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聖別する蓮華輪とヨーガ・チャクラ

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聖別する結界としてのチャクラ・デザイン

蓮華輪のデザインは、サタヴァハナ朝によってアンドラ・プラデシュ州のアマラヴァティのストゥーパにおいて更なる発展を遂げている。私はその遺物をアマラヴァティとチェンナイの州立博物館で見ることができた。そこでは巨大な蓮華輪が至る所に彫り込まれ、法の車輪ダルマ・チャクラと共にブッダの聖性を印象深く演出していた。

アマラヴァティの蓮華輪。花弁の総数は84枚

当時、現在のマディア・プラデシュ州からマハラシュトラ州、アンドラ・プラデシュ州に至る広大な領域を支配していたサタヴァハナ朝は、アショカ王によって宣揚された仏教とチャクラのシンボリズムを、北インドから南インドへと手渡していく重要な働きをしたと言えるだろう。

後に、タミルを中心とした南インドは、このチャクラ思想の主要な担い手としてブレイクしていく事になる。

車輪チャクラ日輪スリヤ・チャクラとこの蓮華輪パドマ・チャクラを称して、【インド・チャクラ・デザインの三位一体】と私は呼んでいるのだが、その名の通り、この三つが重なり合いつつ、その後のインド宗教美術界を華麗に荘厳していく。

それは、ひとつには瞑想オブジェクトとしての機能を担っていたとも言う。元々中心から放射状に展開するデザインは、根源である神(原初には太陽)から世界のすべてが展開する摂理を表していた。

それが瞑想時には放射状のデザインを逆にたどって、日常に拡散する人間の心を中心である神へと集中させていく。チャクラ・デザインは、中心から放射される神の恩寵と、神という中心を求めて集中する信仰者瞑想者の心を、二つながらに象徴する形でもあったのだ。

私達にも身近な仏像の『光背』を考えてみよう。後光とも呼ばれるように尊像の背後中心から光りが放射しているデザインは、車輪と日輪が融合した典型的なモチーフと言える。

10世紀前後のタミルのブロンズ神像では、光背は多くの場合車輪の形をしている。日本では法隆寺の毘沙門天像なども車輪を背負っている。神仏は聖なる車輪の威光を文字通り背負い、その事によって「聖別」されているのだ。

車輪を背負ったタミルの神像:タンジャブール
法隆寺の毘沙門天像:奈良国立博物館

また、グプタ朝以降のペインティングや石像の場合、光背にも花柄模様を配して蓮華輪のデザインになるケースが多く見られる。

巨大な蓮華輪光背を背負ったブッダ:マトゥラー博物館

後世のジャイナ教において、この光背蓮華輪は高度に洗練した形で発達を見せている。

精緻にデザイン化された光背蓮華輪を背負うジャイナ教の祖師像:マンドゥ、MP

この黄金の光背はヒンドゥ教においても広く見られ、光背が本質的に太陽スーリヤの光輝である事を示唆している。

またこれら円輪光背の正に中心部分に神格の頭部が置かれる事は、神(あるいは仏)が世界の中心原理である事を暗喩している。

黄金の光背蓮華輪を背負ったヒンドゥ神像:カルナータカ州

この光背とも関連して、インドでは宗教宗派を問わず、寺院の天井に巨大な蓮華輪のデザインが描かれることが多い。

天井の蓮華輪とナタラージャ・シヴァ:アイホレ、カルナータカ

これは車輪や蓮華輪が、高貴な人々や神仏の頭上に差し掛けるチャトラ傘蓋と重なり合ってできた聖なる印だと私は思う。よく見ればチャトラ傘蓋も同じように、中心から放射状に展開するチャクラ・デザインそのものに他ならない。

考えてみれば、そもそも光背というものは、本来的にはこのチャトラをデザイン的に背負わせた・・・・・、と見る事も可能だ。

寺院の祭礼パレードで使われるチャトラ(傘蓋):タミルナードゥ

上のチャトラなど、その柄軸を伸ばして反対側にもうひとつ傘を付ければ、そのまま車輪として・・・・・転がって行くかも知れない(笑)

