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生きていることが怖い|がんサバイバーの家族になってはじめて気がついたこと

先月、文芸春秋digitalに堀ちえみさんのインタビューが掲載された。テレビのニュースで堀ちえみさんが舌がん・食道がんの手術を受けたということは知っていたが、このインタビュー記事によって堀ちえみさんの状況やどのような思いをされていたのかを知って少し慰められたような気がした。

というのは、私の父は2016年秋に大腸がんが見つかり手術をしたが、私は今もずっと父に手術の後押しをせず、緩和ケアをしたほうがよかったのではないかという後悔の念にかられていたからだ。

父は術後の予後が悪かったのか、3カ月後に突然亡くなってしまった。原因はわからず(原因が分かるならと)しぶしぶ承諾した病理解剖で腸管が壊死していたという話を聞いた。結果は書面でいただけると確認をしていたが、もうすぐ3年が経つ今もなお結果は届いていない。事実は何もわからない。私はそれからずっと病院に対して疑念をいただいているが、それには触れないでおく。

あなたは病気になったときに主役が2人(2視点)いることをご存じだろうか。
1人は患者、もう1人は患者の家族。忘れられてしまいがちな患者の家族という視点を書きたいと思いnoteにすることにした。

生きてほしい

 実は、髪を切ってもらっている間、私は「もう緩和ケアでいいかな」って思っていたんです。とにかく舌が痛くて、お水も飲めないし、よく眠れてなかった。もうこれ以上、手術を受けて痛い思いをするのは嫌だ。緩和ケアで痛みから解放してもらえば、自分の命はもういいかなって。

 でも、そんな考えを改めたのは、下の娘の言葉でした。迎えに来てくれた主人と帰りの車の中で2時間ほど話し合った後、子どもたちにも正直に伝えようということになり、同居している、当時18歳になる息子と16歳になる娘に話したんです。そしたら、下の娘がわーっと泣いた後、「お母さん、かわいそう過ぎる」って言ったんです。

 私はここ数年、リウマチや神経障害性疼痛、特発性大腿骨頭壊死症など、いろんな病気に悩まされてきました。「いいお薬が見つかって、やっと痛みから解放されたと思ったら、今度は口内炎ががんだったなんて。私、まだ16歳なんだよ。まだまだ一緒にいたかったのに」って、すごく泣かれたんです。

引用元:堀ちえみ独占インタビュー 舌がん「ステージⅣ」からの生還

堀ちえみさんのインタビューの中に、"痛みから解放してもらえば、自分の命はもういいかなって。"という箇所がある。それに対して、娘さんは"まだまだ一緒にいたかったのに"。私も同じ。

生きていて欲しい
少しでも長くいてほしい
一緒に戦いたい

大切な人が病気になったとき、誰もがそう思うのではないかと思う。

その一方で、本人はそれを望んでいるのだろうか、苦しみが続くのはかわいそうだ、私はどこまで本音を話していいのだろうか、と悩む。

一番苦しいのは患者本人であることは間違いない。でも、何もすることもできず祈ることしかできない無力な家族もとても苦しいのだ。そしてその苦しさはどこにも吐き出すこともぶつけることもできない。一番苦しいのは患者本人だと分かっているから……。

人生会議は必要

先日、厚生労働省が「人生会議」を啓発するために作ったポスターが炎上していた。「死を連想するから不快だ」といった声を、noteやTwitterを通して目にしこの騒動を知った。

それらの概要について、外科医 中山 祐次郎さんが分かりやすく書かれているのでそちらをご覧いただきたい。

最初に私の考えを述べると人生会議は必要だと思う。これは私が父の死を通して強く思ったことなので間違いない。どんなに話し合っていても、その時がきたら、自分の判断に自信がもてなくなる。本人はどのように考えているのかどうか。

家族だから分かることがある。でもいざ"その時"がきたら途端に自信がなくなる。合っているのかどうか、聞くことができない本人に聞きたいと強く願う。

そのうえで人生会議のポスターがなぜこんなに話題になるのか。"その時"を連想するから恐ろしくなる。"その時"に直面した時、誰にもどうすることもできずあたる場所もない。でも作られたポスターは違う。その恐怖から目をそらすことができる。

このポスターが意図することはわかるし、話し合いは常にしておいた方がいいと考えている。生前、父とは延命治療やお墓のことなどいろいろな話をしていたが、それでも迷いはあった。もし話していなかったらもっと慌てただろう。

注意喚起、話題になったということはこのポスターが作られた意味が達成されたのだろう。でも、1人1人考え方も違うし置かれた環境も違う。自分の姿や身内の姿に重ね合わせて"不快"な気持ちになる人がいてもおかしくない。

私も1~2回ポスターをみかけるくらいなら、"人生会議”したほうがいいよね、と思うけれど、行く場所行く場所で見かけたら気持ちが滅入ると思う。そして、もし"その瞬間"が訪れたときにそのポスターがあったら、どこにもやり場のない気持ちはポスターへと矛先をむけてしまいそうだ。

生きていることが怖い

死ぬことが怖いのではなく生きていることが怖くなってきた。この感覚、ニュアンスを伝えることがとても難しい。いつか誰にでも平等に訪れる死を迎えるために生き続けなければならない。生まれてから今日までずっと一緒にいたのは両親や兄弟などの家族。この世から大切な人がいなくなった後の世界なんて想像ができない。

生きているってなんて恐ろしいんだ。

プライベートな内容も含むためフィルターをかけさせていただきました。

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生きていることが怖い|がんサバイバーの家族になってはじめて気がついたこと

こんちゃ|ライター

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