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2013年の作文・7月

2013.7.1
19世紀の哲学者フォイエルバッハを主人公にした戯曲。舞台は1845年のハイデルベルク。フォイエルバッハは友人で哲学者のクリスチャン・カップと家族ぐるみで付き合っていた。ところがカップの娘ヨハナ18歳がフォイエルバッハに恋をしてしまう。その時フォイエルバッハは41歳、家庭を思いやる優しい父親であった。カップとフォイエルバッハが不在の時、恋に狂うヨハナは意外な行動にでる。フォイエルバッハの妻ベルタに「あたしたち、お互いに愛し合っていますわ」と告白し、自分勝手な妄想をぶちまけるのであった。ベルタは非常にショックを受けるが、これまで献身的につかえてきた夫がほんとうにヨハナを愛してしまったのならじぶんが引き下がるしかないと考える。「神学を人間学としなければならない」と説くフォイエルバッハの思想と共に、哲学者とその周辺の人々が繰り広げる人間模様を丹念に描き出す哲学演劇。シリーズ第一弾「火の川の岸辺で」近日公演、と云いたい所だが、あくまでぼくの妄想のなかでの予定である。
 
 
2013.7.2
ぼくは今シャンソンにハマリつつある。すぐに飽きてしまうかもしれないが、フランス語で歌えたら気分いいだろうなあと思ってちょっとがんばっているのだ。セルジュ・ゲンスブールが作詞作曲した「プレヴェールの歌」がお気に入りで、何度もCDを聴いては、その歌声と歌詞を確認し、じぶんで発声してみて、なんとか原曲に近づこうとしてはみるが、ぼくのは、やっぱりフランス語になっていない。どうしても日本語の五十音でしか音を聞き取れないのだ。ああこれは幼少の頃に耳を鍛えていないとちょっと無理だわ、と諦めて、こうなったら全部カタカナで表記して歌ってみようと、あたまを切り替えた。そして、実際カタカナにしてみると、思った以上に歌えていることに気づいて、少し満足している。考えてみると、英語やドイツ語やフランス語などのヨーロッパの言語を表記している文字は、音声を表わす「表音文字」なのだから、それをカタカナにして目で確認できるようにする方法は、理に適っているのだ。それで日本語にはない音を独自の方法で表わす人もいる。それでもぼくは、あえて五十音の枠のなかでやってみようと思った。独学なのだから、少々フランス語の音になっていなくてもいいではないか、というひらきなおり。それでこういう具合になった。タイトルの「La chanson de Prevert」をぼくがカタカナにすると「ラシャッソンデプゲベール」となる。プレヴェールという詩人の名前をフランス人の声で聞くとプゲベールに聞こえるのだ。でも綴りでもわかる通りプレヴェールが正しい。それをゲンスブールが歌っているのを聞いて確かめてみると、やっぱりプゲベールに聞こえるんだ。この「r」がくせもので、それは当然「ゲ」ではない。しかし「レ」でもないのだ。ここに日本語とフランス語の発音上の壁がある。ぼくはそれであきらめた。これはじぶんが聞こえた方にして歌ってみるしかない。そうしているうちに、いつしかその微妙な違いを使い分けられるようになる筈だ。そう信じて、いちど大胆にじぶんの音で歌ってみるしかない。ちなみに、歌われているジャック・プレヴェールは、フランスの詩人で、彼は多くのシャンソンの歌詞も書いた。ぼくの手元には詩集『パロール』抄(北川冬彦訳)がある。この詩集がまた素晴らしいのだが、そのことについては明日またお話しよう。
 
 
2013.7.3
意味を表わす漢字という文字を使用するようになった日本人は、言葉の響きよりも、文字数や音数によって、文字を視覚的に並べて楽しむ方法を詩の技法として発展させてきた。たとえば「書」の世界は視覚芸術である。漢詩の七文字や五文字で全文を揃えるという方法は、和歌や俳句で音数を五七五に揃える方法にきっと連動していっただろう。それに対して、ヨーロッパでは、言葉がメッセージを相手に伝えるための単なる道具なのではなく、それ自体が価値をもつ芸術作品になり得ることを、韻を踏むことで証明してきた。それは視覚よりも聴覚に訴える音声としての言語だ。こうした東洋と西洋の違いは、それぞれに刺激を与えるという意味では建設的な関係にあるが、翻訳する上では相当な障害となってしまう。それでも先人たちは、その困難に果敢に挑戦してくれた。近代における詩の発展は、西洋の詩が翻訳されなければ到底ありえないことだったのだから、ぼくらは感謝しなくてはならない。セルジュ・ゲンスブールが1961年に発表したアルバム『驚嘆のセルジュ・ゲンスブール』に収録されている「プレヴェールに捧ぐ」に関連して、きょうはプレヴェールの詩を紹介したい。
 
