もう一度輝かせたかったときに
もうダメなんじゃないかと思った指輪が、よみがえった。
シェル(貝)の輝きが美しい指輪だった。ボリュームのあるシルバー台座のトップに白のシェルが埋めこまれている。上に重ねられた透明のアクリルが、シェルの光沢を増幅させる。
てらりとあざやかに、涼しげに光るシェルに惹かれて購入した。東京に住んでいた、10年ほど前のことだ。
それなのに、このあいだお手入れしようとして、誤ってシルバークリーニング液の中に落としてしまった。どぼん。石やシェル類のついたアクセサリーはクリーニング液に入れないほうがいいと知っていたのに、うっかりしていた。
あわてて引きあげた指輪は、アクリル本来の艶が薄れ、シェルの輝きが鈍くなっていた。手触りも、すりガラスに触れたときのようにかすかにざらつくものに変わってしまった。
「あー、やっちゃった」
大好きな指輪だったのに。しかもこれから夏を迎えようとしているのに。シルバーとシェルは夏にぴったりの組み合わせだったのに。
長いこと愛用してきたけれど、あのつやつやてりてりなシェルの質感とはさよならなのだろうか。
落ちこんでいたとき、たまたま我が家を訪れていた父が言った。
「これ、アクリルなんやろ? アクリルって、磨いたらまた艶が戻るんやで。細かい傷がついてるだけのことが多いからな」
びっくり。この指輪がもとどおりになるかもしれないとな?
「お父さん、アクリル研磨剤もってるから、取ってくるわ」
そう言ってふたたびやってきた父の手には、液体入りの見慣れない容器があった。さすが工学部出身、さすが日曜大工の鬼である。なんでそんなもの持ってるの。
アクリル研磨剤で磨いた指輪のアクリル部分は、みごとに艶を取り戻した。
うまく撮れていない。が、つやつやになった。シェルの輝きが増す、あの質感が戻ってきた。
うーん、アクリルに艶を出すなんて考えたこともなかったからネット検索すらしなかったのに、父のような人に頼めば一発だった。
そして、父がまた痺れることを言った。
「だいたい、取り返しのつかんことって、そんなにないもんでな」
お父さん! と叫びたくなった。この飄々としたおじいさんからは、ときどき素晴らしい言葉が飛び出す。まるでわたしの羅針盤みたいだ。
夏が来たら、またシェルの指輪にたくさん活躍してもらおう。きらきらは取り戻せる。
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