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片山達貴 compass kyoto

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捨てられないもの探し、楽さんの表情の緩まり(片山達貴)

展覧会『blue vol.2 ― 捨てられないものが 物語ること』が終わって2日目。なんか書かずにはいられない感じがあって書いてみる。映像制作で展覧会に参加した。けど、インタビューもしたし逆にインタビューもされた。企画も、会場構成もみんなで決めていった。なんか今回の試みは、制作中よりもこの展示が終わった後の今ほうが、ずしんとくる。 「捨てられないもの」という個人的なテーマで、個人の歴史を聞いていく中で映像の中に映らなかったものもたくさんある。けれど今回は、映ったものがあまり

    • 平凡さを超える(片山達貴)

      映像制作をしている。生きるための仕事としても、自主制作の作品としても。毎日なにかの映像をつくっている。 表現には到底なり得ないようなもの。ありふれた平凡さ。僕はそういったものに力を感じる。 自分自身の中にある、どうにもならないほどの平凡さ。あるいは、あまりに平凡であるがゆえに、もはや普通とは言い難いもの。しかし平凡であるからこそ、他者と共有しうる何か。個人のなかの平凡さを解像度は上げれば上げるほど、平凡からずっと遠ざかっていくような感じがある。その表現の原石のような瞬間が

      • 制作中の実感 【展覧会】Swing×成田舞×片山達貴 blue vol.2 ― 捨てられないものが 物語ること

        撮影者としてカメラを構えている時には回っていた思考が、今度は自分が被写体になるやいなや何にも考えられなくなる、あの感じ。カメラの外側で誰かと関わるときにはできていたことが、自分の身体がカメラの内側に移動するだけでうまくできなくなる。聞くと、今回のインタビューで成田さんも同じような感覚を感じていたらしい。 僕は、個人の作品制作においても自分と誰かが対面で向かい合って何かをする、というのを続けて来てるけど。個人の作品を撮影するたびに、同じようにいつも、なにもできないこの感じを味

        • 私は私の息である-制作についての雑感①- (片山達貴)

          息はとてもリアルなものだと思う。極めて日常的で、それによって自分は確かに生きていることに違いない。僕は映像作家として、息がもつ、絶対的なゆるぎなさに魅力を感じ、今まで息を扱った映像作品を多くつくってきた。 「息」 2017- ©TatsukiKatayama ところが息は、毎日の生活において意識するほどのものではない。 そうなってくると息は、自分そのものでありながら、自分からはほど遠い存在にも思えてくる。 息は自分のものだろうか。 例えば血。血は、過去から脈々と受け継が

        捨てられないもの探し、楽さんの表情の緩まり(片山達貴)

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          並走する感情、ハムスターを口に頬張りたい人(片山達貴)

          かわいいものを見た時に食べてしまいたくなったりつねりたくなったりする、あの現象には名前がついているらしい。キュートアグレッションとネット検索すると出てくる。yahoo知恵袋には、「ハムスターを口に頬張りたいんですが、僕はおかしいんでしょうか?」みたいな質問がいっぱい出てくる。 真逆くらいの感情がほぼ同時進行の速度感で並走してやってくるのがおもしろい。しかもそれが自動的にやってくるみたいな感じがする。yahoo知恵袋のハムスターを口に頬張りたい人は、その並走する感情への戸惑い

          並走する感情、ハムスターを口に頬張りたい人(片山達貴)

          舐達麻の新曲、不思議なバランス(片山達貴)

          Youtubeを見ると毎日動画がアップされる。次から次へと更新されていくなかで、アップロードされたての動画はつくり手の体温が残ってるみたいな感じがする。 一昨日好きな動画がアップされた。ラップグループ舐達麻の新曲MV「BUDS MONTAGE」だ。 舐達麻の新曲は美しいビートに危険な香りがする生々しい歌詞が印象的。その両極が妙なバランスで共存する。 MVは美しい映像がリズムよく、かつ繊細に流れるように移り変わっていく、かと思えば時間が止まったかのように思える瞬間もある。

          舐達麻の新曲、不思議なバランス(片山達貴)