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海底熟成がもたらすワインの味の変化。その謎を解き明かす

こんにちは、海底熟成ワインSUBRINAを運営するコモンセンスの青樹です。

そもそも海底でワインを寝かせることで、なぜ香りや味わいが変化するのか、多くの方に問われることの一つです。このnoteでは海底熟成による変化について、私たちが行ってきた取り組みや考えについて綴りたいと思います。

海底熟成酒・ワインの変化とは

海底熟成されたお酒に共通して感じられることの一つは、滑らかでまろやかなテクスチャの変化です。例えば、SUBRINAはアルコール度数が15%程度とワインでは強い度数に関わらず、刺激は非常に穏やかに感じられます。

タンニンや果実味、酸味などの要素がしっかりとしたワインであるにもかかわらず、全体としてバランスが良くまとまっています。さらに、開けた瞬間から香りが開き、アルコールの穏やかさに相まって、香りをより際立たせているように感じます。ウイスキーなどの蒸留酒でも、同様に滑らかで香り豊かな印象を受けます。

お酒の世界では、「水分子のクラスタ」という言葉が使われることがあります。これは、水分子が細かく結合し、小さなアルコール分子を取り囲むことで、同じアルコール度数でも滑らかな味わいを感じさせる現象を指しています。

科学的に証明されているわけではなく、私も完全に確信は持っていませんが、この説明はなんとなく納得できる部分があると感じます。

ワインの変化に関係している要因は

海中でワインが変化する要因として、紫外線、温度、揺れなどが考えられます。

これらを検証するために、5mから40mの海底まで5m刻みで同じワインを沈めて実験しました。

実験ワインの一部

結果として、どの深さでも同じような変化が見られたため、「温度」が原因ではないことがわかりました。そこで、紫外線や場所が有力な要因であるという仮説を立てました。

紫外線については、北海道区水産研究所の文献によれば、「海表面直下の1%の光量が到達できる深度は、紫外線Bの波長で1.1mから1.3m、紫外線Aの波長で1.8mから2.8mまで」とされており、有害な紫外線は数mでほとんど消えることが分かりました。このことから、紫外線以外が原因であると結論付けられました。

その後、多くの専門家から熟成に関する知識を得ることができ、おそらく要因は「振動」であると考えられるようになりました。

振動とは、波によってボトルがゆらゆら揺れるようなものではなく、海中の音が関与していると思われます。ダイビングを経験した方は実感できると思いますが、海中には風、波、石がぶつかる音など、想像以上の音が存在します。

水中は空気中と比べて828倍の密度があり、音を4.4倍速く、遠くへ伝えることができる特性を持っています。科学的な実験ができない領域ですが、24時間絶え間なく与えられるこの音の振動が、ボトル内の液体分子に影響を与えているのではないかと推測しています。

海底熟成と一般的なセラー熟成の違い

海底熟成は、一般的なセラー熟成とは異なる特徴があります。

現在販売されている海底熟成の売り文句として、「海の中は時間の進みが違う」「10倍熟成が速くなる」「温度変化がなく、光も届かないため、ワインの保管に最適」と言われることがありますが、私たちとしては、実際には熟成速度が早くなるわけではないと考えています。

一般的なセラー熟成と違い、海底熟成では温度変化や振動があります。これらの要因によって、液体の対流が起こり、化学反応が促進される可能性があると思っています。

海によって変わる

一つ、音からくる振動と対流の憶測につながることがありました。

SUBRINAと同時に進めている海中熟成酒プロジェクトに沖縄の泡盛の会社が参加されました。2年目も参加頂いたので会長さんが南伊豆にいらした際に「どうして沖縄でやらないんですか?」とお聞きすると「沖縄でもやったんだけど南伊豆の方がおいしかったんだよ」と。ピンと来た私は「外海ではなかったのですよね?」とお聞きしました。予想通り「防波堤の内側で」との回答が返ってきました。

防波堤の内側と外側では海の中の音量が違います。さらに海域によって潮の流れも異なります。南西にひらけた中木の海は、冬はかなりの荒海。中木だからできる変化があるのではないか、と一歩確信に近づきました。

熟成とは

ワインの熟成とは、アルコール、水分、色素(ポリフェノール)、タンニン、有機酸、糖分、その他様々な成分、酸素などが化学反応で変化することです。海底熟成では、振動と温度変化が異なる変化を引き起こす可能性があります。

科学的に検証したいと考え、慶応義塾大学先端生命科学研究所の杉本先生のご協力の元、メタボローム解析による科学的な検証を試みました。結果、アミノ酸、有機酸、ペプチドに変化が見られましたが、単純に熟成期間が長いほど変化が大きいわけではないことがわかりました。

その際はSUBRINAだけでなく、日本酒の酒蔵さんも数蔵協力頂きワイン、ウイスキーなど24種類の酒を各12本用意し、6本ずつ陸と海に分けて保管、海から毎月1本ずつ引き揚げ比較試験をしましたが、やはりどれも同じような結果となりました。

お酒とは

良いエビデンスが得られましたが、お酒において成分量が本当に重要なのか疑問に思いました。以前から、成分が多ければ美味しいという単純な考えに違和感がありました。

実際に、お酒は嗜好品であり、業界では科学的な検証よりも人による官能試験が一般的です。

美味しさは個々の好みで変わります。お酒は味がおいしいだけでなく、一緒に食べる料理や、一緒に飲む仲間とのコミュニケーションを円滑にしてくれる素晴らしいものです。お酒が持つストーリーがその時間を彩ります。

現在、人間の味覚を超えるセンサーは存在せず、お酒は何よりも人が楽しむために飲むものであることを再認識しました。そのため、大掛かりな試験を行ったにもかかわらず、推測を含む科学を前面に押し出すことはやめることにしました。

変化に対する興味は素晴らしいことですが、海底熟成ワインが当たり前にある世の中になれば、科学やエビデンス以上に大切になることがあるかもしれません。そんな世界を作っていけるよう、これからもSUBRINAを育て続けたいと思います。

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