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2021年6月の記事一覧

靴底

小学校への歩幅の合わない百段の湿った階段をあの頃の二倍の歩数と三倍の息継ぎで喘ぎながら昇った体育館の裏の彫像の群れ四角く黒く傷付いた池と鳥を放すための小屋の脇を抜けて二つの紙切れにつんと尖らせるように削られた懐かしい鉛筆で名前を書いた帰りの今来たばかりの階段を大股で駆け降りたあの頃よりずっと硬い靴底のせいでぱたぱたと大きな音をたてた私は隙間を埋めるためにもっと硬い靴底の列車に乗ってプラスチックのア

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胃袋

胃袋のかたちをした広場があった
時折、ちぢれて涙ぐんだ咀嚼物が
ベンチにこじんまりと座っていた

欲張り

吸っては
吸っては
吐き忘れ
出し惜しむ

欲張りな

サンドウィッチ

電車のなかで
サンドウィッチをぱくりと
食べる女性をみました
たてにぱくりと
よこにぱくりと
たくさんのかたちや方向に
変化しながら食べられました
不安はあるし
失敗はするし
そこにもここにも
サンドウィッチは食べられました

たったひとりのひとつまみ

ちいさな家の中に
回想から生まれた人格がさわさわと

足、奇異な柱底
腕、理解されることのない痛み
燃え殻の
たったひとりのひとつまみ

そのひとは
あまりの愛おしさに
白いお骨をぱくりと食べてしまった

悲しみというものが蘇ってきて
びっくりしてしまって
泣いていた、
きれいな光の壷の中で

ちいさな家の窓から
静かな魂のかたちをした灯りが、
窓々から
午後十時の集合住宅の漁り火が、
それぞれに

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薄墨

紙こよりを濡らす悲しみ
薄墨が傘の雫に透き通る
そして私は
休みをとる勇気も無い

凹凸

すさんだ心の凹凸に
朝露が満ちて溢れて

落下

光だって落っこちる
だからはじめに落下あり
落下しながら振り回されて
そこで生まれる遠心力のおかげで
この世はなんとかバランスを保っているらしい
つまり
わたしたちは落下しているのだが
あれとかこれとかあいつとかこいつとかに
振り回されているおかげで存在することができる
というワケらしい

ポテトサラダのとなりのくかくに

ポテトサラダのとなりのくかくに
ポテトサラダのとなりのくぎりに
取り残された玉葱の
ほんのりと甘い確かな過去に
豚肉の生姜焼きはありました

二本足

去年は二人で来たこの海に
今年は二本足でやって来た
踏み締めながら支えながら

飴玉

うずくまる心、初夏の日暮れに
光を集めて冷たい飴玉。

革製の。

青い顔、革製の。
赤ら顔、革製の。
革製の笑顔、綻んで。

めっちゃブランコこぐ少女

我が家の近所の公園に
めっちゃブランコこぐ少女がいる
振られた鎖が水平レベルを超え、
弛み、
内向きに崩落しかかると
体をくの字に折り曲げながら
重さをその先の前方にあずける
そうしてやがておりてくる
そうしてまたのぼっていく
彼女はいつもひとりだ
となりのブランコは友達ではない
ほれぼれしながら眺めていたら
睨まれたような気がした

自動巻腕時計

軽く振るえば鼓動が戻る
九年前の形見分け
一緒に旅行へ出掛けたら
腕に日焼けの跡を残した