ガネーシャ神と天井の蓮華輪
中国の龍門洞 蓮花洞に見る巨大な天井蓮華輪:read01.comより

もちろん、このような天井蓮華輪の文化は中国大陸を経て日本にも伝わっている。

天井の蓮華輪傘蓋:西宮市

そしてもうひとつ、蓮華座と呼ばれる神仏が坐る台座も忘れてはならない。これは聖蓮華輪が写実的に立体化したものと見て間違いないだろう。

蓮華座に座るラクシュミ女神:Wikimediaより

サンチーの第2ストゥーパを丸く囲った欄楯に見られるように、蓮華輪のデザインには場を浄化聖別する結界としての意味合いが強い。おそらく台座としての蓮華輪とチャトラ傘蓋の蓮華輪によって上下をはさむ事でその空間を聖別し、天界から神仏のスピリットを招来する意味合いがあったはずだ。

私はインド各地を旅し、多くの寺院を訪ね、その具体的な事例を数多く確認している。寺院の門扉の上がり框や梁の下面に、両サイドの柱に、そして神殿の床や天井に、列柱のいたるところに、さらに神室の前面に、入り口のフレームに、さらに鎮座する神像の頭上や足元に、およそ寺院内部で何か仕切りとなる場所には、必ずこの蓮華輪パドマ・チャクラのデザインがほどこされていた。

この様な蓮華輪の結界は、ジャイナ教やシーク教など全てのインド教において普遍的に共有されているのだ。

ゴプラム天井の蓮華輪:タミルナードゥ州
シーク教寺院の天井蓮華輪:アムリトサル

この蓮華輪を前面に押し出した三位一体のチャクラ思想は、のちに純粋なドラヴィダ世界であるタミル地方において、絢爛たる吉祥文様として文字通り花開くことになる。

聖別するヨーガ・チャクラ

サンチーやバルフート、アマラヴァティの仏教文化でブレイクした蓮華輪シンボルは、その数百年後にもうひとつのチャクラ思想を開花させていた。

蓮華の台座に座り頭上に蓮華輪の天蓋を持つ神仏像を見ながら、私はフと思い出したことがあった。それはヨーガ・チャクラだ。

ヨーガ・チャクラとは脊柱に沿って存在する人体の霊的センターを指し、それは下から会陰部のムーラダーラ・チャクラ、尾骶骨のスワディシュタナ・チャクラ、臍のマニプラ・チャクラ、心臓の高さのアナハタ・チャクラ、そして喉のヴィシュダ・チャクラ、額のアジナー・チャクラ、最後に頭頂部のサハスラーラ・チャクラへとつながっていく。

そして、ヨーガのテキストを改めてひもとけば、全てのチャクラが蓮華輪の姿でシンボライズされている事に気づくのだ。最高位のサハスラーラ・チャクラという言葉自体が『千の花弁の蓮華』を意味すると言う。

この『サハスラーラ』という言葉、サハスラは千をアラは車輪のスポークを意味し、本来は『千のスポークの車輪』を意味するのだが、車輪と蓮華の同一視によって『千の花弁の蓮華』へと転化している。

頭頂のサハスラーラ・チャクラがひと際目立つヨーガ・チャクラ図:17世紀ネパール

私はこの事実に思い至ったとき、興奮を抑える事ができなかった。かつて学んだ事柄が、全く新しい文脈で蘇ってくる。それは以前には考えた事もない全く新しい視点だった。

私の感触では、このヨーガ・チャクラは明らかにインダスのチャクラ文字ヴィジョンに大本の起源を発している。坐の瞑想文化は、インダス文明の衰退からアーリア人の侵略という激動の歴史を潜り抜けてなお、インドの精神文化のコア・ファクターとして継承されていった事実がある。

それは古ウパニシャッド時代の森の伝統アーラニヤカにおいても受け継がれていたし、ブッダの時代の非ヴェーダ的なサマナ沙門や「外道」と呼ばれた人々の間でも実践されていただろう。そして沙門シッダールタもまた、この坐法アーサナによる瞑想』を通じて最終的な覚りを得、ブッダになったのだった。

