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イベント案内文を改善する〜実例による公開誌上メンタリング

イベントの案内文を実際にどう改善するか、実例に基づいて説明してみましょう。今日登壇したイベントで主催者からOKをもらったので「公開誌上メンタリング(笑)」を行います。

対象イベントは下記『起業のファイナンス』という、起業して資金調達を考えている人なら大抵持っているであろう、分厚くて難しい本のオンライン読書会です。

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「起業のファイナンス増補改訂版」
オンライン読書会

【オンラインでの起業のファイナンスの読書会】

先月「スタートアップのファイナンスや資本政策を考える際に読んだ方が良い記事や本10選」という記事をnoteに書かせていただいたところ、note上ではスキが300以上、Newspicksでは200以上Pickされ、ありがたいことに大きな反響を頂戴しました。

予想以上にスタートアップファイナンスのニーズがあったことから、今回は、新規事業や起業を考える際のファイナンスのバイブルであり、上記10選の後半でも引用している「起業のファイナンス増補版」の読書会をオンラインで開催いたします。

当事者は「見たい世界を見る」

なお、今回は偉そうにツッコミを入れますが、これは第三者だから醒めた目で見られるだけの話です。この2年半で400講座作って本まで書いている私でも、未だに時々は不発の講座を打ってしまうことがあります。

結果を見て冷静に分析すれば原因は後付けでわかるものの、企画している最中の当事者というものは、想いが勝って「自分の見たい世界を見て」しまうものなのです。

そのリスクを避けるには、冷静で真剣にフィードバックしてくれる第三者に、公開前に見てもらうことです。ただし、当事者でない人にとっては所詮他人事なので、あくまで自分が参加者視点で冷静に価値を評価し、改善するということを忘れないように。

ひと目で感じる「矛盾」

最初に感じる違和感は、読書会というカジュアルなイベントにもかかわらず、分厚く難しい本を対象にしていることです。

読書会に来る層は、一般的にはカジュアルな学びを得たいそうではないかと思います。しかしこの本を読みこなしたいと思う人はかなり真剣度の高い人でしょう。完全に矛盾しています。

ターゲットと価値が見えない

まずイベントで何よりも重要なのはタイトルです。狙った層が一読して「これは自分が行くべきものだ」と直感できるのが理想です。

しかし「起業のファイナンス増補改訂版 オンライン読書会」というタイトルからは、このイベントに参加する人はどんな人で、どんな課題を解決するために、このイベントに参加するのかが分かりません。

例えば、この本に興味を持つ人は以下の可能性が考えられます。

1)分厚くて難しいこの本を読んだけれど理解できていない人

2)資金調達を真剣に考えているが、ファイナンス知識がない起業家

3)企業の財務経理/金融機関/会計士等の実務経験はあるが、スタートアップ特有の実務知識が不足していると感じているスタートアップのCFO

4)スタートアップ投資に関わり始めたばかりのVC/CVCなどの担当者

属性が異なれば、それぞれの持つ課題、課題解決策、得たい価値も、当然異なるはずです。

1)一読したが十分理解できていない
 →実務家に内容を解説してもらう
 →内容を理解し、実務で活用できる

2)資金調達のやり方が分からない
 →基本的な考え方と具体的手順を教えてもらう
 →資金調達に成功する

3)スタートアップ独特のファイナンス実務を知りたい
 →実務家に詳細を体系的に教えてもらう
 →CFOとして成果を上げる

4)スタートアップ独特の投資実務を知りたい
 →実務家に詳細を体系的に教えてもらう
 →投資担当者として成果を上げる

スタートアップ・ファイナンスの実務家と専門書を読むなら、ターゲット・課題別に、以下のような価値提案の仮説が考えられます。

1)積ん読になっている人や、一読はしたものの十分に理解していない人のために、スタートアップの実務家が分かりやすく内容を解説する

2)はじめての資金調達を真剣に考えている起業家に、複数スタートアップのCFOやアドバイザーを務める実務家が、基礎知識と具体的にやることを教える

3)新任のスタートアップCFOのために、金融機関から複数スタートアップのCFOに転じた実務家が、スタートアップ独特の実務を解説する

4)スタートアップ投資に携わることになった人に、金融機関から複数スタートアップのCFOに転じた実務家が、スタートアップ独特のファイナンスの実務を解説する

今のタイトルではターゲットも提供価値も書かれていないため、誰も反応しようがないのです。

ターゲットが見えないので目的も見えない

このイベントの主催者は、新規事業や起業家のコミュニティを作っているので、そういった属性の人々がこのイベントに参加し、コミュニティに参加してくれることを目的としています。

コミュニティに入って不安を解消しようとする層は、比較的切迫度の低い層でしょう。目の前の課題を今すぐ解決しなければならない人々は、緩やかなつながりを作るような悠長なことをしていられないからです。資金調達に奔走している起業家や現役CFOなら、読書会より、お金を払うので個別支援を頼みたいと思うでしょう。

よって、起業やスタートアップへの転職に強い関心があり、起業のファイナンスを買って読んだが十二分に理解できない人が、現実的なターゲットになるかと思います。

そういう意味では、本来的にこのイベントの目的の上でのターゲットと、この本の読書会というコンテンツが刺さりそうなターゲットは合致していると考えられます。ただ問題は、それが明示されていないことです。

例えば、以下のように記すと、誰がターゲットで、どんな課題を解決=価値を提供するかが明らかになります。

起業で最も重要な資金調達や資本政策を体系的に理解できるよう、複数スタートアップのCFOを務める実務家と、定番『起業のファイナンス』を読み解く、起業を真剣に考える人の読書会

