リーダーの仕事の評価は、物理学におけるそれと似ている。

ABEMAの番組「NewsBar橋下」に菅義偉前総理が出演されていました。

業界の著名人を招き、メディアでは語られない裏側をサバンナ高橋さんと橋下さんが掘り下げていく当番組。いつもはお酒を片手に収録されるのですが、今回は菅さんの好物であるパンケーキと紅茶が木製のローテーブルに用意されている。後にも先にも、パンケーキがトレードマークになる総理大臣は現れないだろうな。

菅さんが総理大臣として在職したのは384日。戦後に我が国のトップになった34人のうち、12番目の短命政権だったらしいのだけれど、その間に残した功績は大きかったと思います。番組のスタッフが在任期間中に実施した改革をまとめてくれています。

【菅政権で行われたこと】
・新型コロナワクチン接種の促進
・カーボンニュートラル宣言
・携帯電話料金の値下げ
・デジタル庁の発足
・改正国民投票法の成立
・東京オリンピック・パラリンピック
・不妊治療の保険適用
・日米共同声明で台湾に言及 など

(NewsBAR橋下「#153 橋下徹x菅義偉!政権運用のウラ話/コロナ禍の行方...前総理の考えは?」|ABEMA より)

1日も休むことなく駆け抜けた384日。菅さんは「休むべきだったんじゃないか」と振り返っておられましたが、あらためて並べて見ると、たった1年のあいだによくやってくれたなと思います。えらそうにすみません。


さて。番組の前半では、菅さんが官房長官時代に外国人観光客を増やすための施策として実施した、ビザの規制緩和に関するウラ話がありました。

菅さんは自身が野党だった頃、日本の外国人観光客数が、韓国のそれよりも下回っていることに強い疑問を抱きます。日本が836万人であるのに対し、韓国は1,100万人程度もあるのはなぜか、と。その後、自民党が政権を取り返し、菅さんは官房長官の任に就きましたが、先の原因がビザ規制の厳しさにあるとわかると、直ちにそれを緩和。結果、3,200万人まで増やすことができたのだそうです。(※日本政府観光局 (JNTO) 発表統計によると、外国人観光客の数は、2012年が8,358,105人に対して、2019年には31,882,049人にまで拡大)

ビザの緩和について。菅さんは当時の法務大臣、国土交通大臣、警察庁公安委員長を集め、インバウンドを増やすためにビザの緩和を進めたい旨を伝えました。すると、その会議はたったの5分で終了し、翌月から一気に観光客が増えたのだそうです。

これに対し、橋下さんは「日本の官僚組織にも観光を考えている部署があるはずだが、そこで外国人観光客を増やすための施策の実行をすることはできなかったのか」と問います。すると、菅さんはかぶせるように「それじゃ無理だったと思う」とこたえました。当時、外国人観光客が増えると、犯罪が増えるのではないかという官僚の理屈が存在していたため、大臣もそれに引っ張られてしまうので、難しかっただろうと。

外国人観光客を増やすことは、いぜんから国家課題として掲げられていました。2003年の小泉政権では、国土交通大臣を本部長とした「ヴィジット・ジャパン・キャンペーン」が発足します。けれど、外国人観光客数の伸び率は従来のものをほとんど変わりませんでした。

20年近く、あるいはもっと昔から長いあいだ課題だったことを、短期間で(誇張した書き方をするならたった5分で)改革してみせた。これこそリーダーの仕事だなと思いました。


少し脱線しますが、物理学における仕事の大きさは、「どれくらいの質量を、どのくらいの距離まで移動させたか」で表されます(厳密には少し違いますが、ここでは分かりやすさを優先してこのような書き方にします)。つまり、重いものをなるべく遠くまで移動させることが、大きい仕事と呼ばれるわけですね。逆に、重いものをただ持ち続けるだけだと、物理学な意味においては全く仕事をしていないと評価されます。移動距離がゼロなので、仕事もゼロだということですね。

一方、社会にある仕事は、必ずしも移動を目的にしたもの、つまり現状からの変化を望むものばかりではありません。例えば、清掃員の仕事とか、Webサイトの保守管理とか、現状をそのまま維持することが仕事として存在しています。これらも人々の生活や経済活動を支える重要な仕事だと思います。

ただ、リーダーの仕事といった場合には、その評価は物理学的な考えで判断される気がします。重いものを、どれだけ前に進めたのか。それによって評価される側面が大きいと思うのです。これは「リーダー」ということばの成り立ちから考えるとよりわかりやすいですね。先導する人、先頭に立って導く人。重さは、タスクの遂行難度と捉えることもできるし、組織の大きさという意味で人月コストの大きさと考えることもできるでしょう。それをどれだけ前に進められたか。その掛け算の大きさによって、リーダーはその仕事を評価されるのだと。

なぜこのような、一見すると至極当然な話をしているのかというと、リーダーという立場にありながら、重いものを前進させる、そのことを恐れている人あるいは忘れている人が割と多いのではないかと感じるからです。チームのトップにたつ人には、組織を前に進めること以外にもいくつかの役割があります。メンバーの不安や不満を取り除いて働きやすくしたり、事故が起きないようにリスク管理したり。業務の内容を大雑把に攻めと守りに二分すると、守りに分類されるようなタスクもリーダーの業務として存在します。ちなみに、守りの業務もすごく重要です。

しかし、この守りの業務だけに集中してしまってはほんとうのリーダーにはなれないと思うんですね。保守も重要ですが、停滞した(あるいは停滞感のある)組織には特に、改革を先導するリーダーが求められます。ビザの規制緩和は菅さんが官房長官だったころの改革事例ですが、総理在職期間中も大きな仕事をしてくれました。その意味で、菅さんは身をもってリーダーの姿を体現してくれたんじゃないかなと思いますね。

あらためまして、菅前総理、お疲れ様でした。

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