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限界集落 能郷に伝わる家庭料理のいい塩梅

過去の研究リサーチを一部改編して書き起こしました。
岐阜県本巣市旧根尾村の能郷地区、現在は限界集落として生活している家族の家庭料理「芋の塩煮編」
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「この奥に住んどる、スミちゃんが作る塩煮が美味しいんやわ。2時間くらい水がカラっカラになるまで煮詰めるんやけど、全然煮崩れもしんしね、時間が経っても硬くならんしねぇ、あんな風になかなか作れんわ」。

私たちは水源調査で訪れた能郷地区の葉名尻紀子(はなじりのりこ)さんのお宅の玄関先で休憩していたとき、芋の塩煮のことを知った。

塩煮とは、じゃがいもの小芋を塩で煮るシンプルな料理で粉吹き芋のような物かと思っていたが、話を聞く限り少し様子が違うようであった。紀子さんに、実際にスミさんに塩煮を作ってもらうよう頼んでもらい、紅葉が始まる頃、能郷集落の一番奥に一人で暮らすスミさんのお宅にお邪魔した。

「まぁ、ようこんな奥まで来なすった。なんでまた、塩煮なんかに興味あんの、たいしたもんやないんやよ」と、大きな鍋に小芋をたくさん用意して待っていらした。農機具を入れるような小屋には五徳がポンと置かれている。

軽やかに薪を運び、コンクリートの上にそのまま並べ、薪の隙間に入れた乾燥したスギの葉に火を付ける。

大きな鍋に芋を入れ、山の水源から引いた水でザーッと洗う。手伝おうと手を出すが、結構な重さがあった。「あー、えんよ。わたしやるで」と83歳のスミさんは、水も入れてさらに重くなった鍋を軽々持ち上げた。

火がついた薪の上に鍋を置き、火を囲んでいろんな話をする。
「ここで一人で住んどったらね、なんでも一人でやらないかんのやよ、ほれこの小屋も全部自分で塗ったんや」と得意げに語る。

コールタールで塗られた柱や壁、小屋の屋根も全て自分で塗ったという。わたしたちは火を囲み、芋が煮えるのを待った。

 おもむろに塩を片手いっぱいに掴み、3回ほど鍋に入れた。「塩はね、こんなもんやだいたいよ、毎回味は変わる、今日は辛かったなとか、足りんかったなってあるけど、まぁそんでいいんよ」と言う。

スミさんは冬の間に3回ほど塩煮をするそうだ。雪が降り、農作業が出来ない冬は、小屋で火を炊いてゆっくり料理をする。

「どうして家の台所ではなく、ここでやるのですか」とたずねると、「火焚いてたらあったかいやろ、焚いてたら誰かくる」と答えた。

少し下ったところに住む紀子さんは、「スミちゃんのところから煙が上がっとるとね、スミちゃんなんか作っとるなって来るんよ。そんで私もこうやって、よばれるわけ」と話す。

たっぷりあった水がどんどん減って、スミさんが鍋つかみで鍋を持ち、豪快に鍋を振る。芋が舞い上がり、空中で転がり、お湯がザバッ、ザバッと溢れ出る。

外でやっているからお湯が溢れても気にならない。スミさんは、恐らく無自覚にここの工程で塩分調整と煮詰める時間の調整をしている。そのあと、更に煮詰め、水分を飛ばし、芋に塩がコーティングされるようになるまで煮詰め、そのつど鍋を振っていた。

スミさんは、熱々の塩煮を手に取り、皮のまま口に入れる。「うん、今日の塩煮は、あんばようできとる。さーあがって」と私たちにすすめた。塩で絡めた皮がパリッとし、ほっくりとした芋。材料は、じゃがいもと塩だけのシンプルな塩煮は、これまで食べたことのない味わいである。

根尾の水源から引いた水は人々の生活に密着し、野菜を洗い、料理にも使われている。これは、地で収穫された芋、水源からの水、みんなで火を囲んで語る楽しさも加味された特別な美味しさであるだろう。

―スミさんの塩煮―
男爵芋の小芋 鍋にいっぱい
塩手掴み
根尾の水 かぶるくらい

芋を洗う
切らずにそのまま。煮る
かぶるくらいまで水を入れ、水から火にかける

塩を入れる
沸騰寸前に塩を入れ、ふきこぼれないように火加減を調整する。このとき混ぜることはしない

鍋返し
水分がなくなるまで煮詰め途中で鍋を返すように振る、完全に水分を飛ばし、焦げないよう、何度か鍋を返す。
芋に塩が絡み、白っぽくなったら食べ頃。
出来上がり

皮付きのまま食べる。塩辛い場合は、皮を剥くことで食べながら塩分調整をする。塩で煮ただけのシンプルな料理のため、冷めた翌日はポテトサラダや、甘辛く煮詰めるなど他の料理に転用することが出来る。

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