見出し画像

長生きの勲章

前の投稿の閲覧数があまり減ってこないのをいいことに投稿せずにいたら、けっこう間隔が空いてしまいました。今日は、2年前に90代で亡くなった母について書こうと思います。以前母に向けた曲も作ったことがあります。


ボケてきた?

60代の頃から時々ボケたことをするので、医者に成り立ての私は少々心配していました。

居間で母とおしゃべりしていたら、台所でパーンと音がしました。母が「あ、そうだった!」というので慌てて台所に行ってみると、ゆで卵の黄身が天井のあちこちに貼りついて、なべが黒焦げになっていました。どうもゆで卵を作っていたことを忘れていたようで、卵爆弾が天井を直撃したようです。危なかったのですが幸い誰にも怪我はありませんでした。天井に貼り付いた卵を見たら母は笑いが止まらなくなって、私もつられて一緒に大笑いしたものです。

また、ひとりで近所のスーパーに行って買い物をした後、支払いはちゃんとしたのですが、買ったものをスーパーのかごに入れたまま、かごを持ってうちに帰ってしまったことがありました。誰も声をかけないというのもどうかと思いますが、幸い万引きを疑われることはなく、後でかごだけスーパーに返しに行きました。

そんな調子だったので、何かの機会に頭部CTを撮ってもらったのですが、脳が萎縮はしているものの、脳室は小さく脳の形は比較的整っていて、私から見て明らかに病的というほどではありませんでした。

その後も、実家に帰ったときや電話で話をするときなどに、怪しい言動はないか少し心配しながら見守ってきました。でも進行することはなく、時々ボケた言動を見せるだけで、認知機能がはっきりと落ちることはありませんでした。

活発な70-80代

70-80代の頃はむしろアクティブで、よく本を読むし、表情豊かに暮らしていました。

70代になって初めてピアノを習い、以前は「両手を別々に動かすなんて無理」と言っていた母が、ちょっとした練習曲を両手で弾けるようになっていたので驚きました。

また、やはり70代になってから、それまで撮りためた写真をまとめてアルバムを作りたい、とパソコン教室に通いました。膨大な数の写真をPCに取り込んで、立派なアルバムを作り、自分の金婚式で子供たちに配ったのです。私はひそかに感動して涙ぐんだものです。

80代になってからも、私が教えるとケータイもタブレットも使いこなせるようになり、当時はスカイプを使って遠隔で顔を見て会話することができました。

晩年

そうして、なんとか元気なまま夫婦そろって90代に到達しました。両親は小学校の同級生(!)でとても仲良しでした。外を歩くときは小さい母が父親にちょこんとつかまって歩くさまが可愛らしく、冒頭の写真のように私はこっそり撮影したものです。

そんな元気な母でしたが、父が亡くなった後から急に認知機能が衰えてきました。それまで忘れなかったことを簡単に忘れてしまうなど、物忘れが強くなっていきました。でもそれは、私からみると少し幸いなことに感じられました。もし認知機能がしっかりしていたら、長年連れ添った夫の死にもっと落ち込んだと思うからです。

ある時、「あら〜、あんなところにヤギがいる」と雪の積もった窓をみて微笑んでいるので、絵に描いてもらいました。怖がる様子はなく楽しそうです。

「あそこにヤギがいる」の絵

これは幻視の可能性があり、レビー小体型認知症の特徴とされています。ただこれだけではわかりません。

答え合わせ

そうこうするうちに末期の胃癌がみつかり、父に1年半遅れて母もあっという間に亡くなってしまいました。病院はもう嫌だと言っていたので最期は入院せずに、自宅で看取る形になりました。しかしかねてから本人も希望していたので、特別に依頼して病理解剖をしてもらいました。

亡くなる少し前に、ことばがうまく出てこなくなったり、筋力低下なのか不随意運動なのか、手の動きが変になっていました。癌末期になると脳梗塞を起こしやすくなりますし、また癌が脳に転移してこれらの症状が出てくることもあります。胃癌は既に肝臓には転移していたため、肝性脳症という種類の脳の障害を起こしていたかもしれません。

病理解剖をすると、これらの疑問が解決することがあります。1年以上経ってから受け取った剖検報告書によると、脳梗塞・脳転移はありませんでした。全体として末期癌による衰弱死として矛盾なし、とのことでした。認知症に関しては、海馬を含む辺縁系に神経原線維変化が多数みられるけれども老人斑は少なく、アルツハイマー型ではない、いわゆるSD-NFT(senile dementia of the neurofibrillary tangle type, 神経原線維変化型老年期認知症)であろうとの診断でした。レビー小体型の所見はありませんでした。

SD-NFTは超高齢者に多い認知症で、特に90代以上では多くなるようです。ここまで到達した人に与えられる、いわば長生きの勲章のような病気かもしれません。報告書を受け取った日、母の墓前に報告しました。勲章だったよ、と。

とすると、60代の頃のボケた言動はなんでもなかったと考えていいんでしょうかね⁇



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?