



この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,778件

サポートをお願い致します。 素敵なことに使います。何にって?それはみなさんへのプレゼント! ぼくのnoteをもっと面白くして楽しんでいただく。これがプレゼント。 あとは寄付したいんです。ぼくにみなさんの小指ほどのチカラください。