仏教だけではなく、同じヴェーダ祭祀への批判勢力として台頭したジャイナ教によっても、そして本流のヒンドゥ教においても、坐法による瞑想は数千年に渡ってインドの中心的な実践行として共有され続けた。

彼らの少なくない数が、チャクラのヴィジョンを瞑想の深みで経験し、それに哲学的な解釈を重ねていった。それがクンダリニーの経験と結びついたときに、体内に感得された霊的エネルギー・センターは、自ずからチャクラと呼ばれるようになったのだ。

それはひとつには、インドラの昔からある躍動するエネルギーの根源としてのチャクラ車輪と日輪のイメージが、体内のクンダリニー・シャクティ女神が持つコスミック・エナジーと重なり合ったのかも知れない。

そして、そのクンダリニーの上昇によって霊的センターが活性化される、つまり『開花する』、連想から、名前は車輪チャクラでありながら、ヴィジュアルは蓮華輪で描かれるという『ねじれ・・・』が生まれた。

と言っても、車輪と蓮華輪をすでに一体視している私にとって、それはねじれでも何でもない。多くの仏典に「大いなること車輪の如き蓮華」と記されているように、古のインド人が車輪と蓮華を重ね合わせ同一視ていたならば、彼らにとってもそれはごく自然な事だっただろう。

ハタヨーガの古典『シヴァ・サンヒター』ではチャクラはパドマ蓮華と呼ばれ、同書第5章ではアーダーラ・パドマからサハスラーラ・パドマまでの7つの蓮華について詳述されている。

Wikipediaより

私はさらに思索を深めていった。

そもそもインドの瞑想実践の中で、最も完全な坐法はパドマーサナ、つまり蓮華坐と呼ばれる。これは禅の結跏趺坐としても知られるが、両足を深く組み合わせて膝を開いた形が、蓮の花が開いた姿を連想させるものだ。そして、この蓮華坐、神仏を乗せる蓮華座と同じ名前・・・・・・・・・・・・・・・である事に気付く。これは一体何を意味するのだろうか…?

私がここで思い出したのは、インドで初めてヨーガを学んだ時、最初に言われた言葉だった。
「あなたの身体を聖なる寺院として浄化し整えなさい」
伝統的なヨーガを学んだ人ならば一度は聞いた事があるはずだ。

神仏像を乗せる蓮華の台座は、頭上のチャトラ傘蓋あるいは天井の蓮華輪と合わせることでスピリチュアルな結界を作り出すと前に書いた。ひょっとして坐法としての蓮華坐は、結界としての蓮華座を、自らの身体で構築する・・・・・・・・・・ものではなかっただろうか?

頭頂部のサハスラーラ・チャクラは千枚の花びらを持つ重層的な蓮華輪の姿で表されている。この万華鏡のようなイメージは、前述した寺院の天井に見られる多重花弁の蓮華輪デザインと見事に重なり合うが、それが寺院の屋根に冠の様に戴かれる場合もある。その好例がエローラのカイラーサ寺院だ。

カイラーサ寺院の屋根の多重蓮華輪:エローラ

つまり寺院の天蓋クラウンはイコール瞑想者の頭頂クラウンであり、蓮華の坐法パドマーサナで瞑想し、頭頂部のサハスラーラ・チャクラ  千の花弁の蓮華 まで開いた瞑想者の身体は、生きたまま、神が宿る寺院となる!

7つのヨーガ・チャクラ:Anbujayogaより

最下部のムーラダーラ・チャクラから最上部のサハスラーラ・チャクラまで順々に蓮華輪が開いていくそのプロセスは、まさに俗塵にまみれた身体が段階的に浄化され、最終的に魂までも完全に聖別される姿を現している。

単なる石や金属の塊に過ぎない神の像が、寺院と言う祭場装置に安置される事によって正に臨在する生きた神となるように、瞑想の深みにおいて自らが霊的装置祭場寺院と化した修行者は、クンダリニーと言う神気に全身を貫かれ全てのチャクラ蓮華輪が開いた瞬間、正に臨在する生きた神を宿す。

これこそがヨーガ・チャクラの隠された真実に違いない。私はその時、深遠なるヨーガの秘密その奥義を、ありありと視覚化VISUALIZEしていた。


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