古代緑地 Ancient Green Bert 第7話 『咲ちゃんの月』
「おとたん 海のお空のお月様キレイねえ」
「ああ キレイだね」
「おとたん 海にお月様映ってるの キレイねえ」
「ああ 本当だね」
「おとたん お山のお空にお月様がキレイねえ」
「ああ キレイだね」
木々の間にお月様は見え隠れしています
「おとたん お月様が駆け足してるねえ」
「おお おとたんは負けないぞ」
「おとたん 早いねえ」 「お月様 ずっとついてくるねえ」
「おとたん 海のお月様は一体どこにいったの?」
山のお月様 森のお月様 かけっこするお月様 かくれんぼするお月様
ついてくるお月様 お留守のお月様 青いお月様 白いお月様 銀色のお月様
「おとたん お月様ってたくさんおられるのねえ」
おとたんと咲ちゃんは海沿いの道をおかあたんのいる病院へ向かっているのでした
「おとたん おとたん おかあたんも お月様見てらっしゃるかしらねえ」
「ああ きっと月を見ながら 咲ちゃんを待ってるよ」
丘を登りきると 目の前に大きな月がぬっと現れました
「わあわあ おとたん眩しいねえ」
「おっきいねえ キレイねえ」
しばらく月へ向かって行くと
少しふわっとしたと思ったら くるまはいつの間にか 輝く月の道に乗っているのでした
地上はどんどん遠ざかり 岬や山や街灯りも 山の暗がりもどんどんどんどん遠のいていきます さらにさらに高くなると
くるまはどうしたことか 天翔ける紫の獅子になっていました
大きな体は美しい毛並みで らせん模様の 優雅な獅子です
目は虹のように光り ピカピカしています
すごい速さで走っているはずなのに一向に揺れません
轟々と流星がやってきて しばらく横並びとなりました
箒星と紫の獅子の駆けっこです
星と獅子は何か話して大声で笑いあいました 高らかに宇宙を響もして
しばらくすると流れ星は長い尾を引いて宇宙の果てに去って行きました
お月様はさっきよりますます大きく美しく 銀色と金色が混ざったようです 咲ちゃんのお顔も銀色です
「おとたんおとたん お月様にウサギがいるって
おかあたんが前にいいなさったよ」
「ああ よく見てごらん きっといるよ
お餅をついているそうだよ」
「ああ おとたん 本当にウサギさんがいなさる
わたしもお月さんでウサギさんと遊びたいなあ」
ウサギさんたちがピョンピョンぴょんぴょん飛び跳ねていました 耳があちこち動いて 赤い目をして 月の草をもぐもぐしています
搗き立てのお餅も お月様のようにまん丸でとても美味しそう
「お月様のお餅はどんな味かしら
咲ちゃん お腹すいたよう」
月はますます大きく強くなりました
紫の獅子はひたすら月へ向かいます うさぎさんたちは でも 誰かに頭を押さえられているようで あまり楽しそうではなかったのです
咲ちゃんは ちょっと怖くなりました
だってお月さまが うさぎさんの赤い目でこちらを見ているように思ったからです
その時 咲ちゃんはおかあたんの声を聞きました
「おとたん おかあたんが呼んでいる」
咲ちゃんの心が溢れて 咲ちゃんから心が落っこちてしまいそうです
心が月に引っ張られて 月のうさぎさんのようになってしまいそう
でも おかあたんのことを思って 引き込まれませんでした
おとうたんも 獅子のたてがみを引っ張って 咲ちゃんをしっかり抱きしめました
ようやく月の手から離れると
星屑の森も通り抜けました
咲ちゃんは ちょっと悲しい気持ちになったのです
どうしてかというと 欠けた星屑は咲ちゃんみたいにお母さんが恋しいものたちばかりだったからです
咲ちゃんは 早くおかあたんに 会いたいって 強く強く思いました
そうすると 光が歪んで猛烈な速度で暴れたかと思うと
ブンッと夜の岬の草原にいました
咲ちゃんはどうやらおとうたんの腕の中にいるようでした
咲ちゃんはホッとして 涙が出てしまいました
おとたんはびっくりしましたが きっと怖い夢を見たのだろう こんなに月が明るいんだもの そう思って 咲ちゃんを抱いている腕をぎゅっとしました
おかあたんが入院している病院の前です
月明かりで青白い建物の部屋には暖かそうな灯りがついています
おかあたんの部屋を咲ちゃんは見つけました
咲ちゃんがおとうたんを見上げると
おとうたんも咲ちゃんを見ていました
二人でにっこりして
病院へ入っていったのでした
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古代緑地 Ancient Green Bert 第7話 『咲ちゃんの月』です。
10年ほど前に真鶴で大きなお庭を作らせてもらった。その行き帰りに海沿いの道から見た月は山の端にあったと思ったら今度は海に月の道を作っていたり…美しいものに出会った記憶は薄れずに物語る時に浮上してくる。そんな美しいものが世界にあふれていてそこで息をしている寝ても覚めても。
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