消えたい心に効くものは
「しにたい」と、検索窓に入力した。
万が一ご心配をおかけしてはいけないので先に言うと、豆塚エリさんの『しにたい気持ちが消えるまで』を購入しようとしたのだ。少し前に会った旧友がおすすめしてくれたから、ぜひ読みたいと思った。
「しにたい」まで入力したところでサジェストキーワードがたくさん現れた。「しにたい 楽な方法」「しにたい 消えたい 40代女」とか。
不穏な文字が並んでいるのを目にしたわたしの胸は、きゅっと締めつけられた。どういうサジェストよ、とツッコもうとして、いや、もともと入力した言葉が穏やかならぬものだったのだと思い直す。
あるよね、消えたくなること。あるよ、ある。けど、お願いだから死なないでよ。
どこかの誰かに、そう言いたくなってしまう。
それくらい動揺した。検索エンジンによって違うものの、思いがけない文字列にはときどきびっくりさせられる。
「この世は生きづらい」と、軽々しくは言いたくない。でも、人によってはそんなふうに感じてしまう場面は多々あると思う。わたしも若い頃はいろいろ大変なことがあった。
宮本輝の小説に『人間の幸福』という作品がある。そのなかに自殺未遂をする女の人が登場する。主人公たちは彼女を取り押さえ、救急車を呼ぶ。
救急搬送された女の人に付き添った主人公に、初老の刑事が言う。
涙の出るような台詞だ。
このシーンを思い出すたび、死にたくならないような心をつくるお手伝いができないかと考える。わたしなんかにできることはほとんどないだろうと思う。ただ、人の話を真剣に聴くことだけは心がけている。
自分のこれまでを振り返ると、誰かが「聴いてくれる」時間がなによりも気持ちを軽くしてくれたからだ。
昔、実家で暮らしていた頃、しんどい出来事に打ちのめされて「ああ、消えてしまいたいなあ」と思いながらお風呂に入っていたことがあった。双子のように育ち、なんでも相談できた妹は、大学院進学とともに実家を出てしまっていた。
お風呂でぼんやりしていたわたしは、脱衣所の外から響く「お風呂上がったらアイスクリームあるでえ」という父の声で、現実に引き戻された。
父と向かい合い、小さな木製スプーンでアイスクリームをすくいながらおしゃべりする。静かな時間が、わたしの心を生き返らせた。うまくいかない仕事や恋や人間関係のことがするすると口から出ていく。そのうちに、少しずつ胸のつかえが取れていった。
だから、今もわたしは夜に食べるアイスクリームが大好きだ。
向かい合って、聴くこと。こちらもまた、話すこと。それが「『消えたい』の処方箋」になると信じている。
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