「もがく女の出版ヒストリー」～平積みの夢を叶えるために～第三章

第三章：出版社へ乗り込む

こうして物語は出来上がった。
書きだしてから一ヶ月……パソコン作業には戸惑ったが一気に仕上がった。

“怒り”という感情には"勢い"と"スピード"があるのね。

タイトルは
「逃げられる女」

“まんま”（笑）

キャッチコピーは「大人の女だってみっともない恋をする」……うん、これでいこう！

Wordの原稿を20×20……400字の紙に印刷した。全部で184ページ。
何も書かれていない真っ白いA４用紙に「逃げられる女」というタイトルと
作者名の神田美佐子という文字を黒のマッキーでデカデカと書いて一番上に載せた。

その原稿の束を眺めながら
一つのことを成し遂げたことに興奮し充足感を得る。
「ああ、書き終えた」
冷蔵庫で冷やしておいたマイグラスにビールを注ぎ祝杯をあげた。

「乾杯っっ」
作品の出来栄えはともかくとして、自分の労力を注ぎ込んだ原稿は愛しい。

生まれたてホヤホヤの原稿を胸に抱きキツくハグ。
……すると、この”誕生した我が子”を誰かに見てもらいたくてたまらなくなった。

そう、そうよ。
こんなふうに男に振り回された女性や男に傷ついた女性は沢山いるはずよ。
予期しない別れ、納得のいかない別れを経験した人たちもいるわ！

そんな女性達に見てもらえたら……。

歳を重ねるごとに恋に堕ちる機会も、純粋に人を思うことも簡単ではなくなってくる。
日々の仕事や生活に追われ、自分を守ることで精いっぱい。
そんな中、誰かを真剣に好きになるのは宝くじに当たるようなもの。

ただ大当たりしたその恋がその先うまくいくとは限らない。
恋が成就したとしても続くとは限らない。
すれ違い、行き違い、ささいなことで傷ついたり傷つけたり……。

恋を失った女性も、恋する気持ちをしばらく忘れている女性にも
この作品を届けることができたら。

恋をした時のひたむきさ、戸惑い、悦び、嫉妬、苦しみ、不安などの感情をこれを読むことで一緒に味わってもらえたら。

読者さんに共体験してもらえたら。

そう、小学生の自分が書いたあのときの作文、
クラスメイトの心にわたしの文章が届いたときのように。

この”逃げられた女”で
「恋に悩める誰かが共感してくれたら……」
「恋で痛い思いをした誰かにエールを送れたら……」
こんな嬉しいことはない。

……ただ、そう思ってみたものの、
自分には出版や編集のコネも人脈もありゃしない。
出版に対するノウハウなんざありゃしない。

コネも人脈もないならあとは情熱のみ。
ここぞとばかりに早速出版社を調べてみる。持ち込み可能なところがないかどうか……。

◯◯社、◯◯社……世間の誰もがしっているどでかい出版社は持ち込み不可になっていた。

「チクショー、なんて世間はこんなにも冷たいんだ」

「え？素人には夢やチャンスを与えてはくれないのか？」

しつこくリサーチを続けていると『あなたの原稿を見ます』『あなたの本が書店に並びます』という内容がいくつか出てきた。作品の郵送や持ち込むことを許している出版社がある。

いやいや、郵送はアカン！
読んでくれない可能性十分ありそうと疑う。
やはり”大事な我が子である原稿”（そう思ってるのは本人だけ）
をこの手で直接渡したい！

従業員数と資本金などを調べ
とりあえず”ヤバくなさそうな出版社”（マンションの一室を借りてるなどでなく）きちんとしたビルを持っている出版社の住所と電話番号を確認する。

「善は急げだ！！」

わたしは原稿を茶封筒に入れ電車に飛び乗った。

ただただ情熱と勢いで
出版社の門を叩いたのである。
とはいえ、自動ドアだけども……。

今、思うとなんて無謀なことを
何も知らない、知識がないということは恐ろしい。

出版社の特徴も仕組みも、取次店や書店との絡みも、
なんたって「無名の人間が本を出すということがどういうことなのか」
を全くわかっていなかったのだから。

これからとんでもない苦難が待ち構えているとは知らずに……。

＜次回に続く＞　↓　「第四章：厳しい現実」