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大学を退学すると親に言う前日の夜

大学を退学する。

このことは、もしかしたら、ずっと前から決めていたのかもしれない。
でも、ようやく、現実味を帯びてきた。
覚悟の材料が揃ったのだろう。

退学と聞くと、だいたい3つの反応をされることが多い。
1つは、マイナスのイメージ。勉強が嫌でサボったんでしょ。
もう1つは、中間のイメージ。人生人それぞれだもんね。
3つ目は、プラスのイメージ。え!?大学やめるの?やめてまで、やりたいことが見つかったんだね。応援してる!

退学を決意できたのは、この3つ目の反応をたくさんもらったから。
こんな自分の人生を応援してくれる人が意外にもたくさんいたことに気づかされた。

4年前、大学に入学し、これから始まる新生活に胸がなっていた。
なんていったって、新潟から島根に出てきて、俺を知ってる奴は一人もいない。俺も知ってる人は一人もいない。
全部が新しいこの環境で何が待っているのかワクワクしていた。

大学1年のころから、目についた面白そうなものには、片っぱしから反応し、ありもしない勇気を隠して、目をつぶって飛び込んだ。
そこで出会った人たちは、今まで出会ったことのない人たちばかり、今まで感じたことのない感情の連鎖で、毎日が刺激的な往復ビンタだった笑。
あの時の自分よ、よくやった。

この時は、本当に大学にきてよかった、大学面白えじゃんって思ってた。
今も、その想いは変わらないけど、ここで、1つの疑問が生じた。

あれ、俺って何のために大学にきてたんだっけ?
大学って、勉強する場所だよな?

そう、気づいたら、課外活動ばかりに夢中になり、単位をバカスカ落としていたのだった。
それに、夢中になりすぎて、何から何まで手を出しまくった俺は、もちろん1つの体では耐えきれないほどの疲労が重なり、体を壊し始めていた。

朝5時半出勤のバイト、深夜までかかる部活の仕事、
スケジュールもよくわからなくなり、家に籠もる日々が続き、鬱みたいになってしまっていた。

俺って結局何したいんだろう?
何のために頑張ってるんだろう?
単位落としまくって、お金無駄にして、親不孝者だな。

なんて、今では、びっくりするくらい迷走してたし、
もう一度ワープして、大学入学からやり直せたらな思ってた。

あの時、やめたことは数知れない。
でも、やめたことで作ることができた時間は、一息ついて考える余裕を生んでくれた。
(あの時、やめたことでご迷惑をかけまくった皆さま、本当にごめんなさい。)

それから、その時のボロボロの自分を打開するのにぴったりだった
ベトナムでの「海外ビジネス武者修行プログラム」に出会った。
このプログラムでは、本当の自分を見つめ直すことができ、ようやく再スタートを切ることができた。
この時のチームメンバー、タームメンバー、CD、FTさんのおかげで、自分を取り戻すことができた。何回も言っちゃうけど、ありがとう。

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帰ってから、すぐにベトナムでの日本語教師をすることを決意し、再び、ベトナムの地に戻ってきた。
実は、日本語教師をしようと思ったのは、大学に戻りたくないという逃げが半分以上を占めていたんだけど、そんなことはもうどうだっていいくらい、この選択を選んで良かったと思っている。

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初めて先生という立場にたってみて、教えるということがこんなにも難しいとは思ってもみなかった。
正解なんてあるはずもなく、その時の生徒、クラスによって、教え方なんていくらでも変わってくる。
それでも、この仕事が好きだなって思った。
俺は、やっぱり、根っからの子ども好きで、こんなにも子どもに寄り添い、喜んでもらえる先生という仕事は自分に合ってると思った。

それに、大ベテランの杉本先生から、ありがたいお話を聞くのはすごい勉強になったし、こんなにも教育という世界にハマってしまったのは、紛れもなく杉本先生のおかげです。ありがとうございます。

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日本語教師をやってて、一番考えさせられたのは、生徒との関係性だ。
生徒との距離感はどうしたらいいのか非常に悩まされた。
子ども好きのおかげか、生徒とも、すぐにでも仲良くなれる自分の性格は先生に向いてないんじゃないかとも思ったし、
そのせいで、生徒に厳しく当たってしまったこともあった。
先生は威厳を持たなければならないという常識に囚われていたからかもしれない。

でも、それは間違っていたんだなって今になって思う。
すぐに仲良くなれるのは俺の強みだし、先生のことが好きだから頑張るとアンケートで聞いたときは、すげー嬉しかった。

教え方なんてスキルなんて二の次で、生徒と先生の関係性が一番大事なんだなと思った。
授業というものは、先生から生徒への一方通行の知識の受け渡しなんかじゃ決してなくて、愛のある授業というものは、先生と生徒がともに助け合い、お互いに学んでいくものなんだと思う。

生徒の喜んでくれる姿を妄想し、何時間もかけてシラバスを考え、自分で教材を作り、文化体験の準備をした、あの時間は無駄じゃなかったんだな。
それがうまく行かなくて落ち込むことが多かったけど、想いだけは届いてたんだなと思うと、なんか救われるような気がする。

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これだけじゃなくて、もう書ききれないくらい学んだことは多かった。
ぜひ、会ったときにでも聞いてくれ。何時間でも語れる自信あるから。

この会社で、学校で働けて本当に良かった。
売り上げには全くと言っていいほど、貢献できなくて申し訳ないけど、
たくさんのものを得ることができました。

ベトナムという異国の地で、自分の生き方について考えさせられる機会も多く、振り返りシートという名の日記帳は二度と読み返したくないくらいの量に膨れ上がっている。

ベトナムの文化に触れ、いかに自分の当たり前が根強く自分の頭に陣取っていたのかがよーくわかった。
やっと、みんな違って、みんな良いの精神に近づけた気がする。
まだまだ、価値観押し付けちゃう時あるけどね!日々、反省、改善です。

そして、帰ってきた今、大学をもう1年休学して、教育をもっと現場で学びたいという想いが強かったが、もういっそのこと退学することにした。

今まで、親にお金を支援してもらい、いろんなことに挑戦させてもらった。
でも、もう大丈夫だよって言ってやりたい。
やっと、自分のやりたい道を進む覚悟が決まりました。
遅くなってごめんなさい。ようやく、巣立ちを迎えます。

これからは、自分のやりたいことを突き進みながら、親に親孝行をします。

俺の夢は、子どもが可能性に蓋をせず、伸び伸びと育つことができる町で自分の子どもを育てながら、幸せな毎日を送ることです。
その町では、地域全体が教育への理解があり、地域全員がその子の家族みたいな感じです。
まだまだ、うまくまとまってないけど、イメージはできてる!
楽しそうな子どもの声が常に聞こえてくる感じ!

その実現のためにも、今年は、ベビーシッターになります。
いきなり飛んだな笑。
ベビーシッターを通じて、学校の先生、保育園の先生、親、ご近所さん、地域のお店など、もうその垣根を取っ払ってみたいと考えてます。
詳しくは言わない笑、会った人に直接教える笑。

さあ、退学を親に伝えるまで、あと1日!
もし止められたら、一旦、家を出る覚悟です。

でも、親へ言う緊張よりも、これから始まる新しいことへのワクワクの方が勝ってしまっている。
もし、言ってもわかってもらえなくても、死なない限り、何度でも話に行って、俺の想いをわかってもらえるように努力します。

ではでは!また、どこかで会いましょう!


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