5.あの日常にいつか必ず私は戻るんだ

 敏感になっていくばかりの私は、壁や天井、床の向こう側、上下左右のお隣の音や気配さえも、感じるようになりました。といっても、超人になったわけではなく、危機を前に動物的な本能の部分がきわだったのだろうと思います。自分にできることには限界があります。今こそ専門家に相談するときです。

 かかりつけの内科医に紹介された心療内科では、あなたは心療内科の患者ではない、ということで、今度は精神科を紹介されます。低周波音被害について心療内科の医師にたずねると、「それ(低周波音被害)で診ている患者はこの科にいない」という答えでした。仕方ないという気持ちになりました。
 ただ私が、電気もないような、ポツンと一軒家のようなところでないと自分はもう暮らしていけないんじゃないかとあきらめて話すと、「その考えは現実的ではない。これまで暮らしてきたあの日常にいつか必ず自分は戻るんだ、という気持ちで前向きに」と、診察の終わりに言われました。
 この言葉は、低周波音からとにかく逃げることだけを考えていた私の心に、ひとすじの光をもたらしてくれました。それは、苦しみのなかで忘れていた、希望であり、目標です。

 精神科にかかることには抵抗を感じましたが、かかりつけの医師に、「精神科は睡眠薬に関してその道のプロ。一度診てもらったらどうだろう。それでダメだと思ったら、それからやめればいい」と諭され、じゃあ一度、と診察を受けることにしました。自力ではもう眠れないし、何よりかつての日常を取り戻したい、と強く思いました。

 精神科で私が、「音だけでなく振動、微振動(と言い換えて)も感じるのに、夫は揺れを感じない」と話すと、医師は「少しは揺れてるのかもね」と返します。「冷蔵庫の電源を切って寝るので、朝冷蔵庫を開けると氷が溶けている」と話すと、医師は「あはははは」と笑い、「もうすぐ暑くなるから肉とか入れてたらたいへんだね」と聞くので、「そんなん肉腐るから、生鮮はその日食べる分しか買ってない」と答えると、「ああ、そのへんは自分で工夫できてるんだね」とうなずきます。眠れないことには、睡眠薬が処方されました。

 「どうだった?」「いい先生に診てもらえてよかったね」。かかりつけの内科医も、夫も、私の顔を見てそう言いました。専門家に助けられ、少しずつ眠れるようになり、体力も徐々に回復していきました。ここにたどりつくまで時間がかかりましたが、やっと前に一歩、進めそうです。

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