海底で熟成されたワインSUBRINAができるまで
はじめまして。株式会社コモンセンスの青樹と申します。これまであまり語ることのなかったSUBRINAについて、どこかに記録したいと思い立ち、noteを開設しました。
SUBRINAは2011年、国内初の海底熟成ワインとして事業化を始めました。発売に至るまでの道のりは困難に満ちていましたが、それらを乗り越えて何とかここまで来ることができました。このnoteをスタートにするにあたり、事業化へのきっかけから商品化までの過程を皆様にお伝えしたいと思います。
海底熟成を始めようと思ったきっかけ
私のダイビングの師匠である山城さん(元恩納村漁協組合長)は、恩納村の海底でサンゴの人工植樹を率先して行っていました。この保全活動は、恩納村でサンゴが増えれば沖縄本島全体のサンゴも増えるという研究に基づいています。現在、恩納村の海底には立派な人工サンゴ畑が広がっています。
山城さんは、当時趣味でサンゴの保全棚の下に様々なお酒を吊るしており、「こうやって海底で寝かせておくとお酒がまろやかになって美味いんだ」とおっしゃっていました。私はその話にあまり興味を持たず、話半分で聞いていました。
ある時、山城さんからちょうど海から引き揚げたばかりの赤ワインをプレゼントされました。夏場の30度を超える水温下で1年以上海底で保管されていたにもかかわらず、飲んでみるとまったく劣化していなく、柔らかく豊かな味わいでした。驚きました。
この時の経験から、海底で酒を寝かすことに興味を持ち、山城さんに事業化の了承を得て2011年取り組みを開始したのです。
課題に直面
最初は沖縄への旅費が出るだけで十分だと思い、気軽に始めた事業でしたが、実際に事業化するためには課題ばかり。思った以上に大変で、一つずつ解決しなければなりませんでした。
・どんなお酒が適しているのか
・海底を勝手に使っていいのか
・流されたり浸水したりしないのか
・そして何よりおいしくなるのか など
すべてが初めての経験で自分たちで道を見つけなければなりません。唯一大切にしていたことは、電機メーカーや装置製造メーカの役員としての経験から「品質管理だけはきちんとすること」でした。
沖縄での事業化は断念
山城さんから許可を得たため、当然沖縄で海底熟成を始めたいと思っていました。ところが「事業化はやめた方がいい」とアドバイスを受け、勝手にかけていたハシゴが実は存在しないことも分かりました。
沖縄では多くの人が海を生業としている文化もあり、日本一といっても良いほどのマリンレジャースポットです。新参者が海を使った事業をするのは難しい、と。しかし、悩む暇はありません。さて、どこで始めるべきか…
南伊豆の美しい風景が浮かぶ
そんな時、家族で毎年夏に訪れていた南伊豆の中木の風景が思い浮かびました。あの美しい海で事業を展開できたら最高だと思い、お世話になっていた民宿の清八屋さんに協力をお願いしました。
「私にはできないが、代わりに柳二という人を紹介しよう」と言われました。柳二さんは、中木にある唯一のダイビングショップ「中木マリンセンター」のボスです。
冬の中木。荒れる海
早速、初めての冬の中木を訪れました。夏の穏やかさからは想像もつかない荒れた海で、海底熟成が本当にできるのか疑問に思いました。
初対面の厳つい柳二さんにプランを説明すると、「うーん…。うん。できるかもしれない」と言ってくれました。いくつかの問題があるようでしたが、彼の男気に助けられました。
海水温を調べると、11月~6月は11度~16度。ワインの保存には問題なさそうです。場所が決まりました。
SUBRINAとなるワインとの出会い
当時、私はワインに詳しくなく、どのワインが良いワインとされるのか、熟成に向いているワインとは、わからないことだらけでした。
そんな時、南アフリカに駐在していた従兄弟がたくさんのワインを送ってくれたことを思い出しました。特に、その中のシラーがとても美味しかったのが印象的でした。
そのワイナリーを調べてみると、一つのインポーターが輸入していることがわかりました。それが後にVenus Projectを一緒に立ち上げるワインプレスインターナショナルでした。すぐに連絡を取り、代表の藤田社長とシニアソムリエであり店長の辻さんへ、私のこの変わったアイデアを提案。「それは面白い!全面協力します」と快諾してくれました。
お二人とも世界のワインを熟知しているプロフェッショナルでした。彼らのおかげでワイン選定に安心感がありました。最終的に数種のワインを選び、海底熟成させることで、最も仕上がりが良くなる1本に決定しました。
当時、南アフリカのワインはまだ評価が高くありませんでしたが、私はその優れた品質と個性に絶対の確信を持っていました。過去の南アフリカとの縁が、このプロジェクトに生かされたのです。
絶対に浸水を防ぐ
品質を保証するために、ボトル内に海水が入らないことが必須です。これを解決できなければ、商品化は断念しなければなりません。
封蝋の素材として、パラフィンやシリコンなどさまざまな方法を検討しましたが、強度や気化物質の問題で私が納得できるものがありませんでした。そんな時、Maker's Markのシーリングワックスを思い出し、食品衛生規格のFDA認証も取得していることから試してみることにしました。しかし、このワックスは高価な上、うまくいかないディッピング。取り扱いが難しく、試行錯誤が必要でした。
