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濡れた肩はそのうち乾くので。

週末は美容院でヘアカラーのリタッチ(根元のみのカラーリング)、カット、トリートメントをしてもらった。

カラー剤を洗い流すためのシャンプーとトリートメントは、アシスタントさんがやってくれることになった。かなり若い女性だ。トリートメントはオージュアのどのタイプがいいかと事前に聞きに来てくれたとき、とても緊張しているのが伝わってきた。まだ新人さんなのかもしれない。

シャンプー台に体を預けたわたしの髪を、彼女は慣れた手つきで洗っていく。安心してお任せしていた。

しかし、トリートメントを洗い流す段になって、わたしは首筋に温水が流れてくるのを感じた。アシスタントさんの指のあいだからシャワーのお湯がこぼれ、わたしの肩のほうへとつたってくる。おそらくそのことに彼女は気づいていない。

襟から肩にかけて、洋服が濡れているのがわかる。ああ、ちょっとお湯の勢いが強かったのか、彼女が手でガードしきれていなかったのか、ケープのつけ方が甘かったのか。いずれにせよ、肩にかけられたタオルの下で、わたしの洋服は濡れてしまっていた。

まあいいか、汚れたわけではなさそうなので、乾けばもとどおりになるだろう。

そう思っていたのに、セットチェアに戻ったところで担当美容師さんが気づいてしまった。わたしの肩にかかったタオルがはずされたからだ。

「あー! お洋服濡れちゃってますね! 申し訳ありません!」

……あ、気づいちゃった? そこからは「お着替え用意します!」とか、「冷たいですよね、申し訳ありません!」とか、うんと謝られてしまった。

だから気づかれたくなかったのだ。もしかしたら彼女があとで先輩美容師さんに叱られてしまうかもしれない。

簡単にリカバリーできる、ほぼ実害のないことに目くじらを立てるのは好きじゃない。きっとアシスタントの彼女だって、多くのお客さんに当たるうちにもっと上手にシャンプーできるようになるはずだ。

これまで生きてきたなかで、わたしもたくさんミスを許してもらってきた(はたして洋服がちょっと濡れたくらいのことをミスと呼ぶべきなのかはおいておいて)。

わたしの知らないところで、優しい人がミスをカバーしてくれたこともきっとあったと思う。

そういうことに、最近になってようやく意識が向けられるようになった。

「あのとき○○さんはわたしのことをフォローしてくれていたんだな」と、ほんとうにやっと、気が回るようになった。

だから、トリートメントの際に洋服がちょっと濡れたくらい、どうってことない。びしっと言ったほうが彼女の成長につながると考える人もいるだろう。でも、仕事をしていたらたぶん、そういう場面には嫌でも出くわすはずだ。わたしがわざわざ「服が濡れたんだけど」なんて言わなくても。

「ぜんぜん! だいじょうぶなので!」

結局、そう言ってクリーニングも着替えも遠慮した。担当さんの後ろでしゅんとするアシスタントさんにも「だいじょうぶです」と伝えた。

わたしが気弱なだけだという説もある。ただ、自分がしてもらってきたことをお返ししようとしたのもほんとう。へっぽこ人間なりに、ちょっとはいいことができないかと思って生きている。

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