言葉を無駄に重複させている

この案内を見ると、サムネイルの中に「起業のファイナンス」が2回、タイトル、詳細の冒頭に1回ずつ出てきます。この最も重要で限られたスペースに同じ言葉を入れるのはもったいないです。

参考に、私が企画した講座の冒頭部分で説明します。

議論を「見える化」する技術
〜工学的ビジュアル・ファシリテーション入門

現役プロジェクトマネージャーが実践する、リアルタイムで議論の要点を構造化・可視化する技術の基礎を体得します。
講師は新サービス企画、大規模システム開発から炎上案件対応まで多様なプロジェクトをリードしてきた、情報工学科出身・現役ITエンジニアの○○氏。
https://cc191117am.peatix.com/

タイトルでは「可視化」で議論をより上手にまとめる方法論を学べることを示し、サブタイトルではそれを別の言葉「ビジュアル」「ファシリテーション」と言い換え、「入門」と明記することでレベル感を示し、「工学的」で他と違う価値がありそうな予断を与えています。ありがちな「美術系」と違うことを明示することを意図しています。なお、与えた予断は詳細の中で即座に解決しなければならないので、冒頭に工学的とした根拠を明記します。

導入部分は誰が何をどう教えるか、付加価値も含めて端的に述べます。現役プロジェクトマネージャーが実務で活用する実践的な方法論であることを示しています。

「リアルタイム」x「可視化」は既存の方法論との差異化=ターゲットにとって価値ある違いです。議論をリアルタイムで絵や図に落とし込んでいくことは、通常できないと考える人が大半なので、専門家から学ばなければならないと思うのです。

講師が「語るに値する」根拠を示す

内容がいかに魅力的であっても、講師にそれを語るに値する信憑性がなければ、読み手は「聞くに値しない」と判断します。よって、どんな語るに値する人が話すのかをその後で述べています。

本件では、幅広いプロジェクトをリードしてきたとして単にコードを書くだけのエンジニアと区別し、情報工学の専門的バックグラウンドがあることも明示して、実務に加え理論面のバックボーンをあることを示し、説得力を補強しています。

このように、冒頭部分は、限られた文字数の中で、ターゲットにとっての価値と、それを信じるに足る根拠を、論理と裏付けとなる事実で補強し、過不足なく思考の流れに沿った文章にする必要があるのです。

読み手にとって「だから何?」

加えて残念なのは、その大事な導入部分に書かれているのが完全な自己都合ということです。

先月「スタートアップのファイナンスや資本政策を考える際に読んだ方が良い記事や本10選」という記事をnoteに書かせていただいたところ、note上ではスキが300以上、Newspicksでは200以上Pickされ、ありがたいことに大きな反響を頂戴しました。

要約すると「俺が書いた記事がたくさん読まれた」ということです。起業を真剣に考えている人にとっては「だから何?」という話です。

ターゲットが価値を感じるのは「起業の成功に重要な、資金調達や資本政策について、実務家が教えてくれる」ということのはずであり、誰が、どんな課題解決=価値を、どう提供してくれるのか、をまず明示すべきでしょう。

反響があったこと自体は講師の力量の根拠としてアピールする材料にはなりますが、全面に打ち出すものではありません。

語るに値する根拠が示されていない

ちなみに講師の略歴は以下のようなもので、下記からこのテーマを語るに値する根拠を構成すべきでしょう。

○○株式会社 CFO
大学院で経済学を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。
2018年9月より現職。大手企業や地方の新規事業開発や、複数スタートアップの経営を支援している。

例えば「講師は、大学院で経済を専攻した後、大手金融機関で幅広いファイナンスの実務経験を積んだ後独立し、複数スタートアップのファイナンスや事業開発を支援している実務家のXX氏。」とします。

加えて「理論と実務、投資側とスタートアップ、それぞれ両面の経験をもつ実務家が、これから起業する人が本当に必要な基礎知識を体系的にお話しします。」と、そのようなバックグラウンドがあるからどんな価値を提供できるのかまで補強すると、説得力が増すでしょう。

このように、略歴は単なる事実の羅列ではなく、この講師なら謳っている価値を本当に提供できると、読み手が信じる裏付けになっていなければなりません。逆に関係ない要素は入れずに簡潔にした方が良いです。

ターゲットに価値ある事実に光を当てる

似た属性の人に比べどのような差別化ができるかも加味します。この講師の場合、大手金融機関の経験があることと、理論面も強いことを前面に出しました。スタートアップやVCの経験しかない人なら、その分野の経験が豊富である旨を前面に出します。

どちらが良い悪いではなく、ターゲットにとってどんな価値があるかの観点で、自分の持つ素材を、自分に有利な土俵に導くように、事実に対する光の当て方を変えるのです。

このコンテンツが目標達成に最適か?

より根本的な疑問は、この本じゃないのでは?ということです。「note上でスキが300以上、Newspicksでは200以上Pickされて大きな反響を得た」記事を書いた当人であれば、参加者はむしろその人の話を聞きたいと考えるのではないでしょうか。他人が書いたものを読む読書会より、書いた本人の話を聞ける方が、よほど価値があるはずです。

目的が「コミュニティの参加者を増やすこと」なのであれば、その手段として「note記事を書いた本人が話す」が良いのか、「(他人が書いた)起業のファイナンスを一緒に読む」のが良いのか。参加者視点に立てば、後者の方が価値が高く、他にないものになるでしょう。

本当は、記事が話題になっているという機会を捉え、コンテンツと価値提案を組み直すべきだったと思います。

講座企画の方法論を詳説し、一緒につくるワークショップ

このような方法論を体系的にお伝えし、一緒に作るワークショップを、早稲田大学の社会人スクールで実施するので、ご興味あればご参加ください。

オンラインセミナー企画の教科書

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