◇手回しオルガン  ジャック・プレヴェール(北川冬彦訳)◇
 
ぼくぁピアノを弾くよ
一人が言った
ぼくぁバイオリンを弾くよ
もう一人が言った
ぼくぁハープを ぼくぁバンジョーを
ぼくぁチェロを
ぼくぁ風笛を……ぼくぁフルートを
ぼくぁガラガラを
どいつもこいつも しゃべった しゃべった
しゃべった やつらが弾くもののことを
音楽を聞いた人はなかった
みんな しゃべった 
しゃべった しゃべった
誰も弾かなかった
ところが 隅で男が一人だまっていた
「ときにどんな楽器をお弾きですか? だまって何もおっしゃらないあなたは?」と
音楽家たちはたずねた
「わたしですか わたしは手回しオルガンを弾きます それからまたナイフを奏でます」と
それまで まったく何も言わなかったその男が言った
それから 男はナイフを手にしてすすみ出た
そして 音楽家たちをみな殺しにして
手回しオルガンを弾いた
すると その音楽が大へん立派で
生き生きとしてきれいだったので
一家の主人のちっちゃな娘が
ピアノの下から出てきた
娘は退屈して横になり 眠っていたのだった
「あたいはぁ輪まわし遊びしたゎ
ボール遊び 猟り遊びしたゎ
石けり遊びしたゎ
バケツで遊んだゎ
シャベルで遊んだゎ
パパ・ママごっこしたゎ
鬼ごっこしたゎ
人形で遊んだゎ
日傘で遊んだゎ
弟と遊んだゎ
妹と
憲兵遊びしたゎ
それに 泥棒ごっこ
でも やめたゎ やめたゎ
あたいはぁ 人殺し遊びがしたいゎ
手回しオルガンが弾きたいゎ
男は娘の手をとり 二人は行っちまった
街々のなかへ
家々のなかへ 庭々のなかへ
二人は
たくさん 人々を殺せるだけ殺した
そのあとで 二人は結婚して
いくにんも 子たちをつくった
ところ
長男は ピアノを習った
二番目は バイオリンを
三番目は ハープを
四番目は ガラガラを
五番目は チェロを
それから こいつらは しゃべり しゃべりはじめた
しゃべり しゃべり しゃべり
誰も音楽を聞いた人はなかった
こうして 全部おなじ繰り返しだった!
 
 
これぞ名訳! さすが北川冬彦だわ。そして、シュールレアリスト、ジャック・プレヴェールならではのお話の展開。こんな詩が書けたらどんなに人生が豊かになるだろう。ぼくの目標である。プレヴェール、ああ「r」をフランス語の発声で読めばプゲヴェーグに聞こえるのだが、日本人はプレヴェールと表記するしかないのが、真に残念。でも仕方がない。喉の奥を振るわせる必要があるのだから。引用は、ジャック・プレヴェール詩集『パロール』抄(北川冬彦訳)有信堂から。このパロールも「Paroles」だから「パゴール」に聞こえるだろうけれど。細かいことほんとうによくしゃべる、しゃべる、しゃべーる、ぼくぁ。あんまりおしゃべりしていると手回しオルガンの男に殺されてしまうかもしれないから、きょうは寝る。
 
 
2013.7.4
参院選が公示された。ネット選挙という新しい試みもスタート。さて、投票率は上がるだろうか? きのう紹介したジャック・プレヴェールの『パロール』抄の訳者、北川冬彦の作品を一つ紹介しよう。
 
◇ラッシュ・アワア  北川冬彦◇
 
改札口で指が切符と一緒に切られた。
 
 
2013.7.5
◆鳥類の階層  2013.7.5◆
 
1.雀の上に鳩が
2.鳩の上に鴉が
3.鴉の上に鴨が
4.鴨の上に鷺が
5.鷺の上に雁が
6.雁の上に白鳥が
7.白鳥の上に鶴が
8.鶴の上に鷲が
9.鷲の上に鳳凰が
 
飛んでいく
 飛んでいく
  飛んで
   飛んで
    飛んでいく
トン
 で
  トン
   で
    トン
 
 
2013.7.6
小学生の娘と学校のプール開放に行って来た。夏休みを前にして夏らしいことをしたと思う。気温が高かったので、プールのあとのアイスクリームがうまかった。そこで思い出す一曲がある。松田聖子「ピーチ・シャーベット」、30年前の1983年のアルバム『ユートピア』に収録されている。松本隆さんの詞である。八月の歌だけど、プールのあとの心地良い疲労感と余韻が見事に表現されているので紹介する。
 
◇ピーチ・シャーベット 松本隆◇
 
浮雲が流れて強くなる陽射しに
シャツのボタンひとつ外す
何気ないあなたの仕草が Sexy
負けそうよ
 
真夏のプールの帰りに
ピーチ・シャーベット挟んで見つめる
時さえ溶け出しそうなの
八月
 
あなたのアドレスの女の子の名前
ライバル多いほど燃える
もうあなたは私の瞳の虜
離さない
 
真夏のプールの帰りに
やさしいささやきもないの
そんなに魅力ないかしら
嫌だわ
 
誘われた時の甘いことわり方
ゆうべ考えてきたのに
あなたって美意識ゼロね
 
真夏のプールの帰りに
濡れてる髪が乾くまで
最後の最後のチャンスを
あげるわ
 
真夏のプールの帰りに
ピーチ・シャーベット挟んで見つめる
時さえ溶け出しそうなの
八月
 
 
2013.7.7
一月一日が元旦で明けましておめでとう
一月七日が人日の節句で「七草の祝い」
三月三日が上巳の節句で「ひなまつり」
五月五日が端午の節句で「子供の日」
七月七日が七夕の節句で「七夕まつり」
九月九日が重陽の節句で「菊まつり」
奇数は縁起がよいと考えられている。特に七は東洋でも西洋でもラッキーナンバーだ。それが二つ並ぶ七月七日。七夕にみんなは色んな願い事をする。ぼくは一つの詩を思い出す。少々風のある濃藍色(こいあいいろ)のたなばたの夜である。
 
