おばはんだって青春する
夫からiPhoneにメールがきた。彼はいつもメールを寄越す。堅物そうな見かけによらず、その内容はちゃめっ気に満ちている。
「お疲れ気味のあなたに、こーんな素敵な情報を!」
下部にリンクが貼ってあった。あやしいサイトへの誘導ではなさそうだ。まあ、慎重派の彼だから詐欺サイトを踏むことはあまりないだろうけれど。
「またどうせ、しょーもないネタ画像とかじゃないのおー?」
訝りながらリンク先へ飛んだわたしは喜びのあまり声をあげた。
それは、わたしの好きなアーティストの公演決定を報じる記事だった。大阪でも公演があると書かれている!
2月頃からあわただしくしていたので、アーティストの動向をチェックするのをすっかり忘れていた。
(わー! わー! 行きたーい! でも平日やん……)
そこへきて、iPhoneがまたブブブと震える。
「チケットをプレゼントするよ。下校後の子どもたちも見ておくから、行っておいでよ」
なに、プレゼントですか。最高の夫ですか。わたし、そんなに徳を積んだつもりはございませんが。
娘たちの卒園祝いをわたしにもくれるという意味合いらしい。
観に行っていいんですか。きゃーん。
推し活なるものにはあまり励めていないわたし。しいて「推し」を挙げるとすれば、このアーティストになる。見目麗しく、実力も備えているところが大好きだ。料理中、キッチンには大音量でこのアーティストの曲が流れている。
どうしよう、なに着ていこう。どうしよう、嬉しすぎる。どうしよう……。きゃーん。
ここ一週間、舞い上がっている。
穏やかすぎるんじゃないかと自分でも思う日常に、華やかな風が吹きこんだ。好きなものに向かう気持ちは、やっぱり暮らしにハリを与えてくれる。
足取り軽やかに買い物へと出かけた。夕食用の食材を買いに行くだけなのに、ふわり広がるシルエットのブラウスを着て。気分は蝶々である。異論は認めない。
そういえばこのあいだ、よその街に行ったら知らない人に「どけ、おばはん」と言われた。どう見てもわたしより年上の男性におばはんと罵られた悔しさに歯噛みし、根に持っていたけれど、もうそんなことどうでもいい。
あのアーティストを遠巻きにでも観られるのだ。チケット代は夫持ちとはいえ、さすがにVIP席は遠慮して、S席を確保した。困ってしまうくらい楽しみだ。
きっと当日の夜は興奮して眠れないだろう。初恋の人と言葉を交わしたときのような心持ちかもしれない。そういう日があってもいい。おばはんだって青春する(結局、根に持っている)。
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