【こんぽたいむ】『俺の異世界転生、バグだらけなんだが』1話①

俺、寿左納カイ! 普通の男子高校生だ!
そんで普通にある朝トラックに轢かれ、普通に異世界転生し、
ここから大逆転人生を謳歌するぜ~!

……って思ってたら、最初の街でいきなり魔王と出くわすわ、
チートはいまいちパッとしないわ、なんなんコレ? バグってない?

どうやら転生した先の世界《浮橋の下》じゃ全体的にバグってて、
それを直すために俺は《矛象の勇者》として召喚されたらしい。
超正統派ヒロイン《翼盾の姫巫女》クーシナディアと、
委員長系女剣士・アッシナ、お色気魔導士・テーナとともに、
世界の中心に聳える塔《八雲の礫》を目指す冒険の旅が、今始まる!

……うーん、やっぱなんか嫌な予感がすんだけど……始まるったら始まる!

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10万字程度、19年12月21日~20年1月12日までの短期集中連載
各土日に2本ずつ更新されます

■目次
  1話 ① ② ③ ④ ⑤
  2話 ① ② ③ ④ ⑤
  3話 ① ② ③ ④ ⑤
  4話 ① ② ③ ④ ⑤
  エピローグ
  あとがき


 痛くはなかった。
 ドン、という衝撃で、全身が吹っ飛ばされる。それから浮遊感。妙に頭は冷静で、あー、人生なんもいいことなかったなぁ――そんなふうに考えていた、そのとき。
 ぐるり、と視界が歪曲した。
 へ、と間抜けな声が喉から出かかったと同時に、激しい閃光が目を打った。反射的に、俺は目を閉じる。その間にも事態は進行していて、視界と同じように体中のあちこちが、ぐねぐねと曲がりくねる、奇妙な感覚が襲う。
 だけどそれもすぐ終わった。足元には、何か固い感触。地面の上に俺は立っている、らしい。おそるおそる瞼を押し上げて、きっかり一〇秒フリーズしてから、
「ちょっ……なんなんだよコレ!」
 思わず叫ぶ。
 俺――寿左納カイは、つい数分前まで何の変哲もないスクランブル交差点で、通学のために信号待ちしていた。向こう岸の先頭に立ってた美人にぼーっと見惚れていたら、せっかちなヤツに背中を押されて、その勢いで車道に転げ出て……立ち上がった途端、右から突っ込んできた大型トラックに撥ねられたのだ。そこまではいい。……いや、ぜんっぜんよくねぇけど、とりあえずはいい。
 問題はその後。っていうかまさに、今。撥ねられたら普通、地面に叩きつけられて、血が大量にどっぱぁって出て、救急搬送されるのが普通だろ? ICUとかで医師の皆さんが必死に手を尽くしながら、外で家族とかが必死に無事を祈る流れだろ?
 だけどなんなんですかね、辺りに取り巻くこのファンタジックな街並みは。
 しかも牛とか馬とか爬虫類とか、人類以外の頭部をくっつけた方々もちらほら闊歩してらっしゃるんですけど。
「えっ……ちょ、待って、夢? 夢かな? おっかしーな、さっき起きたばっかなんだけどな?」
 動揺をどうにかしようと、意味のないことを呟いてしまう。そんな俺を見て、周囲の人々が訝し気な視線を投げてくるのがつらいが、今は状況把握が先だ。
俺は身体をあちこち触って、異常がないことを確認する。大型トラックに轢かれたにもかかわらず、制服の上にはすり傷ひとつ見当たらない。頭もいたってクリアだ(幻覚を見ていないとすればの話だが)。でも、朝家を出るときに持った鞄はない。ひやりとしてポケットを漁ると、スマートフォンと財布を発見してひとまず胸を撫で下ろす。
 ブラックアウトしたスマホの画面に映るのを見た分には、頭部にも怪我はなさそうだ。電源ボタンを押すと見飽きたフツメン面が消えて、スタート画面が浮かび上がる。
「うっわ、圏外かよ……」
 とにかくここがどこなのか、位置検索しようとしたのに……でかい手がかりを一個失くして落とした肩に、ばしん、と軽い衝撃を受ける。
「おい、道の真ん中にボーッとつっ立ってんじゃねぇよ!」
「はひっ?! す、すんまんせんっ!!」
 後ろからぶつかって悪態をついてきたその通行人は、「まったく、これだからヨソモンは……変な恰好しやがって」なんて言いつつ、ぺっと唾を道に吐き掛け、そのまま去っていった。俺はというと、間抜けに口を開いてその後姿をずっと眺めていた。
 えっ、今の人……トカゲだったよな?
 それも首から上が、とか生易しいレベルじゃなくて、二足歩行のでっぷりしたトカゲが日雇労働者っぽい服着て、のっしのっしと歩いてた、よな?
 そんな、明らかに人外な存在と……俺、今、言葉交わした?
 ――こ、これは、もしや……!!
 俺は慌てて駆け出し、辺りをキョロキョロ見回した。すぐに、なにやら商店と思しき軒先に看板を見つける。店の名前とキャッチコピーやらが書いてあるのだろう。俺は目を凝らして、まじまじと見つめる。しかし、
「よ、読めん……!」
 何が書いてあるのか一向にわからなかった。
 だがそれは単に、脳みそのスペックが残念だから、というだけでもない。英語の授業は睡眠時間の俺でも、さすがにそれがアルファベット圏のものかどうかくらいは判別がつく。だけど、看板に書かれている文字は――文字というより、幾何学模様をいくつか組み合わせた記号のようなそれは、地球とは違う文明で使用されている言語のように感じられる。
 そう、地球とは、違う文明――!
 ぶるぶると全身が震えた。思わず両腕を天に突き上げる。

