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2023年9月の記事一覧

ピアニッシモ

言葉を埋葬し硬い表紙で綴じ込めたが
消し忘れていたものを思い出した
詩の冒頭に付け足した
見えないほどに小さなピアニッシモの記号

コオロギ

コオロギが熱いよと泣くので冷たい掌で庇う
世界中の椅子がいっせいに軋み音をたてて
誰もが傍観者ではいられなくなる、そんな日
聳り立つ諸課題を寝かせ並べる
コオロギが跳ねようとするのを必死に止める

なぞるとか折るとか

クロークの扉を開くように本を開く
肩幅分の僅かな奥行きがあれば
私はその世界の隙間に収納可能な筈だった
眼から飛び立った期待のようなものが
「三丁目の角を曲がる」という文章に
突き当たる
わからなくなる
どうでもいいような気がして
ページの角を
なぞるとか折るとか

ミズスマシ

雨に濡れながらシャクトリムシたちがオフィスビルに吸い込まれていく。どうやら水に触れた所だけが虫になるらしい。時々自分の涙にも濡れることがあるという。どこまでが彼らの泣き虫部分なのかはわからない。半分ミズスマシになった人々が今日も向こう岸を目指す。

固まり

硝子瓶が
ゴトンと鈍い音をたてて
割れない乾涸びた
固まりで
青い固まりで

スターリングエンジンについて考える
冷えて眩しいもの
孤独が暖めるもの
シリンダーの中で夜が明ける
炭酸水の泡の夢跡
沈んだ筈の陽の記憶

跳ね上がって
転がった水入りの空気
割れそうな傷ついた
固まりで
脆い固まりで

柔らかいもの

仏壇の花を折って
屍のように白い布の上に横たえる
その奥で膨らみ
弾け
生まれる
なにか柔らかいもの
たぶん面影を見ているのだと思う
悲しくてできることがすくない
昨日まであった雨戸がなくなったと
今日の父はまた私のせいにする