「もがく女の出版ヒストリー」平積みの夢を叶えるために~第5話
第5話:厳しい現実・後編
情熱しか持ちあわせていない人間は正真正銘のバカものだ。
出版社に足を運んだわたしは現実を突きつけられる。
持ち込んだ原稿を引き取ってはくれたものの、読んでもらえるわけがないと察知した。
担当者が笑みもなく放った「一応、預かりますが……」という言葉、
社交辞令ってやつ!
「一応」とか、「とりあえず」ってワード、
「また今度」とか「そのうちね」と同様
それは相手を黙らせる手段。
自分が好きな相手とデートしたくたって
「そのうちね」と言われたら気のない証拠。
今度とおばけはでてこない。
……忘れよう。
どうあがいったって無理なのだ。
悔しいけど諦めるしかない。
世の中、自分の努力じゃどうしようもないこともあるんだよ。
それから一週間。
ポストに出版社から速達の手紙が届く。先日原稿を持って乗り込んだ出版社2社からだ。どうせ「原稿を引き取りにきてくれ」ってことだろう。
面倒くさいなと思いながら封を切る。
えっっっ?読み進めていくうちに心臓がドクドク音をたてはじめた。
「神田美佐子 樣
……先日はわざわざ足をお運びいただきましてありがとうございました。さてこの度の貴殿の作品『逃げられる女』につきまして審査をさせていだきました。出版審査会にて出た意見をまとめましたのでご覧下さい。
● 恋に突き進んでいくストーリーは滑稽かつみっともないながらも、描写の至るところに見られる客観的な視点、これだけ語れるウンチク、これこそ書き手の人生経験という宝にほかなりません。
● ひとりでやっていける、傍からみれば自立した大人の成熟した女性。
けれど、そこに満足せず、ときめきを求め追い続ける主人公はハッピーエンドを掴みとる一握りのヒロインなどではなく、世間に沢山いる女性達の代表である。お姫様に憧れた子供時代を遠くに感じる大人は一握りのヒロインを求めてはいない。
● 時代の変化から恋愛に本気で向き合おうとしないイマドキの男性は増え、これは真面目な女性の敵でもあります。痛いところをついたこの作品は、この先さらに増え続けるであろうと予測される独身女性たち、そしてその予備軍(20代から幅広い女性たち)に共感を覚えさせる作品です」
そこにはこの作品における審査員の感想が書かれていたのだ。
そして最後には「出版化の価値と可能性を見い出せる作品」という言葉が……。
息をはずませながら他の出版社からの手紙も開封してみる。
「カンダミサコ さま
お預かりしましたご著作『逃げられる女』は、丁重に拝読、審査させて頂きました。
質的な側面を評価し申し上げると共に、公共性、刊行の意義、社会的ニーズ、最も大きなファクターとして読者獲得の可能性を検討しております。
以下にその結果をまとめましたのでご一読下さいますようお願い申し上げます……。
● 作品は人物の内面を実に細かく描出することに成功している。また、人間関係やライフスタイルについても主人公のアラフォー独身という立場の女性のリアルに感じられた。同世代の女性にとっては当然のことながら強い共感を覚える内容といえるであろうし、それ以外の読み手には新鮮に感じられるだろう。まさに、著者の強みを活かした作品と思われた。
● 一人称で語る主人公の口調は小気味良いほどキッパリとしていて、特に同世代の女性は既婚、未婚を問わず、思わず頷きながらページをめくるのではないだろうか。
「プライベートの時間をさき、オヤヂ達の酒や愚痴に付き合ってきた優しい私達に結婚しないことで批判するとは、ひどい仕打ちだ……」(P5)以降の“女性の負け組の論理”には説得力がある。
● 主人公が恋に振り回され、ひとつの恋でいくらでもみっともなくなってしまうそんなところに人間らしさが感じられ、またそのエネルギーに拍手を送りたい読者は多いのではないだろうか?
● 自分の意思を持って行動力もあるしっかりした女性は増えてきている。しかしそんな女性に限って恋愛で脆さを見せることがある。
そして、強くも弱くもある大人の女性を包み込める男性はなかなかいない。今の日本を象徴するような作品だけに完成度を高めて出版を実現させて欲しい……」
それは審査委員会や企画部からの評価と、この先の話だったのだ!
手紙の最後には
編集というプロの技術を施し、より一層作品の内容を高めて全国流通させたいと書かれていた。
「ぜ、ぜ、全国流通??」
思わず声が出る。
ウソ、ウソ、ウソ。これ読み間違いだよね。妄想だよね。
夢を抱いている人間は脳内だけでなく、目まで夢見てしまうのか?
とにかく読み直そう。
高ぶる気持ちと自分の目がおっつかなくて
何度も同じ行を読んでしまうこともあった。
最後まで読み終えるとまた最初の一行目にもどって読み直した。
最初から最後まで何度も何度も……。
部屋が暗くなってるのにようやく気づく。
ヤダ!わたしったら一時間以上もこの手紙を眺めていたのね。
窓から差し込む光はいつのまにか消え、すっかり日は落ちていた。
出版社の審査において、幾人かの人がこの原稿を最後まで読み進め、そして評価してくれたのだ!これが興奮せずにいられようか!
