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新年度 異動しました

長男の発達で指摘を受け、長期間の通学の付き添いと通級の覚悟をし、
娘の言葉の苦手を克服するため毎週療育のリハビリに通い、
夫がうつを再発して休職した後コロナ禍で解雇となり、
さらには父が75歳で亡くなるという大きなライフイベントが盛りだくさんで
自分自身の働き方に悩みに悩んだこの2年間。

その期間に考え、出した答えは、
何よりも家族と私自身の心身の健康が大切だと実感し、
そのために子どもたちが精神的に自立するまでの数年間は働き方を家族中心に、柔軟に対応できるようにしようと決めました。

昨年の春ごろから転職先を探しつつ、自分自身が楽しく働けるというのはどういう職業なのだろう、どういう勤務体系なのだろう…と考え、まずはフルリモートのジョブ型雇用であると一旦結論を出しました。

この点、どちらも当時所属していた部署では手に入らないもので、
コロナ禍で在宅勤務が限定的に開始されたこともあり、アフターコロナでも在宅勤務を認めてもらえるよう、出社した日には一日中走り回って3〜4日分の実験をこなし、在宅勤務時にはサボっていると思われないよう集中してデータの解析とまとめをして今までの1.5倍の成果を出したものの評価はされず。

「在宅勤務は認められないが、頑張りを評価して職務ランクは上げました」などど言われてしまい。
いや、そんなの年齢歴に上げないといけなかっただけなの知ってますし。ランクダウンでいいから在宅勤務させてくれ、という交渉も決裂。
「当部署での在宅勤務は今後は認めない」との上長の言葉に心折れ、精神的に限界となった昨年末、退職を匂わせつつ異動希望を出してみました。

そして春からは人事関連の間接部門の勤務となり基本在宅。成果さえ出せばフレックス勤務も自由にしていい、という思っていた以上の好条件の部署で働いています。

これまで大学を卒業してからずっと技術もしくは研究職だったので、まだ仕事のペースが掴めないことが多々あるものの、役員への企画も手がけることができるこの立ち位置に面白みを感じ始めています。

「この会社をいい会社に変えて行く!売上も株価もアップさせる!!」なんて野望はないものの、新入社員のお世話とか、教育関係の手配とか、最近気にしている人の心へアプローチできそうな面を楽しみに取り組みたいと思っています。

研究職を離れることは当社においては明らかなキャリアダウンだし、やっぱり女は…と見られることも多いのが現実ですが、興味関心が変わってきたのも事実。

人生100年。まだまだ長い反面、昨年突然死した父のように人っていつ死ぬのか話からない。そう思うとやりたいことを第一にして行くのが正解なのかな。

そう思うこの頃です。


これを読んでくださった皆さんにも、選んだ道が良い選択でありますように!


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