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金の斧 銀の斧【ショートショート】

作品紹介:少しだけブラックなオチのショートショート。イソップ物語「金の斧銀の斧」がモチーフです。1800字程度ですので、2~3分程度でお読みいただけます。


「お前が落としたのはこの金の斧か、それともこの銀の斧か?」
 私は過去に幾度も繰り返した言葉を久しぶりに投げかけた。
「私は君を写す鏡のようなものと思ってもらっていい。君の返答次第で利益不利益どちらかがふりかかることを心得てくれ」
 相手は驚愕の表情で声も出ないようだ。当たり前である。湖から突然人間が出てきたのだから。大概の相手は同じ態度を取るので、想定内の反応だった。再度、同じ言葉をゆっくり繰り返す。
「鏡?何者だ、お前は?」
 暗い表情の相手は私に向かって疑いの眼を向けつつ呟いた。
「さっきの話を聞いていなかったのか?まあ、さらに分かり易く言うと、私はこの湖の精だ。遠い昔からここに住み着いて、湖に物を捨てた人間に話しかけてきた。鏡と言っても姿を写すわけではなく、君が取った行動に対して何らかの結果が起こるということだ」
どうせ信じまいが、毎度繰り返す説明だがもっと伝わりやすくできないものだろうか。
「お前…。いかれているのか?」
「信じるか信じないは自由だが、お前が今、湖に落とした斧を返そうと言うのだ。話を聞いて損はあるまい」
 相手は疑いの表情を持ったまま、数十秒沈黙した後、軽く頷く。
「では、もう一度聞こう。お前が落としたのはこの金の斧か、それともこの銀の斧か?」
「そうだな…。俺が落としたのはどちらでも無い。錆びた鉄の斧だ。さっさと返してくれ」
 ふむ、このパターンか。その通り、湖に落ちてきたのは少し特徴があったとはいえ量産型の古く錆びた鉄の斧だ。当初は金の斧を選ぶものが一番多かった。その後、噂が広まったのかはわからないが正直に言う人間が続出した。それまでは両方よこせという人間がいたりと予想がつかない返答が出てきて大いに楽しめたものだが。
「そうか、正直な奴だ。正直者にはこの金の斧と銀の斧両方をやろう」
 元々は嘘つきを成敗し、悔しがる顔が見たくて始めただけで正直者が救われるべきだと思っているわけではないのだが、フェアな精神を重んじる私は正直な返答をした者にはボーナスを取らすようにしていた。
「そんなものはいらないな」
「…なに?」
 初めての反応である。相手の顔を見つめるが、いまいち表情に変化がない。
「いらないというのはどういうことだ?」
「だから、そのままの意味だ。その2つの斧はいらない」
 どういう意図があるのだろうか。斧としての使いみちがないにしても、金と銀なのだから売ればそれなりの金にはなろう。何故いらないのか。
「持ち帰るのが面倒というのなら心配するな。この2つの斧は意外と軽く、持ち帰るのにさほど苦にはならん」
「そういう意味ではない。その2つの斧はいらない、私の鉄の斧を返してもらおう」
 鉄の斧になにやら思い入れがあるらしい。金より思い出というタイプなのかもしれない。
「そこまで言うならしょうがあるまい。お前が落とした斧を返そう」
「正確には落としたわけではないのだがな」
私が渡した鉄の斧を手に取ると相手は初めて含み笑いを見せた。
「どういう意味だ。落としたわけではないということは自ら捨てたというのか?」
「…まあ、そうだ」
「おかしなことだ。何故自ら捨てた斧を再び返せというのか」
「正確にはその時点では不要だったので捨てたが、お前が出てきたことによって取り返す必要が出てきたのだ」」
 次の瞬間、相手の斧が素早く動き、私の首から上を切り飛ばした。
 私の首は高く宙を舞う。
 その時、湖の奥の森の木に隠れていた惨殺死体が目に入った。
「せっかく殺人の証拠隠滅で湖に投げ捨てたというのに、まさか凶器を拾ってノコノコ出てくる奴が現れるとはな。死体の前に斧を投げ捨てて良かったとも言えるが…。逆だったらどうなったことか。まあ、二度と有り得ないとは思うが、念には念を入れて、この斧と死体はどこか別のところで処分するとしよう」
 相手は私の首を抱き抱えながら不格好に斧を持ち、惨殺死体の有る方へ走り出そうとした。
 突然私の首の重さが数十倍となり、相手は態勢を不意に崩し、その先に不運にも斧が先に転がり、相手の首が胴体から無情に切落とされてしまった。
 私は首だけで上を見上げながらこうつぶやいた。
「最初にルールは説明しておいただろうに。私は君を写す鏡だと。だいたい湖の精が首を切られたくらいで死ぬと本気で思ったのかね」


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