インドの寝台車で男の太腿に足を乗せて寝た話
自分の常識が世界で通じると思うのは思い上がりである、ということも、旅の中で知ることである。
ユーラシア横断の終盤、インドのアムリトサルからデリーに向かう鉄道だったかと思うが、夜行の寝台をリザーブした。
長い距離を走る列車なので、夜が更けてもいくつかの駅に止まり、降りる人もいれば、乗ってくる人もいる。インドの鉄道は、前年のヨーロッパのとは違い、乗り心地も寝心地もだいぶ劣るものではあるけれど、いつの間にか眠りに落ちた。
どれくらい経ったのだろうか。足元に圧を感じて目が覚めた。見るとインド人の男が私の寝台の端に堂々と座っている。そんなところに座られたら、とても眠れたものではない。ただ、海外では席がダブルブックされていることがよくあるので、念の為聞いてみた。
「この席は俺がリザーブしている。お前はなぜここに座っているのだ。」
「夜中に長い時間立ったままは疲れるので、座らせてもらっている。」
日本なら、普通はここで「あ、すみません」で終わるだろう。というより、人が寝ている寝台に座るわけがない。
「それは知ったことではない。お前にここに座る権利はない。すぐに退いてくれ。寝られないじゃないか。」
「俺は途中で降りる。少しくらい座っていてもそんな問題でもないだろう。」
驚くことに開き直った。ここで引き下がっては、眠れなくなる。
「お前がそこにいると寝られないからダメだ。」
「なぜ寝られないんだ。」
質問を質問で返すなっ!
「お前がそんなところに座っていたら足を曲げなければならない。足が伸ばせなければ寝られない。だから今すぐここから降りろ。」
「よし、分かった。お前は足を伸ばして寝たい。俺は座りたい。そういうことだな。」
開き直るに留まらず、奴は交渉を持ちかけてきた。
「じゃあこうしよう。俺はここで座るが、お前は俺の足の上にお前の足を乗せていい。そうすれば、俺は座ることができ、お前は足を伸ばせ、両方の要望が同時に満たせる。それでいいじゃないか。」
さすがに絶句し、ついに根負けしてしまった。
とはいえこちらも意地だ。本当にその男の座っている太股の上に自分の足を乗せてやり、そのまま何時間か過ごしたが、何とも言えない柔らかさと生温かさであった。
夜明け前、奴はあっさり自分の目的地で降りていった。
結局、その日は眠れなかった。
そんな経験を積み重ねて、人は旅に慣れていく。
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