「ぃやったあああああああああ!! 俺もついに異世界転生したぞおおおおおおお!!!」

 つい興奮のまま叫ぶ。周りが驚いて立ち止まり、不審者を見る目つきで突き刺してくるが構うもんか!
 トラックに撥ねられて! 気づいたらファンタジーな街にいて! 人外な種族が歩いてて! 言葉は通じるけど文字は読めない! これ確実に異世界転生だろ、『小説家をやろう!』で三千回読んだもん!!
 あー、長かった。苦節十七年、日の当たらないモブ人生を疎まれ笑われ蔑まれても歩き続け、ノベルサイトとまとめサイトを巡回してなんとかやり過ごしていた毎日と、これでやっとおさらばできる! 異世界転生ときたらチートに美少女! パーッと晴れやかな主人公ライフでこれまでの非モテ負債を一気にチャラに――……
 と、盛り上がったところで、思い至る。
 転生、ってことは、地球の俺は、あのあとトラックに轢かれて死んだのか。
 いや、もしかしたら病院のベッドの上で植物状態、今のこの状況はそんな俺の見ている夢だとかってオチじゃ
あ…………………………………………………………………………………………………………………………………………あっ、やめやめ! 暗くなるから考えんのやめよ!
 いいじゃん、別に何でも! こうして主観では生きてるんだし。実際これがガチの異世界転生なのか夢なのかはわかんねーけど、楽しんだもん勝ちだよな。なんかあったらそのとき悩めばいいだろ!
 うん、とひとつ頷いて、俺は決めた。とりあえず、今はこの状況を思いっきりエンジョイする! 景気づけにもう一回両腕を空に突き上げた、ところで、視界の端に映ったそれに気づく。
「なんだありゃ……?」
 周囲に立ち並ぶ西洋風の建物、その屋根の向こうで、灰色の線が天に向かって伸びている。その先端は、空を分厚く覆う雲に遮られていて見えない。その正体を掴もうと目を凝らすが、よくわからない。
 他に宛てもないし、俺はあの線がもっとよく見える場所がないか探してみることにした。さっき叫んだせいか周りの人々が遠巻きにしてくるので、移動はとっても楽ちんだった。今更になってちょっと恥ずかしくなったけど、まぁあれだ、旅の恥は掻き捨てだ。気にしてたら異世界転生(仮)なんてやってられん。そう言い聞かせて、ひとまず展望台を探して歩いていく。
 それにしても、改めてよく観察するとテンションぶち上がりな光景だ。レンガ造りの建物と街道を始めとした西洋っぽい街並みをベースに、なんかよくわからない魔法チックな光がふわふわと、あっちこっちを浮遊している。装飾品や看板なんかも、金属とプラスチックを足して二で割ったような質感で、「地球とは違うテクノロジーで作られたものですよ」感がマーベラスにエンターテイメントだ。
歩いてる人種の割合はパッと見で、地球人系ヒューマン種:エルフ的亜人種:どこかしらに野性を彷彿させる人外種=五:二:三ってところだ。俺みたいに現代日本男子高生の標準的制服を着ている無粋な輩は皆無で、たびびとのふくだの、かわのよろいだの、いかにもな格好のオンパレード。ついつい興奮しすぎて「よう、兄弟! 調子はどうだい?」って旅人っぽく挨拶したら、十人中三人は友好的に返してくれた。
 やっべー、街歩いてるだけで超楽しい。と、初心を忘れそうになってぷるぷる頭を振るう。とりあえずは、あの謎の線だ。辺りをぐるりと見渡すと、坂道を見つける。これを登れば、街の小高いところまで行けそうだ。早速そちらに向かって一歩踏み出した……ところで、つま先がピタッと止まる。
 坂道の右手が、建物と建物のはざまになっているのを見つけてしまったのだ。薄暗い影の落ちている、いわゆる路地裏ってやつだ。
 ……路地裏って言ったら、アレだよな。
 美少女がDQNに絡まれてるのを、チートで助ける序盤のイベント!
 俺の足はすぐさま進行方向を路地裏に向けた。まぁ、いくら異世界転生(多分)っつってももそんなご都合展開そうそうなかろーが、フラグの確認くらいはやっといたって損はないだろ。どうせ急いでるわけじゃねーんだし。
 そんな軽い気持ちで俺は頭をひょっこり路地裏に突っ込んで、
「こんちゃーっス、ピンチの美少女さんいますかー? なーんて……」
 冗談半分でそう言ったら、
「……っ! そのお姿は……勇者、様……?」
 おっと、なんかいかにもか弱い声が聞こえてきましたよ?
「……!! お前は……」
 さらには黒づくめの人物がこちらを振り返ってきましたよ?
 俺は固まった笑顔のままで把握した。
 路地裏はすぐ向こうがどんづまり、高い建物が壁になっているお約束の構造。
 それを背に怯える可憐な美少女がひとり。
 追いつめるように立ちはだかる黒づくめの人影。
 その左右に立ち並ぶ、有象無象のごろつきが五六人。