同時に、耐水圧試験を実施できる第三者機関を探しましたが、なかなか見つかりませんでした。数社断られた後、JR総研に興味を持っていただき、協力してくれることになりました。
その後、100mの水圧にも耐えられるシーリング方法を確立しました。これで海水の浸水を防げます。
ただ、安全性と引き換えに、このシーリングワックスはお客様にとっては開けにくくなってしまいました。その点、どうかお許しください。
荒波に負けない工夫
ついに海底への沈める方法が見つかりましたが、冬の南伊豆は大荒れの海。
どうやって流されずに保管するかが次の課題でした。
海底で安全に保管するために、H鋼を溶接して5m x 5mの基礎を設置することに。約1トンの基礎ですが、クレーン船は高額で使えませんでした。そこで、柳二さんの船で現地まで運び、船からロープでつながれた4か所を切って落とす作戦へ。「4人で息を合わせてのこぎりでロープを同時に切断するぞ。1本でも切れなかったら船は転覆するからな!」という緊張の中、無事に基礎が海底へ設置されました。
その基礎にワインを入れた柵をしっかり固定しました。地上で800kgの重さだった柵も、海中では浮力で260kgになります。フロートで軽くし、潜水士が正確に基礎に運び入れました。
この作業のために、私も潜水士の資格を取得。海中で話すことはできませんが、今ではチームSUBRINAは無駄な動きなくプロフェッショナルなチームとなりました。
当時、この荒海がワインに変化を与える重要な要素だとは、その時には気づいていませんでした。
商品化に向けて。SUBRINAの名前の由来
商品として大切なネーミング。我が子のように、皆様に愛される名前をつけたいと思っていました。このワインの私の印象は、海底熟成によって丸みを帯びた女性的なプロポーション。
オードリー・ヘプバーンの映画『Sabrina』と潜水艦「Submarine」からインスピレーションを得て、美しく凛とした女性、Venusをイメージし、SUBRINA【サブリナ】と名付けました。
発売前の初めての試飲会
引き揚げられたサブリナを一口飲んだとき、想像以上の香りと味わいに驚きと手応えを感じたのを今でも覚えています。
今でも多くの方に良く聞かれることの一つである「海底熟成前後と何が変わるのか」という疑問。これについては以下別のnoteにまとめますので、ご興味あればご覧ください。
SUBRINAの味わいについて、私だけでなく、プロにも検証してもらいたく、2013年、青山で通常セラー保存のOKARINAと海底セラー保存のSUBRINAの比較試飲会を開催しました。
全国からソムリエやワイン雑誌、南アフリカ大使館の方々が参加し、盛大な試飲会となりました。その際の意見として、
「両者の質が違い、熟成が認められる」
「アルコールの刺激が海熟では穏やかである」
「なめらかで角が取れている」
など、私も感じていたような感想をいただきました。
そして皆様のもとへ
比較試飲会の後、およそ半年間の海底で過ごしたSUBRINAを全数地上に揚げました。世界に一つだけの装飾を身にまとったボトルはどれも個性的です。
発案から商品になるまで、このように多くの課題をなんとか切り抜けられたのは、多くの支援者の協力があったからこそです。
その後、販売面でもかなり苦労するのですが、その一つの助けとなったAmazonとの話しは以下のnoteで。
私はワインについて知識がなかったため、ソムリエ資格を取得し、海底での作業に必要な潜水士の資格や酒販免許も取得しました。すべて初めての経験で苦労もありましたが、今となっては素晴らしい思い出です。
ACT2からは強力な仲間が加わり、SUBRINAのギフトワインの完成度が飛躍的に向上。これまでSUBRINAを通じてたくさんの方々と出会い、多くのお客様からの支援により、続けていくことができました。心から感謝しております。
最後に
10年以上経った今、海底熟成酒・ワインが少しずつ全国に広がっています。それでもワイン業界の中では、稀であり尖った事業。人それぞれ様々な見解があることも承知しています。
ただ「美味しいお酒とは」を考えると、必ずしも五味の味覚だけでは測れないと思っています。種類に限らず、様々なお酒が大好きですが、それは味だけでなく、「お酒と共に過ごした楽しい思い出が”美味しい"」と感じさせるのだと信じています。
これまでSUBRINAを通して、お客様から多くの喜びの声を頂戴しました。
贈り先が大変喜んでくれたり、海底熟成の話題で場が盛り上がったり、還暦のお父さんに子供から熱いメッセージ入りのプレゼントが届いたり。感動的なメッセージに何度も出会い、いつも嬉しい気持ちになります。
この感想をいただく度に、私のようにその時のシーンにSUBRINAを重ねて愉しんでいただけているのではないかと思っています。
まだまだ小さな取り組みであり日々課題だらけですが、SUBRINAを囲んで愉しんでいただけている姿を思い浮かべています。そんなことを励みに、これからも多くの方にこのワインを届けられるよう努めたいと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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