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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #18】 ジェリード・イールとミート・パイ(4/4)
パイをよこせ!
さて、ウナギに取って代わった牛のひき肉を詰めたパイだが、中身をぎっしり詰め込むポーク・パイとは異なり、パイと詰め物の間には隙間ができ、手で潰すとぺちゃんこになることが特徴だ。ストリート・フードとしての食べやすさと値段の安さは、パイをイギリス中のサッカー・スタジアムで食べられる象徴的な食べ物にした。ホットドッグでもハンバーガーでもなく(もちろんそれらも売ってはいるが)、パイなのだ。
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サッカー観戦のお供としてあまりにも当たり前になったパイなのだが、いつの間にかパイはサッカーの興奮や熱狂、楽しみを表す隠語となった。「パイをよこせ!」といえばそれは、「私たちにも楽しませろ!」という意味になった。まあ、「パイを分ける」という意味では分け前をよこしなということで通常でも使われるから、それほど違和感はないだろう(もちろん牌との掛詞もある)。
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まだスタジアムでは立ち見席が普通で、サッカーが「労働者のバレー」と言われ安価な土曜の午後の娯楽だったころ、子どもたちにとってパイはそこにいかなくては食べられない特別な食べ物だった。お祭りのときのイカ焼きにようなものだ。哲学者のサイモン・クリッチリーによると、「サッカーとはとどのつまり匂い」、だという。「群衆の、トイレから漂う小便の、ボヴビルというビーフ味のペーストの、タバコの、そしてミート・パイの」、だという。これもまたノスタルジーだ。しかし、強制的にそう感じさせられるようになってしまった類のノスタルジーだ。
1990年代以降、ジェントリフィケーション(空間の中産階級化)は街だけではなくサッカー場もまた大きく変えた。ブリュッセルのヘーゼル・スタジアムやシェフィールドのヒルズバラ・スタジアムでは、群衆をコントロールできない警察の怠慢とそれによって引き起こされた大事故によって多くの死傷者を出してしまった。クラブ経営の商業化路線とFIFA(世界サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)によるグローバル資本との結託は選手の年俸を高騰させ、それを補うためにチケットの値段を上げざるをえないクラブ側の事情によって、経済的に豊かではないファンを観戦から遠ざけた。「安心・安全」なスタジアムでサッカーを見られるのは、もともと「安心・安全」な生活を営めている富裕な中産階級以上の人たちだけになってしまった。匂いもせず清潔で、企業接待向けの席を多く備えたスタジアムを作らなければ、試合をする認可が下りなくなった。サッカーはもはや、少なくとも経済的な観点からは、「労働者のバレー」ではなくなってしまったのだ。
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なぜ労働者階級はサッカーから遠ざけられてしまったのか。自分たちはどこで何を間違えたのか。「権力、腐敗、パイ(Power, Corruption, Pies)」。イングランドのサッカー・サポーターが自分たちで作った小冊子(Zine)の「土曜日が来ると(When Saturday Comes)」に掲載された文章のいくつかを抜き出して作ったアンソロジーのタイトルである。マンチェスターのポスト・パンク・バンドであるニュー・オーダーが1983年にリリースしたアルバム「権力、腐敗、嘘(Power, Corruption, Lies)」(邦盤名「権力の美学」!)を捩ったものだ。
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資本の権力に収奪され、あまりにも金まみれのサッカーにあって、パイもまた虚飾に満ちた仮りそめの食べ物に成り下がってしまったのか。それとも、せめてパイだけは「美しいゲーム」の象徴として残したい、どうか残ってほしいという願いも込められたこのジョークがどの世代までに通じるのか、カフェ・ラテを片手にマフィンを食べながら観戦する若者を見て、オジさんサポーターはそっと下を向くのだろう。
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(完)
パイ&マッシュのレシピ
4人分
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ミートパイのフィリング
牛ひき肉 250g
玉ねぎ 1個(大)
人参 1/2本
スープストック 200ml
薄力粉 大さじ1
塩 適量
コリアンダー 小さじ1
ナツメグ 小さじ1/2
胡椒 適量
炒め油 適量
パイ生地
薄力粉 250g
強力粉 250g
バター(無塩) 250g
塩 10g
卵 3個(1個は溶き卵用)
冷水 60ml
マッシュポテト
前回のレシピ参照
リカー
前回のレシピ参照
ミートパイのフィリング
①玉ねぎと人参をみじん切りにする。
②フライパンに炒め油をひき、中火で玉ねぎをきつね色になるまで炒める。
③ひき肉、人参をくわえ火が通ったら塩、胡椒、スパイスを入れ、さらにスープストックをそそぐ。
④ふるった薄力粉を入れ、弱火で20分ほど水分を飛ばしすぎない程度に煮込み、パイに詰めるまで常温で冷ましておく。
パイ生地作り
①卵2個を溶きほぐし、冷水とあわせて冷蔵庫で冷やしておく。
②大きめのボールに小麦粉をふるい入れ、そこにバターを加えてスケッパーなどで細かく刻み、さらに指先でバターと粉を手早くすりあわせサブレ状(細かい砂粒状)にする。
③さきの卵液をくわえ、生地がざっくりまとまるまでスケッパーで手早く混ぜる。このとき生地はぼそぼそで、ひとかたまりにならなくてもよい。
④生地をラップで包み、ラップの上から麺棒で2㎝前後の厚さに平たく伸ばし、冷蔵庫で1時間ほど休ませておく。パイ生地は冷蔵庫で3日間保存可能。
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ミートパイを焼く!
①打ち粉をした台に生地を取りだし、麺棒で5㎜の厚さにのばす。
②抜型などを使い下記の要領でパイ生地の底と蓋を抜き出す。
A:焼型の底の直径10㎝+側面の高さ(3㎝×2)=16㎝~17㎝の円形4枚
B:蓋用に、直径10㎝の円形4枚
③パイ焼型にバターをぬり、Aのパイ生地をひきフィリングを詰める。
④パイにBの蓋をかぶせ側面の生地をフォークで押しつけ本体と蓋をしっかりととめ、表面に溶き卵をぬってから空気穴をフォークで数か所あけておく。
⑤予熱したオーブンに入れ、220℃で20分ほど黄金色の焼き色になるまで焼く。
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マッシュポテト
前回のレシピ参照
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リカー
前回のレシピ参照
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★パイ&マッシュのサーブ
大きめのお皿にミートパイを取り分けマッシュポテトを添えて、リカーをたっぷりかけてサーブする。
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次回配信は5月5日を予定しています。
The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)
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