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 令孫の篤い顕彰の意志に打たれてこの数年、津軽抒情詩の雄将一戸謙三(1899-1979)の紹介に断続的に勤しんで参りましたが、今年はその総括として弘前市立郷土文学館で催された特別展にて、決定版となる図録に詩人の詩史的遍歴について執筆させて頂きました。そしてコロナ禍にも拘らず御地への御招待にふたたび与り、藤田晴央先生との記念対談。帰途には念願の宮沢賢治墓参も叶ひ、まことに思ひ出深い夏休みとなりました。その後、詩人の豪華木版刷の稀覯詩集『椿の宮』の第1番本を入手したのも、御縁がなせる天の思召しと観じをります。


 一方でライフワークとして翻字中の「田中克己日記」ですが、日記をお借りしてゐる先師の阿佐谷本宅を預かる長男史氏未亡人美紀子様の急逝に接して、驚き悲しみに堪へません。「数日前に電話で歓談したばかり・・・」と、妹君(弓子様)の訃報に続いてお報せ頂いた、先生の御長女依子様の御健康も案ぜられます。わたし自身まもなく62歳。日記の翻刻を急がねばなりません。
 また『四季』から一字をとった詩誌『季』115号が、今後の継続に不安を感じさせる後記を掲載。杉山平一先生を精神的支柱に擁し、先生亡き後も穏健清冽な詩風を堅持したほぼ半世紀の歴史(1975-)。その一齣に私も関はったが故に、創刊同人の先輩方の思惑と動向とを見守ってをります。

 さきには主宰者(圓子哲雄氏)逝去により八戸の老鋪詩誌『朔』が、同じく50年近い歴史を閉じてをり(1971-2015,179号)、そして先日は小山正孝とその周辺を顕彰する『感泣亭秋報』に於いて、主宰の令息正見氏が「顕彰はやり終えたと感じている」とひと区切りの思ひを述べられました(17号後記)。近代抒情詩サロンの牙城が次々に消えてゆくやうにも思はれることですが、これら、特にマイナーポエットと呼ばれる昭和前半期の口語抒情詩人たちの研究・紹介の場として開放された永年の蓄積は、すでにかなりの分量となってをり、愛好者・研究者ともに冊子体文献に信頼が寄せられてきた結果に感慨を禁じ得ません。
 さて、その対象とされる貴重な一次資料ですが、今年は国会図書館が所蔵する戦前図書について個人向けに画像データの公開が開始された画期的な年でもありました。すでにインターネット上の流通において多大な変化を迫られた古書業界ですが、今回の情報開放により古書店も一次資料を扱う場から、博物館的な「証拠物」、或ひは骨董趣味的な「詩碑」を扱ふ場所へとさらなる変貌(価値変更)を迫られることでしょう。拙サイトも、ここでしか見ることができない書痴的なコンテンツは減じつつ、より本来的な四季派詩人・地元美濃漢詩人の顕彰趣旨に沿った運営を心掛けてゆきたく、さうした意味でも大きな歴史の節目に立ってゐることを実感させられた、感慨深い一年でした。

 皆様よいお年をお迎へください。

今年の10点(入手順)

01. 図録 弘前市郷土文学館第46回企画展『追憶と郷愁の詩人 一戸謙三』令和4年
「不易流行・一戸謙三詩の変貌と抒情」を執筆。

02. 伊福部隆彦 掛軸「谷神不死」(録「老子」聖語)
これまで収集した掛軸は漢詩人のものばかりでしたが、ロマン派気質の評論家詩人、無政府主義から転じて老荘思想にたどり着いた達人の素敵な筆蹟。

03. 詩誌『詩法』6~10号5冊合本 昭和10年
近藤東編集のモダニズム雑誌。オークションを早期終了して譲って頂きました。公開中

04. 小山田隆明『詩歌療法の理論』令和4年 新曜社
詩歌療法3部作の掉尾を飾る新刊。詩の「読む効用」・「詠む効用」を世界の歴史に尋ね、現代の心理学理論との関連を探る。

05. 叢書『日本の詩歌』30+1巻 昭和44年 中央公論社
二度と企画できない執筆者の陣容。わが書斎を護る〝コギト仏〟の下に、納経。

06. 藤田晴央 『詩人たちの森 : ポエジーの輝き』平成24年 北方新社
本ブログに紹介。

07. 揖斐高『江戸漢詩の情景』令和4年 岩波書店(岩波新書)
本ブログに紹介。

08. 一戸謙三 連詩集『椿の宮』 50部限定 特装25部の第1番 木版刷 昭和34年 緑の笛豆本の会
本ブログに紹介。

09. 冨岡一成『江戸想像散歩』
 下町風俗資料館同僚の旧友による『江戸前魚食大全(2016)』、『江戸移住のすすめ(2021)』に続く江戸著作3部作の新刊。当時の2大ガイドブック「江戸大絵図」「江戸名所図会」を頼りに、地誌・年中行事の面から親しみやすく説かれた「江戸の散歩者」必携の一冊。

10. 戦前富山詩壇の中心人物、中山輝の詩集『石』(昭和5年、詩と民謡社)。昭和初年に興った新民謡を、岐阜の岩間純とともに中部日本の裏表で支へた中心人物ですが、本書は口語自由詩です。彼の関った詩誌『北日本詩人』稀覯本の世界管理人様より以前たくさん頂いてゐますので御紹介。上記伊福部隆彦の人物月旦に異を唱えるやりとりがありました。

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