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「味の素、さらば『中計病』 資金もギョーザも高速回転」に注目!

味の素、さらば「中計病」 餃子も資金も高速回転 大林広樹 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

記者が独自の視点で企業を分析し、企業ニュースの背景や株価変動の要因、プロの投資家が注目するポイントなどをわかりやすく紹介する「記者の目」からの記事です。

味の素が投下資本の効率を重視する「ROIC経営」に弾みをつけています。きっかけは2023年2月に公表した中期経営計画の廃止です。数年先の目標に固執する「中計病」に陥らず、成長や資本効率に資する戦略を機動的に動かせるようになってきました。堅調な業績や資本改革への期待もあり、1月には株価が上場来高値を更新しています。

「目先の数字の話より戦略だ」。藤江太郎社長が飛ばした檄(げき)を受けて、社内会議では変化が起きています。藤江社長ら首脳陣が各事業部門の報告を受ける会議がその代表例です。従来は目の前の数字ばかり話していたが、環境変化に応じて長期の目標との差を埋めるにはどんな戦略が必要かが議論の中心になり様変わりしました。

こうした議論は2023年末に800億円弱を投じた遺伝子治療薬の米新興受託企業の買収、2024年1月に始めた冷凍弁当の定期宅配の展開などで迅速な決断につながりました。

変化の端緒は中計の廃止にあります。味の素では中計づくりのため3年分の収益の予想を綿密に立てて、それらの予想を積み上げて目標を作り込みます。中計をつくるまでに疲弊し、しかも未達も少なくありませんでした。「『中計病』に陥っていた」(藤江社長)といいます。こうした悪循環を断ち切るには中計を廃止すべきだと判断しました。

代わりに打ち出したのが2030年を見据えた経営方針です。掲げた将来のありたい姿は収益などの絶対額ではなく利益率といった比率ベースで示します。あくまで大局的に捉え、将来の理想像から逆算して成長の道筋を毎年見直します。

ROIC(投下資本利益率)経営の真価が問われるのが低採算の冷凍食品です。冷凍食品事業のROICは改善してきましたが4.4%。株主らが期待する最低リターン「加重平均資本コスト(WACC)」の5%に届きません。

味の素はギョーザやチャーハンなど日本食・アジア食の北米市場シェアが3割前後と2位にあります。1月には米コストコホールセールの店で羽根つきギョーザを扱い始めました。市場はまだ小さいですが「伸び代が大きい」(財務担当の水谷英一執行役常務)といい、開拓余地はあります。資本を効率よく使い、稼ぐ力を高める工夫も欠かせません。

ROICを上げる手掛かりがキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)(原材料の仕入れ代金を支払ってから製品を売って代金を回収するまでの期間で、資金繰りを示す)にあり、短縮すると投下資本が小さくなりROICの向上につながります。味の素によるとスイスのネスレや英ユニリーバなど世界食品大手10社のCCCの中央値はゼロで、マイナスの企業も多いとのことです。CCCは冷凍食品を中心に改善の余地があります。

味の素も知恵を絞ります。今夏にもサプライチェーン・ファイナンス(SCF)と呼ぶ仕組みを本格的に導入します。原料農作物の仕入れ代金をサプライヤーである農家などに短期間で支払う長年の慣行が影響し、仕入れ債務の回転日数が世界の食品大手より短くなる傾向にあります。SCFを使えば支払いを遅らせて資金効率を高められます。また、棚卸し資産の効率も改善させるなどの取り組みを一層進めます。

2025年3月期は連結純利益(国際会計基準)で2年ぶりに過去最高を見込みます。野村証券の藤原悟史氏は「値上げやマーケティングの強化で事業基盤は少しずつ改善している」と評価します。ただ経営方針で掲げた自己資本利益率(ROE)20%、ROIC17%の目標は壁が高いとし、「目標達成には(冷凍食品の)工場再編など投下資本の圧縮やSKU(商品の最小管理単位)削減を一段と進め、世界の供給網全体を効率化するさらなる改革が不可欠」と話します。

水谷執行役常務は「CCCをたった1日でも短縮すれば当社では数十億円単位で自由になる資金が増える」といいます。稼ぐ力を高める投資や自社株買いなどに生きた資金を配分できます。2030年を見据えた経営方針では1株あたりの純利益(EPS)で2023年3月期の3倍に引き上げる挑戦的な目標も掲げます。資本効率の改革がまずはその一歩になります。

味の素は経営の基本方針としてASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営を行っています。ASVとは、自社の売上や利益を追求するだけでなく、自社の事業を通じて社会が抱える課題や問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されることを意味します。このような取り組みを行うにあたり、中計ではなく中期の経営方針として「中期ASV経営」としてロードマップを掲げました。

また、味の素は本社オフィスを、2026年度第1四半期を目途に、現在と同じ中央区京橋に立地するTODA BUILDING内に移転することを決定するとリリースしました。新オフィスでは最新設備や広いフロアを活用し、食品事業やバイオ&ファインケミカル事業などの事業間連携にとどまらず、社内外の多様な人財との対話を促進することや、これにより従業員の成長や挑戦を促し、共創価値を生み出す空間を目指すとのことです。また、視認性を上げることによって、従業員同士が有機的につながり、新たなアイデアを生み出しやすい環境となることにも期待しているとしています。

人財を大切にする味の素。更なる成長に期待しています。

※文中に記載の内容は特定銘柄の売買などの推奨、または価格などの上昇や下落を示唆するものではありません。