 問1.以上のことから導き出される状況を説明しなさい。
 答. 美少女がDQNに絡まれてるのを、チートで助ける序盤のイベント!

「うっわマジかよ!! ほぼほぼ異世界転生じゃんコレ!! すっげーマジやっべーヒュー!!」
 テンションが天元突破して思わず拍手してしまった。路地裏にいる一同から唖然とした表情を向けられるけど、もうちょっとこの感動は抑えられない。
 だってこれアレだよ、『小説家をやろう!』で五千回くらい読んだヤツだよ? それが目の前で繰り広げられてるんだよ? 「あっ、これ真剣ゼミで習ったところだ!」ってなるじゃん! 読んでてよかった真剣ゼミ……じゃない、『やろう!』!
 あー、なんかもうだいぶ満足だわ。こんだけテンプレ体験したらお腹いっぱいだわ。帰ってクソして寝よう。
「えっ! ゆ、勇者様、お帰りになるんですか……?」
「あっ、いかんいかん違う違う」
 涙まじりの声に我に返る。そう、真においしいテンプレはここからだ。ここから華麗にチート能力であの娘を助けて、異世界転生(推定)第二部ラブコメの章が開幕するのだ!
「というわけだから、おい、そこのお前! 痛い目見る前にとっとと帰った方がいいぜ!」
 俺はビシッと人差し指を黒づくめに突き付ける。
 巨大な黒い布を上から被って、襟元を長いマフラーみたいなもので結んだだけの変な恰好をしたそいつは、辛うじて露出している口元ににやりと笑みを結ぶ。
「それはこちらの台詞だ」
 その声が、間近で聞こえた。
 俺は反射的に瞬きをする。だが目の前の光景は変わらない。すぐそこ――息が吹きかかるような至近距離に、黒マントが立っている。
 いつの間に?! 驚愕して言葉も出ない俺に向かって、黒マントは布の切れ目から出してきた右腕を伸ばす。包帯でぐるぐる巻きになったその手のひらが俺の顔面にかざされて、
「この世界に、〝勇者〟の物語は必要ない――あるべき場所へ戻るがいい」
 ボイスチェンジャーみたいな不快な高音で、静かに宣言した。
 それが思考に刺さって、俺は身体を一ミリも動かせない。黒マントの右手が、俺の両目に覆いかぶさっていく――なぜかその動作がゆっくりと感じられた。
 あの手で顔を掴まれたとき、すべてが終わる。
 だってもー、なんか見るからに人体に有害そうなスパーク発してるもん。確実にヤバいヤツ。
 黒づくめの右手は白い包帯で巻かれているのに、その手のひらに落ちた影はブラックホールのようにドス昏い。加えて脳みそを迅速的確に焼き切ってくれそうな電流がチカチカ瞬いてる。その威圧感は既に、俺のさっきまでの勢いをまるっと嚥下し終えていた。
 あー、これだよ。トラックに轢かれて、運よく異世界転生(おそらく)をして、じゃあ今度こそ思いっきり楽しむか! って思った矢先に強制終了。あんまりだ、と思う反面、そんなもんだよな、と納得している自分もいる。
 ずっとそんなもんだった。やりたいこともろくにできずに、ただ周りに流されるだけ。そんな純度100%モブ・ライフが性根に染みついている俺が、転生したからっていきなり主人公体質になれるわけはなかったのだ。
 ちょっと特別仕様な走馬燈でも見たと思って、潔く諦めることにしよう――そう思って瞼を閉じようとした。
 ……けど、待てよ。
 ここで俺がいなくなったら、あの娘はこの黒づくめに襲われるのか。
 あのいかにもDQNなごろつきたちに囲まれて、放送禁止用語まみれの成人指定な展開に持ち込まれて、「くっ……殺せ!」なんて台詞を口にしなければならなくなるのか。
 あっやべ、鼻血出そう。
 じゃなくて!
 