◇ブラザー軒  菅原克己◇
 
東一番丁、
ブラザー軒。
硝子簾がキラキラ波うち、
あたりいちめん氷を噛む音。
死んだおやじが入って来る。
死んだ妹をつれて
氷水喰べに、
ぼくのわきへ。
色あせたメリンスの着物。
おできいっぱいつけた妹。
ミルクセーキの音に、
びっくりしながら
細い脛だして
椅子にずり上る。
外は濃藍色のたなばたの夜。
肥ったおやじは
小さい妹をながめ、
満足気に氷を噛み、
ひげを拭く。
妹は匙ですくう
白い氷のかけら。
ぼくも噛む
白い氷のかけら。
ふたりには声がない。
ふたりにはぼくが見えない。
おやじはひげを拭く。
妹は氷をこぼす。
簾はキラキラ、
風鈴の音、
あたりいちめん氷を噛む音。
死者ふたり、
つれだって帰る、
ぼくの前を。
小さい妹がさきに立ち、
おやじはゆったりと。
東一番丁、
ブラザー軒。
たなばたの夜。
キラキラ波うつ
硝子簾の向うの闇に。
 
 
──詩集『日の底』より
 
引用文献 『現代詩文庫49 菅原克己詩集』思潮社
 
 
2013.7.8
きょうも夕立があった。ざざざと降って、熱くなったアスファルトを冷却してくれたので、夜道を歩くのが気持ちいい。雨が降って喜ぶのは人間ばかりではない。カエルたちは嬉しそうに雨のシャワーを浴びる。ぼくは時々そういうカエルに遭遇する。きのうのカエルは面白かった。深夜の自動販売機のまえで一匹のヒキガエルに出会った。ぼくの足音に気がつくと、そいつは石のようにぴたっと動かなくなった。カエルにしてみれば、動かないことがじぶんを守る唯一の方法なのだろう。蛇に睨まれたカエルというけれど、動けばカエルであることがばれるとでも思っているのだろうか。僕は石ですよ、カエルじゃありませんよ、とばかりに微動だにしない。ぼくはわざと知らぬ顔して通り過ぎて、少し行ったところで振り向いた。するとカエルはゆっくり歩き出し、そしていきなり、ぱろっとベロを伸ばした。そしてまた少し歩いて、ぱろっとベロを出す。あいつ何をやっているのだろうと、近寄ってみると、自動販売機の明かりに群がるハネアリたちにパクついていたのだ。ハネアリはみなオスだ。女王アリ候補との結婚飛行のあとは、用済みで、みなあとはひたすら死を待つのみの存在である。そんなハネアリたちも昆虫の本能である向光性のままに明るい自動販売機を目指して飛んできたのだろう。悲しいさがである。そしてばたばたと倒れていく。その地面に落ちた王子さまたちを、カエルは好きなだけ食べることができるわけだ。なんて卑怯な奴だ、とぼくは一瞬思った。そして、食いたい放題のカエルに視線を注いで、「な~にやってんだ」と言ってやった。カエルは少し恥ずかしくなったのか、ほふく前進しながら、その場を去って行った。ぼくはカエルに恨まれるだろうか。巨大になったカエルが体に舌を巻きつけてきて、ぺろりとぼくを平らげてしまう日がいつか来るかもしれない。
 
 
2013.7.9
質問者)
人から「強くなければ人を幸せにできない」と言われました。確かにじぶんが弱かったら人を守れないとは思います。でも、どうして強くあることに価値があるのか、強いということと幸福の関係について知りたい。
応答者)
真・善・美を価値とする西洋思想に限定して考えてみたいと思います。たとえば万有引力という真理が価値だとすれば、それを発見し、応用することが人間の幸せに結び付くことになります。そこに〈強弱〉という尺度を入れて考えてみて下さい。強い真理と弱い真理、どうやらこれは成り立ちません。真理に強い、真理に弱い、これはどうでしょう? 一見成り立ちそうですが、知識や学問、技術や情報などには、強弱は使えるでしょうが、これは要するに興味の強弱に還元できそうです。
質問者)
哲学に強いとは、哲学に対する興味が強いということであり、科学に強いとは、科学に対する関心が人よりも強いということですね。
応答者)
そうです。学問や知識の強弱は情報量と同じことなのだと思います。それに対して真理には計量できる何物もない。真理に、そもそも強弱などない。次に、善悪、これはどうでしょう? 強い悪、弱い悪、ありますね。
質問者)
強い善、弱い善、はい、あります。善は強ければ強いほど価値があります。
応答者)
そして強い善はより強い悪を倒さねばなりません。これは幸福と深く結び付いています。次に、美の価値、そこにも強弱は関係してくるでしょうか。ピカソやゴッホの絵は市場ではたいへん高値で取引されますが、それはその美が他に比べて強いからでしょうか。おそらく美それ自体には強弱はないと思います。
質問者)
強弱は市場が作り出す幻想だということですね。
応答者)
何気ない日常の出来事から美と出会うこともあります。人によってはなんでもない石ころが、ある人にとってはかけがえのない美の価値を持つこともあります。美は、好き嫌いの感情に左右されます。それはきわめて主観的なものです。整理します。強弱が問題になるのは真・善・美で言えば、善の場合に限ります。善悪とは、個人と社会の関係の問題です。公共に益する人が善人で、公共に害する人が悪人です。
質問者)
すると、より多く益する人が強い善人であり、より多く害する人が強い悪人、ということなります。
応答者)
またこうも言えます。悪を減らす人が善人であり、善を減らす人が悪人です。「強さ」が問題になるのは、社会が善を志向しているからではないでしょうか。たとえば、独裁者が戦争を起こしているような時代に「お前は悪だ」と叫ぶこと、これにはたいへんな勇気がいります。そしてその勇気を振り絞って叫ぶことができる人は強い人だと思います。逆にその悪を放置してしまう人は、どんなに日頃善人であっても、やっぱり弱い人です。人生にとって「強さ」が求められるのは、ただ生きるのではなく善く生きることが人間に求められているからです。そしてそれが幸福かどうかはまた別の難しい問題を含んでいます。
質問者)
勇気を出して独裁者に歯向かって牢に入れられてしまう人を幸福な人だとは単純には言えません。じぶんの信念を貫いて死刑になったソクラテスを幸せな者と言うためには別の尺度が必要ですね。
応答者)
したがって「強くあれ」と叫ぶことは道徳を説くことと同じです。「強さ」を求めることはひとつの信条を受諾させることです。キリスト教は、迫害に対してやはり強く抵抗することを要求しています。ニーチェの思想は「強さ」を奨励しています。ソクラテスの哲学も同様です。トルストイの平和思想、ガンディーの非暴力、マーチン・ルーサー・キングJr.の公民権運動、みんな「強さ」を必要とします。チャーリー・チャップリンの映画表現もある種の抵抗運動ですが、そこにも強さが要求されました。ラッセルやアインシュタインたち科学者による原子爆弾禁止の運動もそうです。それらは全て、人類の利益を優先する献身的なヒューマニズムから生じる強さだと考えてよいでしょう。
質問者)
では、強弱を動物の原理から人間の原理に転換するものはなんですか? 弱肉強食ではなく、人間が求める「強さ」の本質はどこから来るのでしょう。
応答者)
それは善悪をめぐる道徳的な判断だとぼくは思います。真理の追究や美の創造は、それに比べると現実逃避の色合いが濃くなっていく。強さを要求されることが苦手な人は、科学や芸術の分野に逃げ場をみつけようとします。それも人間の一面をあらわしている。ですから、科学者は常に倫理問題と自身の研究成果を天秤にかけていく必要があります。また、芸術家が平和運動とどのように関わっていくか、それは一つの課題であり続けています。
 
