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コンシーラの私(第七章)

葛藤テレビ

葛藤:人と人とが譲ることなく対立すること。争い。もつれ。

私は、小学生くらいから、日本のテレビをまったく見たことがない。液晶テレビは、毎日、葛藤が渦巻いている。つまり、ほとんど全ての日本の放送が、エンターテイメントではなく、人と人の対立ばかり垂れ流しにしているから。

幼少の頃、父親から、BBCのラジオを聴くように教えてもらってから、BBCが提供するラジオのアプリダウンロードして以来、情報は、全てイギリスから入るようになった。ツイッターもYouTubeもインスタも全てBBCを小学生頃から観たり聴いたりしている。

日本の葛藤テレビは、人が作ったものを、つっこみとかいう言葉で、全てつぶしにかかる。誰が、あんな下等なことを考えたのだろう。たとえば、「私、体重が10キロも太ったんです。」「でぶ、痩せろや。」とかいって、平気で人を傷つける。日本の男の人たちもそれにもろに影響を受けて、平気で痩せろとか言ってくる。普通に考えたら、喧嘩になるし、そのツッコミとやらで、人として思いやりのない間違った考え方を植えつけて、洗脳する。それは、決して『物を作っている人たちとは言えない。』

音楽もいやに下手くそな昔のミュージシャンばかりを称えるし(昔の素晴らしい曲は逆に放映されない)、最新曲も、ほぼ全てが、4小節のリズムさえも刻めていない、音楽になっていない曲を日本の葛藤テレビは流し続ける。

逆に、BBCでは、常に新しい曲が週に10曲以上登場して、音楽として『楽しい気分』にさせてくれて、最先端の曲を毎週、紹介し続ける。また、昔の良い曲も流し続けるBBC Radio 2さえある。オペラの専用チャンネルさえもある。それらが、無料で世界中で聴けるから、もう日本の葛藤テレビ自体、うわさでそういった悪いことを聴くくらいで、見たこともない。

よく、日本の葛藤テレビは、そんな下等なことをやって、生き延びているなと思う。確かに、知り合いで葛藤テレビにもろに影響を受けて、偏向な考え方で自分勝手な、ハッパッパーになっている頭の悪い子がいるけど、誰からも相手にされていない。

ただ、日本にもいいところがあって、NHKラジオ深夜便だけは、聴いている。戦時中に戦争を体験したお爺さんたちの話がじっくり聴けるし、俳優や声優さんの演技についての考え方や、科学や医療まで、様々な事を、話し手と聞き手に分かれてじっくり話を聴くことができて、勉強になるから。だけど、周りでは聴いている人はほとんどいない。BBCを見ていたり、聴いている人はいるんだけど。

私が、イヤホンをかけて、外部を遮断し続けるのは、日本の葛藤が無意味だと心の底では思っているからかもしれない。心と体は、ヨーロッパなのに、一向に成長のしない日本の精神状態と距離をおきたい。社会にでたときに、もしこんな葛藤ばかりの世の中だったら、絶対、日本の社会にはなじめないし、一番の心配は、自分が成長できないかもしれないということだ。葛藤てれびと一緒に、自分の人生さえも台無しにされるくらいだったら、日本から出て行っても良いと思う。巻き沿いにだけはされたくない。

そんな想いを抱えながら、次の日には、また、イヤホンをして、私は新宿ガード下を潜り抜ける。

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