誰にも読まれないで終わってしまうはずだったこの“見捨てられた原稿”が、なんと人様に読んでもらえたのだ。
天にも昇るとはまさにこのこと。神様はわたしを見捨てなかったのね。
「カンパーイ」
冷蔵庫のビールを出し祝杯をあげる。
おいおい、まだ出版してないって……。
と自分でツッコミを入れながらもニヤニヤは止まらない。そしていつにもまして美味しいビールもとまらない。
黄金の液体を流し込みながらまたその手紙をしつこく読み直す。
わたしの失恋物語からこれまでの過程を知っている女友達に報告しようかとよぎった。が、思いとどまり今夜は一人でこの喜びをかみしめることにした。
このさきの期待に胸を膨らませ、その夜のわたしは遠足に行く前の子供のような気分で布団に入ったのである。
ーー数日後、出版社に出向く。
これからの展開にドキドキワクワクが止まらない。
そう、マッチングアプリでマッチングした相手の男性に初めて会いに行くような感覚である。
あのエラく待たされた出版社、リアクションの冷たい鈴木さんのいる出版社の自動ドアが再び開いた。
驚いたことに今回はまったく待たされなかった。そして前回はなかったのにちゃんとお茶まで出てきた。
出版社の鈴木さん:「いや~よかったですよ。あっという間にスラスラ読めました」
『……この人、ひとを褒めることができるじゃない』わたしは心の中で毒を吐く。
鈴木さん:「この読みやすさがいいんです。今画像やスマホの普及で本離れしている時代ですからね。活字を読むのが面倒な人にも読みやすいのは利点です。あと、この『逃げられる女』はご自身だかどなたかのリアルなんですか?」
美佐子:「ハハ……(苦笑)そうです。お恥ずかしい話ですがリアルです。でも今考えると主人公の女性が逃げた男の職場に乗り込んでビンタをかます……って展開でもよかったのかなと。自分がなかなか出来ないことを主人公に思い切りやらせてしまえばもっと面白いものになったのかなと」
鈴木さん:「いや、いや。人が体験した事や、実話の方が受け入れやすい。無理にやらせてしまうと嘘っぽくて共感を呼ばない。リアルだからこそ面白いんです。実際、素人が書く内容の方が一般人に近い感覚なのでプロの売れてる作家が必ず共感を得るものや面白い物を書いているわけではありません。実際、売れると話がつまらなくなるという著者の方も多いし、ゴーストライターを使うようになる作家さんもいますしね。正直、本の内容なんてどうでもいいんです。ネームバリューですよ!それがあれば売れるんです」
『え……?ネームバリュー?それって本を出す人間はカリスマやインフルエンサーじゃなきゃダメってこと?』
鈴木さん:「有名人の書いたものだったら人は買うんです。良本と“売れる本”は必ず合致してるわけじゃないんです」
そして彼は一呼吸おいてキッパリいった。
鈴木さん:「だから、簡単に売れるなんて思わないで下さい!」
『えーーーーーーーーーっ』
わたしはまたもや彼に突き落とされた。
鈴木さん:「無名のかたの作品を書店に並ばせるのは大変です。本なら誰でも作れます。自由に作って自由に配ることができます。でも書籍バーコードがなければ国立図書館には保存されないし書店流通はできません。はっきりいって書店というのは素人の本を置きたがらないのです。ネームバリューのある人間や知名度のある本を置きたいのです。本離れの時代、出版社はもちろん書店も経営悪化をたどっています。生き残りをかけ書店側の仕入れの目も厳しいのです。新刊書は一日200点、月に6,000点もでてくるんです。また新刊書の多くは店頭に出さずそのまま返品にされることもざらです!(※これを委託制度という)」
『え~~買ってもらえないどころか店頭に並ばずに返されちゃうって、酷くない?陽の目を見ることはない本があるのか……』
ハンマーで頭を打ちつけられた気分。
鈴木さん:「仕入れも陳列も全て書店任せ。書店の店長の裁量です。うちはプロじゃなくともアマチュアでも”面白い作品ならこの世に送り出そう”ということで全国の書店となんとか契約をして入れさせてもらうことを実現したのです」
……名の知られてない人間の本は書店に“一冊から数冊”しか配本されない。
その“たった一冊”でさえ売れるか分からない。
いや、売れないだろう!!
本屋の奥の片隅にひっそりと置かれてある一冊の本を誰が手に取ろうか?
誰が棚からわざわざ引っ張り出すというのか?
無名の著者の作品を書店が快く目立つ場所などに置くわけがない。
「一般人が書いた本など棚の隅に置いてもらえるだけありがたいと思え!」ということなのか。
有名作家か文学賞でも取らない限り書店の目立つ場所に置くこと自体ノーチャンス。
ネームバリューのない人間の陳列スペースなどない。
どうする美佐子?
続く ↓ 第6話:「逃げられる女」書籍完成
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