 
2013.7.10
プレヴェールの詩をきょうも読もう。
 
◇われらの父よ  ジャック・プレヴェール(北川冬彦訳)◇
 
天にいますわれらの父よ
そこにいませ
われらは地上におります
地上は とき折り大へんうつくしいのです
ニューヨークのいろんな不思議
パリのいろんな不思議
それらはトリニテの不思議にもまけません
ウルクの小さな運河
中国の大きな城壁
モルレーの川
カンブレーの砂糖菓子
太平洋
それから チェイルリー宮殿の二つの泉水
いい子たちや悪童ども
世の すべてのすばらしいことが
この地上にあります
飾らずに 地上にあります
誰にでも さし出されて
あっちこっちに バラまかれて
こんなすばらしさに 自分でもびっくりして
それでいて そうと認めようとしません
裸を見せたがらない きれいな娘のように、
おそろしい この世の不幸な出来事
それは 軍隊
兵士ども
拷問人ども
この世の長ども
牧師ども 裏切者ども 狸ども
それに めぐる四季
歳月
きれいな娘たち 大ばか者たち
大砲どもの
鋼のなかで 腐ってゆく貧乏人たちの藁。
 
 
世界全体を俯瞰しながら、地上のものごとに愛情を示す作者の眼差しと、アイロニーのスパイスをほどよく効かせている言葉の運び方がとても秀逸で、だれでも口ずさめそうなテンポの良い詩だと思う。プレヴェールの詩は必ずしも歌になることを前提に作られているわけではないけれど、のちに多くのシャンソンとなって歌われている。日本で例を挙げれば、北原白秋や西條八十のような存在か。今ぼくは、プレヴェールの評伝を少しずつ読んでいるところだ。世界大戦を二つ経験している世代であり、彼のなかには、戦争とそれを導く権力への嫌悪が、明らかに存在している。プレヴェールの女性と子どもに対するあたたかな感情をぼくも共有していきたい。
 
 
2013.7.11
引用する。
《年が変わった1928年1月、アルトー、ヴィトラック、ロベール・アロン[ガストン・ガリマールの秘書]が主催する「アルフレッド・ジャリ劇場」が、シャンゼリゼの「コメディー座」で、ロシアの監督プドフキンの映画『母』を上映すると予告した。映画はフランスの検閲を通っていなかったが、彼らは検閲に反対する姿勢を示し、上映に踏み切ったのである。これをきっかけにして、ブルトンとアルトー、ヴィトラックの確執は氷解し、1月14日には、シュルレアリストの一団が映画を観に行った。案内には映画以外に、ポール・クローデルの『真昼に分つ』を、原作者の意に反して第三幕も含めて上演すると書かれていた。/映画が終わり、戯曲が上演されると、ブルトンはすぐに立ち上がり、「静かに、これはクローデルだぞ!」と怒鳴った。そして公演の最後にアルトーが観客の前に進み出て、「私どもが上演しました戯曲は、合衆国駐在フランス大使ポール・クローデル氏の『真昼に分つ』でした。あの破廉恥な裏切り者の」と挨拶した。/10日後の24日、ヴィユ=コロンビエ劇場で行なわれた「文学の夕べ」で、俳優がコクトーの作品をアポリネールやエリュアールのものと一緒に朗読したとき、プレヴェールは舞台に駆け上がって俳優に平手打ちを食らわせた。コクトーごときをシュルレアリストの先駆者と一緒にするのはとんでもないという理由だった。彼らの傍若無人ぶりは相変わらずだった。》
(柏倉康夫『思い出しておくれ、幸せだった日々を 評伝ジャック・プレヴェール』左右社、106頁より)
現代のぼくらにしてみたら、コクトーとアポリネールは、同じ20世紀のフランス語の詩人で、作品を並べて紹介することになんら躊躇することはないだろう。ところが、同時代のシュルレアリストにしてみたら、権威ある作家たちと自分たちとは相容れないものがあったのだ。この差異を知るのは容易なことではない。同じ芸大に教師と学生の関係で存在していた武満徹と坂本龍一、その違いを理解するのと次元は同じかもしれないが、時代も違う、国も違うぼくからしたら、やっぱりプレヴェールの行動の真の意味を理解するのは難しい。それでも、このエピソードはやっぱり面白い。
 
