虫を踏む
最初、米粒を踏んだのかと思った。
見ると、ハエだった。
昨日うちのリビングを、ぶんぶん飛んでいたやつだ。
あおむけにくたばっていて、踏んだせいで、床に血の染みがついた。
ハエにも、血が流れているんだなあ、と思った。
私と同じ、赤い色の血が。
そいつは死ぬ係で、私はそれをティッシュで捨てる係だったけど。
今日はもう少し大きいものを踏んだ。
5センチくらいのユスリカ。
3日前くらいに窓の近くをさまよっていたやつだ。
なぜ、床で死ぬの。
虫は意外と柔らかい。
踏んでもぺちゃんこにならなくて、ぷにっと、妙な弾力がある。
捨てる時はその弾力を感じないように、手で掴むのではなく、ティッシュを一旦くしゃっとして、シワに挟むようにして捨てる。
みんなの嫌な視線を受けまくっていた虫。
死んでも嫌がられる虫。
軽い、軽い、その命。
生きている虫より、死んでいる虫が嫌いだ。
命があるものに対しては、まだ優しくなれる。
死にかけの虫は、あおむけで脚をピクピクさせている。
私は、そういうのは助けてあげる。
死んでほしくないから。
死体を踏むのは、やっぱり気分のいいものではないからね。
軽くてもやっぱり、命ってすごい。
虫の死体を見たくないから、できるだけ殺したくない。
殺虫剤は使いたくないので、部屋では虫除けになるアロマをたいている。
この世界には虫の体があって、虫の命もあって、アロマもある。
つくづく、よくできているね。
君が死ぬのを見たくないのは、わがままかな。
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