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感謝はわかめの呪いから

わかめの呪いをご存じだろうか。

……なんて書いてしまったけれど、ご存じなくて当然だ。「わかめの呪い」は、我が家でしか通用しない言葉である(すみません)。

私は20代の頃、1年間だけひとり暮らしをした。

もともと、ひとり暮らしになみなみならぬ憧れを抱いていた。大学時代は、大阪のやや南のほうから大阪北部の豊中市へと、1時間30分かけて通学していた。友人からは「大阪縦断ツアー」と言われたものだ。

そんなだったから「就職したら絶対ひとり暮らしするんだ!」と心に決めていた。

念願が叶ったのは、20代半ばの頃。

大阪の中心地・梅田にわりと近い町にワンルームマンションを借りた。

その頃のことは、以前、少しだけ記事にした。

7年つき合った恋人と別れたり、仕事で悩みを抱えたり、大親友と呼んでさしつかえない友人とケンカしたり。さんざんな1年だったけれど、今となってはいい思い出だ。

ひとり暮らしを始めたばかりの私は、家事能力をほとんど備えていなかった。実家ではかんたんなお菓子づくりしかしたことがなく、炊飯器の使い方もよくわかっていないという状況だった。

ワンルームマンションではじめてキッチンに立った日。お味噌汁をつくろうとした私は、乾燥わかめを右手にワシッ!と力強くつかんでお鍋へ投入した。

(もうみなさんご賢察のことと思いますが)数分後、わかめはお鍋からあふれんばかりにふくらんだ。

衝撃だった。

ふきこぼれた気もするけれど、詳しいことはよく覚えていない。とにかくパニックになってしまい、大変だったような。

おそろしいことに、この大失敗を、私の母も、叔父(母の弟)も経験している。

大学進学のため、ワンマン列車がのんびり走る田舎町を18歳で出た母と叔父。それぞれ東京と京都でひとり暮らしを始め、のちにふたりとも「わかめ事件」を起こすことになる。

その事実を知ったのは10年ほど前のお正月。

叔父「おっちゃんも、働きだした頃かなぁ、わかめが食べきれんくらい膨張してえらいことになったで」

母「私もよ。あんなにふくらむなんて、知らんかったもん」

なんだろう、この姉弟。ふたりとも、一般的にはお勉強ができる部類の人である。そういうことは関係がないのだろう。

アホですか、と言いたくなるけれど、私もその血を受け継いでいるからなにも言えない。なんだろう、この家系。私たちはこれをわかめの呪いと呼んでいる。

けれど、それだけ私たちが学業やお稽古ごとに専念できる環境をつくってもらっていた証でもある。

「お料理の手伝いよりも、自分のやりたいことをやりなさい」

そう言って見守ってくれる人がそばにいたから、わかめの戻し方も知らなかったのだ。ひとり暮らしを経て、私は「知らなさすぎる自分」を恥じた。そして、自分をとりまく環境や、育ててくれた両親に感謝することを覚えた。

ひとり暮らしは、私にいろいろなことを教えてくれた。人生は山あり谷ありで甘くないということ、親に感謝しなさいよ、ということ。心細くてさみしくて、でも楽しくて。濃密な1年間だった。

とりあえず、将来、娘たちがひとり暮らしをすることがあれば、くどくどと言おう。

なんでも説明書きはちゃんと読んで。乾燥わかめは大膨張だいぼうちょうするから気をつけて。

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去年、かつてひとり暮らしをした町を訪れる機会がありました。
とてもなつかしく、感慨深いひとときでした。
そのことを書いた記事がこちらです。

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今回は、メディアパルさんの企画に参加させていただきました。

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