 
2013.7.12
◆すごく 2013.7.12◆
 
あいまいな日本の私
いいかげんな生活の結果
適当な性格の人
風の谷のナウシカ
怠慢な水色の金曜日
涼しげな真夏の切符
すごく怖い話
すごく驚いた顔
崖の上のポニョ
あまり意味のない詩
すごく意味のない詩
すごく
すごく
物凄く
美しい日本の私
亜麻色の髪の乙女
黒髪の美しい少女
赤髭の優しい海賊
とても
とても
とてつもなく
豪華な食卓の夢
 
 
2013.7.13
熱中症にならないように水分と塩分を補給しているが、ぐったりしてしまう。そもそも「熱中」という言葉は、ぼくの青春にとっては肯定的な響きがあった言葉なのだけれど、いつからネガティブな言葉になってしまったのだろう。病名にしてほしくなかったな。水谷豊主演の『熱中時代』シリーズは、ぼくの憧れだった。先生編の北野広大先生のような人間になりたくて、将来は教師になりたいと思っていた時期がある。とにかく児童たちのために一生懸命なんだ、北野先生は。「先生編」第2シリーズの主題歌「やさしさ紙芝居」は、水谷豊さん本人が歌っているが、作詞は松本隆さんである。ぼくは、その後、熱中するものがころころ変わってしまい、教師にも刑事にもならなかったが、詩に関してはずっと熱中したままだ。詩に熱中し続けている理由のひとつは、ことばを使うことがお金のかからないことだからかもしれない。小説家の北村薫さんも、詩歌との出会いをとても大切にされている方だ。ぼくの本棚には、『詩歌の待ち伏せ』(上)(下)(続)の三冊がある。『続・詩歌の待ち伏せ』のなかで北村薫さんは、プレヴェールの詩「朝の食事」が五人の訳者によってどのように訳されているか、詳細に比較している。この読み比べが実におもしろいのだ。詩の鑑賞としても優れているし、翻訳の問題を提起している論考としても興味深い。機会があったら是非読んで頂きたい。訳者とは、内藤濯、小笠原豊樹、平田文也、北川冬彦、大岡信、の五名である。北村薫さんがはじめて読んだのは内藤濯訳の「朝食」だったので、それが元型となっているため、結果的にその訳詩に落ち着くと云っている。やっぱりそうだろうなあ。初対面の第一印象が誰にとっても一番忘れがたいものになるのだろう。ぼくの場合、北川冬彦訳がしっくりくるのは、それが第一印象だからだろう。
 
◇朝の食事  ジャック・プレヴェール(北川冬彦訳)◇
 
かれは茶碗に
コーヒーをついだ
コーヒーの茶碗に
ミルクをいれた
そのミルクコーヒーに
砂糖をいれた
小匙で
かきまわした
ミルクコーヒーを飲んだ
それから茶碗を置いた
あたしにはものも言わないで
シガレットに
火をつけた
煙で
環をつくった
灰皿に
灰をおとした
あたしにはものも言わないで
あたしを見ないで
立ちあがった
帽子を頭に
おいた
レインコートを
着た
雨がふっていたから
それから
雨のなかを
ひと言も話さないで
あたしを見ないで
出かけた
あたしは 頭を片手でかかえて
それから 泣いた。
 
 
2013.7.14
期日前投票に行ってきた。参院選の結果、ねじれが解消されれば政権は長期化することが予想される。ある意味で安定するだろうけれど、監視を怠れば日本の方向が知らぬ間に決定してしまい、悔やんでもあとのまつりということにもなりかねないから、警戒しなくてはならない。近頃、息子との関係がよくない。今年14歳になる長男である。難しい年頃であると、以前から分っていたが、実際そういう子どもを目の前にすると、どう対応すればいいのかよくわからず、ただ叱ってしまう。叱る必要のないことを取り上げては、「態度が悪いぞ」と威圧する。おやじという動物は理性で制御できないのだろうか。じぶんが息子の時に、父親からそんなことを言われたらただ反発しただろうに。それでも、ぼくは息子の前ではおやじになってしまう。じぶんでも嫌になる。少年よ、自由に羽ばたけ! と思っているのに、全く矛盾もいいところだ。プレヴェールの次の詩が今のぼくの心境にぴったりだったので、紹介したい。
 
◇子ども狩り  ジャック・プレヴェール(北川冬彦訳)◇
             マリアンヌ・オスワルドに
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
島の上空には 鳥たちが舞い 
島の周囲は どこもかしこも水である
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
このわめき声は一体なんだ?
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
それは子ども狩りをやる
紳士たちの群れ
 
子どもはいう 感化院は沢山だ
番人どもは 鍵で子どもをひっぱたいて歯を折り
セメントのうえにノバしっ放しにしておいた
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
いま 子どもは逃げる
追いつめられた一匹の獣のように
夜のなかをギャロップする
その後をみんながギャロップする
憲兵たちが 旅行者たちが 恩給生活者たちが 芸術家たちが
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
それは子ども狩りをやる
紳士たちの群れ
 
子ども狩りに 許可証はいらない
善良な人たち 心をあわせる
夜なかに泳ぐのは誰だ?
あの光 あの音は 何だ?
それは逃げる一人の子どもだ
かれに向けて鉄砲がうたれる
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
海岸の旦那方はみんな
すっかりしくじって 怒りで顔がまっ青だ
 
悪漢! よた者! 盗賊! ならず者!
 