 ――そりゃ、ダメだろ!!
 
 俺はカッと目を見開く。諦めてもいい。でもそれは、やることぜんぶやった後だ!
 硬直していた身体に死ぬ気でカツを入れ、全身全霊でしゃがみこむ。地味な動作だが成功し、まずは黒マントの手から逃れられた。ふと見上げると宙を切ったその手から一際激しくスパークが迸って、汗腺という汗腺から冷や汗が出た。あれ喰らってたら100パー黒焦げ間違いなしじゃん、あっぶねー!!
「って、それよりも……おいっ、無事か?!」
 俺は全速力で黒マントの右を抜け、路地裏の奥にいるあの少女に向かって声を張り上げる。視線の先で涙目の彼女が頷いた。
あっ、パッと見だけでもめっちゃ可愛い。
 華奢で小柄の黒髪ストレートロング。黒目がちの大きな垂れ目が縋るように俺を待ってる。こりゃますます諦めるわけにはいかねぇわ! 絶対助け出してフラグ立てなきゃ死ねねぇわ!!
 だけど、もちろんコトはそう簡単に運ばない。彼女を囲んでいたDQNどもが、ガンを飛ばしながら立ちはだかる。ヒューマンタイプの他にも狐耳の亜人やらワニ頭やら、勢ぞろいした強面のオニーサン方がそれぞれに襲い掛かってきた。まずは先頭のワニ頭さんから攻撃。横薙ぎに振られたこん棒が、俺の胴体を狙って攻めてくる。
 さあ、いよいよだぜご都合展開! 序盤最大の見せ場、チート能力発現! いっちょ景気よくパーッと頼むわ!!
 俺はこれまで得たすべての知識に賭け、あえて防御を取らなかった。
 さっきはパニくって簡単に諦めかけたけど、大丈夫。これが本当に異世界転生だったら、ここで確実にチートに目覚める。なんかこう、やわらかな光とともに究極魔法を使えるようになったり、どんな攻撃判定も受け付けなくなったりとか、そういう無敵オーラの優しさに包まれる。『小説家をやろう!』で六千回読んだ。『やろう!』を信じろ。
「馬鹿めくたばれえええええええ!!!」
「いやああああああああああああ!!!」
 おおっと、いかにも三下なごろつきの台詞とヒロインの悲鳴までついてますます盛り上がってまいりました! そんなこんなであと一秒でこん棒が着弾です! さて、俺はどんなチートをゲットするんでしょうか!?
 と、浮足たった心境のまま、ついに敵のこん棒が俺の側面にヒット。
 そして、
「いっでえええええええええええええええ?!」
 絶叫とともに、俺は宙に吹っ飛んだ。
 痛い。めちゃくちゃ痛い。とんでもなく痛い。
 DQNのこん棒は情け容赦なく俺の身体を穿ち、その衝撃は痛覚とともにコンマ三秒で全身を駆け巡る。あまりの激痛に一瞬意識が飛んだ。
 しかも、悲劇はそれだけで終わらなかった。吹っ飛ばされた俺の身体はそのままの勢いで真横の建物の壁面に叩きつけられる。普通はそれで地面に落ちてくたばる……ところなんだが、

 ポイン♪

 と、場違いにポップな衝突音。それとともに俺の身体が跳ねっ返り、今度は真向かいの建物の壁面に勢いよくジャストミートした。
「なんだこれえええええええええええええ?!」
 空中で身動きの取れない俺は、予想外の展開にただ叫ぶしかない。
 俺の身体は、さながらピンボールだった。ポイン♪ ポイン♪ というあのポップな衝突音とともに、両端の壁面を猛スピードで弾け飛ぶ。その速度は加速度的に増していって、自分ではもうとうてい制御できない。
 地球の物理法則ではまずありえないこの現象に思考がショートしそうになった、その瞬間、もう十何度目かになる壁への衝突を迎えた。
 が、今度は角度が悪かったらしい。左右の動きに始終していた俺の身体は今、満を持して〝斜め下〟という新たなベクトルに沿って突き進み、
「おわっ、く、来るなアアアア!!」「やめろっ、こっちはよせ!!」「あっあああっあっ」
 ポカンと俺を見上げていたDQNどもに向かって落下した。

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