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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #19】 ロールモップとキッパー(1/4)

「銀のダーリン」、ニシン

2ヶ月続けて魚料理である。理由は単純で、イギリスでも魚をよく食べるからである。黒潮の恵みに与れない北国ゆえ食べられる種類は少ないが、それでも、魚はよく食べられる。フィッシュ&チップスの国だと言われているのだから、当たり前なのだが、この当たり前がなかなかイメージされにくいようである。

まずはロールモップ。ただの酢漬けニシンではない。胡椒、コリアンダーの種やフェンネルの種などのスパイスや、ディルやローリエの葉などのハーブの香りを移した酢に付けたニシンで、きゅうりのピクルスや玉ねぎなどを巻いた料理である。スコットランドを含めたブリテン島北部でよく食べられるこのニシン料理は、特段「イギリス的」というわけではない。オランダやスカンディナビア諸国、ロシアでもよく食べられるし、なにより、酢漬けニシンにきゅうりや玉ねぎを挟んでロールする食べ方を編み出したのは、ドイツ人だった。

イギリスとドイツは仲が悪いということになっている。2つの世界大戦で敵同士となり、1966年のサッカーW杯ではイングランドと(西)ドイツが決勝を戦い、イングランドが勝利した。ドイツとの試合で「2つの大戦、1つのW杯!!」と高らかに歌うのは、イングランドのサポーターたちだ。ところが、現王室も元を辿ればドイツから迎えられたわけだから、別段両国を敵対させれば面白いというわけでもないのだが、ドイツ人が編み出した、ニシンの切り身をただ酢漬けにするのではなくわざわざロールするスタイルを、イギリス人が好むのはどういうわけなのか。

なにより、食べやすさの追求。つまようじでニシンと野菜を突き刺したままテーブルに出せばナイフもフォークもいらない。そのまま口に運べばよい。ニシンの大きさにもよるが、簡単なおつまみとしてはとても良くできている。なかには、せっかく巻いてあるものをほぐしてニシン、きゅうり、人参、玉ねぎと分けて食べる人もいるようだが。

では、北ヨーロッパではなぜにニシンなのか?  答えは簡単で、古来からやたら捕れたからである。バルト海、北海、アイルランド海などの北大西洋海域では、「銀のダーリン」と呼ばれるほど富を生む海産物だった。キャシー・ハントの『ニシンの歴史』によると、ニシンは「都市を形成し、人々に仕事や食料を与え、戦争の原因となり、いくつもの協定を生んできた」という(p. 8)。

キャシー・ハント『ニシンの歴史』龍和子訳、原書房、2018年

コペンハーゲンやアムステルダムはニシン漁の基地として形成され、漁師や船主、投資家という分業体制が作られると、漁師や陸上げされたニシンを運搬したり加工処理したりする労働者の組織が作られた。売り手は同業者組合(ギルド)を組織した。ニシンという原料を加工し、商品として販売し、その商品を流通させ、さらなる漁獲量を目指して売上を投資する。ニシンは、資本主義の原型を作り上げたとも言えそうだ。似たような事情は日本でも見られ、主に鰊粕の生産と流通、取引のシステムの形成が、ヨーロッパからの影響のないところで独自の初期資本主義を作り出したという研究もある。

David L. Howell, Capitalism from Within: Economy, Society, and the State in a Japanese Fishery, University of California Press, 1995(『ニシンの近代史:北海道漁業と日本資本主義』河西英通・河西富美子訳, 岩田書院, 2007年)

階級と食の関係を解き明かそうという「コモナーズ・キッチン」の目的に、これほどぴったり来る食材もない、ように映るかもしれない。ところが、ロールモップはなかなか登場しないのだ。文学作品や映画などに、ニシンは登場しても、それを酢につけて丸く巻いた食べ物はなかなかお目にかかれない。18世紀にはジョナサン・スウィフトやロバート・バーンズが詩に読んでいるが、彼らのニシンは酢漬けでもロールされたものでもない。

塩漬け、酢漬け、キッパー(燻製)。イギリスでの食べ方はほぼこの3種類だ。キッパーなどは貴族の朝食にさえ頻繁に登場するものなので、マーマレードと同じように、食べる階級によってニシンの品質が異なるだろうということは想像できる(連載第11回参照)。しかし、二番煎じのケースをはじめに紹介しても面白くはないから後にとっておくことにしよう。だが、ただニシンをどのように食べるかということではなく、あくまでもロールモップの話にしなければいけないのだが、果たしてイギリスの労働者はロールモップなど食べていた/いるのだろうかと訝しげに思えて来るほど、叙述が見当たらないのだ。

(続く)


ロールモップのレシピ

4人分

材料

ニシン        4尾 (マイワシ、アジ、サバでもよい)
塩          大さじ2
水          2カップ

マリネ液
穀物酢        100ml
砂糖         200g
水            200ml
レモンジュース        1/2個分
人参             1/2本
赤玉ねぎ           1/2個
ローリエ           2枚
黒胡椒粒           大さじ1/2
シナモンスティック 1本
ナツメグ           大さじ1/2
クローブ           小さじ1/2

作り方

①ニシンを三枚におろす。

②塩水に切り身を入れてさっと洗い、水気をふきとってからラップで包み、24時間以上冷凍する。※アニサキス対策に。冷凍の魚を使った場合は不要。

③切り身をゆっくり解凍し分量の塩水に一晩漬けおく。

④人参を薄くスライスして赤玉ねぎ、レモンジュース以外のマリネ液の材料とともに鍋に入れ、中火でひと煮立ちさせる。そこにスライスした赤玉ねぎとレモンジュースを加えてそのまま一晩冷ましておく。

⑤塩漬けにしておいたニシンの切り身を流水で洗い、水分を拭き取ってから皮を外側にしてくるくると巻いて、つまようじを刺して留める。

⑥保存瓶にマリネ液、ニシン、マリネ液の順に交互に入れ、ニシンがマリネ液に浸るようにする。2~3日経つと小骨も柔らかくなり食べごろとなる。

次回配信は5月12日を予定しています。

The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)



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