子どもよ おまえは大陸にもういちど結びつくだろうか おまえは大陸にもういちど結びつくだろうか
 
島の上空には 鳥たちが舞い
島の周囲は どこもかしこも水である。
 
 
2013.7.15
◇母音展開五連  2013.7.15◇
 
(声に出してみよう! SAY)
1.





 
2.
いい
ええ
ああ
おお
うう
 
3.
いん
えん
あん
おん
うん
 
4.





 
5.
イン
エン
アン
オン
ウン
 
応用1.
インカ
演歌
安価
ONか
雲霞
 
応用2.
インド 
エンド 
アンド 
オンド 
ウンド 
 
応用3.
印度
塩土
安堵
温度
運動
 
補足1.
い (歯をかむ)
え (歯をはなす)
あ (口をひらく)
お (口内をまるめる)
う (唇をつぼめる)
 
補足2.
いえあおう 
いえあおう
いえあおう
音を出す場所がだんだん喉の奥へと進んでいく
 
 
2013.7.16
井上ひさし『日本語教室』新潮新書を読んでいたら、母音の長短で違うことばになると書いてあったので、ちょっと遊んでみたくなった。ダジャレにすぎないと思うのだが、いろいろ試してみると、日本語特有のナンセンスな詩がつくれるかもしれない。
 
孤高の高校生 糊口しのぎながら航行をつづけ虎口を脱する 煌々たる親孝行
ココ―ノコーコーセイココーヲシノギナガラココーヲツヅケココーヲダッスルコーコータルオヤコーコー
 
正解の世界の青海
セーカイノセカイノセーカイ
 
爽快な疎開先の蒼海
ソーカイナソカイサキノソーカイ
 
闘鶏の統計 東経の時計
トーケイノトーケイ トーケイノトケイ
 
オトサン オートサン オトーサン オトサーン
オカサン オーカサン オカーサン オカサーン 
オジサン オージサン オジーサン オジサーン
オバサン オーバサン オバーサン オバサーン
オニサン オーニサン オニーサン オニサーン
オネサン オーネサン オネーサン オネサーン
 
ソレ ソーレ ソレー
コレ コーレ コレー
アレ アーレ アレー
 
上記の本のなかで、井上ひさしさんが駄洒落に関する面白いエピソードを紹介しているので、引用する。
《大江健三郎さんや武満徹さんたちとバリ島に行ったことがあります。バリ島に行くについては、まずジョクジャカルタというところに一泊して、古くから伝わっている宮廷舞踊を見に行ったのです。それは素晴らしい踊りで、みんな感激したのはよかったんだけど、さあ、これからバリ島へ、というときになって、ぼくらが乗るはずだった飛行機がなんとジャカルタに向けて飛び立ってしまったのです。王様か誰か、急用のできた偉い人にその飛行機を売っちゃった(笑)。ではわたしたちはどうなるのかと尋ねると、バリ行きの飛行機は明日の夕方までないというのです。もう宿はチェックアウトしたし、どうしたらいいのかみんなで頭をひねっているうちに、夜の八時ごろ、ジョクジャカルタから車で八時間くらいの距離にある大きな都市から明日の朝飛ぶバリ行きの飛行機の切符が手に入ったんです。そこへ行くバスの手配もできたのですが、みんな空腹だし疲れ果てていて、バスの中も暗い雰囲気、沈んでいるんですよ。そこでぼくが「こういうのをセンチメートル・ジャーニーって言うんですね」と言ったら、みんなが笑いだして、急に明るくなりました。一センチ一センチゆっくりゆっくり進む旅のことを「センチメンタル・ジャーニー」という有名な曲にひっかけた駄洒落ですが、駄洒落ひとつで、士気が甦るというのか、みんな元気が出てきた。これ、ぼくの生涯の傑作なんです。/バスのなかで眠って、翌朝やっとバリ行きの飛行機に乗ることができました。バリ島が近づいて来たときに今度は大江さんが「翼よ! あれがバリの灯だ」と言ったんです(笑)。これ、大江さんの自慢なんですが、ぼくのほうがちょっと内容が濃いでしょう? 》
駄洒落の前では、どんな文豪も一オヤジである。どっちもどっちだよ、とツックミを入れてあげたい。
 
 
2013.7.17
ずっと買いたかった本をきょう手に入れた。マルティン・ハイデッガー『「ヒューマニズム」について』ちくま学芸文庫である。話は15年くらい前に遡る。当時、職場の同僚が新刊で買って読み出したら面白かったので、ぼくに薦めてくれた本だった。仕事のあいまにマックでランチをとることにして、ふたりでハンバーガーを二個ずつ買って食べながら、哲学の話になった。そして、同僚のKさんが真新しい文庫の『「ヒューマニズム」について』を取り出してぼくに見せてくれた。その場で、目を通していたら時間を忘れて読み耽ってしまった。そして、じわりじわりと感動が胸に込み上げてくるのをおぼえた。「これは……」と呟いてぼくがしばらく沈黙していると、Kさんは「まだ全部読んでいないので読み終わったら貸しましょうか」と云った。「ああ、いや、じぶんで買いますよ」と云いながら、後ろ髪ひかれる思いで、その本を返したのだった。ハイデッガーについては、大学生の頃に『存在と時間』上・下(同じちくま学芸文庫から出ている)を手に入れて読んでいた。しかし、なんどもその独特な概念に行き詰ってとうとう読解を諦めてしまった。その経験から、ハイデッガーは分かり難いというイメージが出来てしまい、その他の本に手を出す気が起きなかったのであるが、Kさんを介して認識を改めることができたのである。こんなに胸に迫る文章をハイデッガーは書ける人だったのか、と。しかし、なぜか、その時から、ずっとこの本を読む機会を失ってしまった。図書館で借りようとも思ったが、やはり手にしなかった。その理由をぼくにはうまく説明できない。時が必要だったとしか云えない。引用する。
《ところで、あらゆるものに先立って「存在している」ものは、存在である。思索というものは、その存在の、人間の本質に対する関わりを、実らせ達成するのである。思索は、この関わりを、作り出したり、惹き起こしたりするのではない。思索は、この関わりを、ただ、存在から思索自身へと委ねられた事柄として、存在に対して、捧げ提供するだけなのである。この差し出し提出する働きの大切な点は、思索において、存在が言葉となってくる、ということのうちに存している。言葉は、存在の家である。言葉による住まいのうちに、人間は住むのである。思索する者たちと詩作する者たちが、この住まいの番人たちである。》(17頁~18頁より)
ああ、これはことばを使用する全ての者たちへの保証書である。特に詩人はこの保証書を持っていれば、どこへでも顔を出せるだろう。ありがたいことだ。ぼくは、ハイデッガーのこの手紙の中のことばを、これからゆっくり味わいたいと思う。
 
 
2013.7.18
マルティン・ハイデッガー『「ヒューマニズム」ついて』ちくま学芸文庫から引用する。
《思索がみずからの境域から離れ去ることによって、終わりに至るようになると、思索は、この損失を償うべく、テクネー[技術的知]として、教育の道具として、それゆえに学校での事業として、そしてのちには文化事業として、世間から認めてもらおうとするようになる。哲学は、徐々に、最高の諸原因にもとづいてものごとを説明してゆく技術になり果てる。世間のひとは、もはや思索をしない。そうではなく、むしろ、世間のひとは、「哲学」と称する営業に従事する体たらくとなる。このような営業活動がいろいろと競争し合うなかにあっては、それらの営業活動は、次には、我こそは、何々イズムという主義主張であると、公共的に自分を売り込んで、こうして、相互に凌駕し抜こうと張り合うことを試みるのである。》(25頁より)
ハイデッガーによる1947年の書簡である。この耳の痛い風刺の効いた言葉は21世紀の思想状況にもピタリと当てはまってしまっている。思想や哲学さえモードの一部になってしまい、ぼくらがほんとうに素手で思考しているかどうかは全く疑わしい。反省しなくてはならない。しかし、思索がモードなしにできるかと言えば、それも自信がない。ぼくが手にしている「ちくま学芸文庫」だって、市場に出て売れなければ、出版されることもないわけだし。このブログだって、Yahoo!がなければ公開できないわけで、自力でやろうとしたら、せっせと手紙を書いてじぶんで届けるという作業をしなくちゃならない。むずかしい問題なのだが、ハイデッガーの警鐘は、そういう時代に、ぼくらが見失ってしまっている何かを、静かに浮き彫りにしてみせてくれようとしているのだと思う。
 
 
2013.7.19
眠いから一言だけ
ほんとうに言いたいことは言えないから、本物の周りを旋回する偽物のように、余談に終始してしまう。
 
 
2013.7.20
あすは衆議院議員選挙の投票日。選挙区と比例区で誰とどの党がどれだけの票を獲得するのか、ぼくとしては結果がとても楽しみである。昨年の末、民主党に失望した国民は政権を交代させ、安倍首相率いる自公連立政権に大きな期待を寄せている。今回はねじれ解消が焦点になっている。しかし、政権が大きな力を持ちすぎて国民を置き去りにするようなことがあってはならない。ぼくらの匙加減ひとつで未来の国のかたちは大きく変わってしまうだろう。選挙後がもっと重要だ。ところで、今日一日の空がとても爽やかだった。夏というよりも、すこし秋めいていたかな。ジブリの映画『風立ちぬ』が公開されたこともあってか、空を見上げると、飛行機が目についた。ぼくは、夏休みに入った子どもたちを連れて来週のどこかで観にいくつもりだ。この映画の公開にむけて、ぼくは今年になってから、堀辰雄の小説『風立ちぬ』や『菜穂子』を読んできた。映画が堀辰雄とどうリンクしてくるのかを見極めることも、ひとつの楽しみである。
 
 
2013.7.21
きょうも夏らしい空が広がっていた。どこかに希望があるような清々しい空だ。気分がいいので少し読書を進めよう。ハイデッガーの『「ヒューマニズム」について』(ちくま学芸文庫)から引用する。
《サルトルは、これとは違って、実存主義の根本命題を、次のように言明している。すなわち、実存は本質に先行する、と。その際、サルトルは、エクシステンティア[現実存在]とエッセンティア[本質]とを、形而上学の意味において受け取っている。この形而上学は、プラトン以来、次のように言い述べている。すなわち、エッセンティア[本質]はエクシステンティア[現実存在]に先行する、と。サルトルは、この命題を逆転させたわけである。けれども、一つの形而上学的命題を逆転させたとしても、その逆転は、やはり一つの形而上学的命題にとどまっている。》(50頁より)
ぼくの理解では、サルトルはハイデッガーの影響下で実存主義の哲学をフランスにおいて展開し、戦後は実存主義の旗手として世界的に有名になった思想家である。ここでは、そのサルトルを、本家であるハイデッガーが批判しているわけだ。この関係性が実に面白いではないか。サルトルの有名なテーゼ、「実存は本質に先立つ」を利用して、ハイデッガーが自らの思索を逆に浮き彫りにしようと企んでいるのだ。
《こうした命題であるかぎり、その命題は、形而上学もろとも、存在の真理の忘却のうちにとどまっているのである。というのも、たとえ、いかに哲学が、エッセンティア[本質]とエクシステンティア[現実存在]との関係を、中世の諸論争の意味においてであれ、あるいはライプニッツの意味においてであれ、あるいはその他の仕方においてであれ、どのように規定しようとも、そうしたことのすべてに先立って、やはりなんといってもまず最初にあくまでも問われねばならない事柄があるからである。それはすなわち、いったいいかなる存在の運命にもとづいて、エッセ・エッセンティアエ[本質ノ存在]とエッセ・エクシステンティアエ[現実存在ノ存在]という形で、存在のうちでこの二つのものの間に区別がなされて、この区別が、思索の面前に登場するに至ったのか、ということ、これである。》(51頁より)
まず問われなくてはいけないこと、それを要約すれば「実存と本質の区別がなぜ登場したのか?」ということ。その根源的な問いを問わずに、哲学は議論を始めてしまった。実存が先か、それとも本質が先かという問いを、である。プラトンはイデアの世界を想定し、それに合わせて現象世界があると考えた。素手で考えよう。ぼくらは「私とは何か?」と問う。そのとき「私の本質」なるものがどこかにあって、その本質が、現実の仮の姿となって今を生きているのだと考えたなら、それは「本質は実存に先立つ」という思想となるだろう。そうではなく、今ある姿が全てであり、そこからじぶんの性質や傾向性などを仮に想定することができると考えたなら、「実存は本質に先立つ」という実存主義となる。ハイデッガーはそのいずれもが形而上学の域をでないと云っている。
《あくまでも、よく思索し抜かれねばならないのは、いったいなにゆえにこの存在の運命への問いが、これまでけっして問われることがなかったのかということ、そして、いったいなにゆえにこの問いが、これまでまったく思索されることができなかったのかということ、これである。》(51頁より)
〈存在の運命〉という言葉の意味がうまく掴めない。しかし、それを考えるのはよそう。この言葉は〈存在の運命〉のまま読み、使っていくしかない。
 
 
2013.7.22
さっそく映画『風立ちぬ』を観た。いま余韻に浸っているところ。8歳の娘には少し退屈だったようだ。確かにちょっぴり大人のジブリである。そして堀辰雄の小説『風立ちぬ』を読んだことのある人とない人では感想もだいぶ違ってくるだろう。映画は映画でオリジナルのストーリーなのであるが、宮崎駿監督の堀辰雄へのリスペクトは本物だと感じた。ただ、堀辰雄を知らなかったとしても、それはそれで深い感動を得ることに違いはない。更に云えば、映画を観てから、堀辰雄の世界に入るのもいいのではないかと思う。ぜひ、観てほしい。そして、読んでほしい。
 
 
2013.7.23
ぼくは今、ハイデッガーの存在論に関心がある。それで、『「ヒューマニズム」について』(ちくま学芸文庫)を精読している。ハイデッガーの狙いがおぼろげながら少し分かってきたように思う。「存在」と「存在者」の区別が重要だ。しかし、これを漢字で考えているといつまでも理解できないのではないかと思う。目の前にあるテーブルや椅子、パソコンや本はみな「存在者」である。そこまではよい。そうした客観世界にある事物とそれを認識している私という存在者は、果たして同列に扱えるかどうか。ハイデッガーの用語は、より混乱を招く言い方をする。人間を他の存在者と区別するために「現存在」と呼んでいるのだ。現存在がテーブルを見ると「テーブルがある」と云う。椅子を見れば「椅子がある」と云う。それではじぶんが存在すると見る時、人間はなんというだろう。「私はいる」と日本語では云う。「ある」と「いる」との区別で、考えてみてはどうか。引用する。
《しかし、それにしても、存在というもの──、この存在とは、いったい何であろうか。それは、〈それ〉[存在]そのものである。》(58頁より)
これじゃ、わからないよ。要するに「存在とは存在そのものである」と言いたいのだろうけれど、これはトートロジーである。もうここまで来ると、これは哲学ではなく詩であると言いたくなる。「私とは私そのものである」。「ところで君、君は何者なんだね?」「あ、はい。じぶんはじぶんであります」。存在とは「モノがある」とか「ヒトがいる」ということを云うための大前提である。ついでに云えば、「ある」ということもあらしめているのが「ある」であり「いる」なのだ。
《このものを経験すること、そして言い述べることを、来るべき思索は、学ばなければならない。「存在」──それは、神ではないし、また、なんらかの世界根拠でもない。存在は、あらゆる存在者よりも、より広く遥かなものでありつつ、それでいて人間には、どんな存在者よりも、より近いのである。》(58頁より)
 
 
2013.7.24
夏休みに入った子どもたちのプランに合わせて、こちらも計画的に行動しなくてはならない。長男は14歳になる。いちばん難しい年齢だ。きょうはクラスメイトたちと寿司を食べに出かけ、そのあとは友だちの家に一泊するとのこと。娘ふたりは、きょうは一日家にいた。8月に入ったら、軽井沢に二週間ほど泊まりにいく予定。きょうも雨の水曜日だったので、大瀧詠一「雨のウェンズデイ」を聴こうと思ったけれど、どうしても、くるりの「男の子と女の子」が聴きたくなった。実は、ぼくがくるりを好きになったのは、この曲をハナレグミがカヴァーしているのをラジオで聴いて、その歌詞に引き込まれたのがきっかけだった。息子や娘にもこの曲の歌詞にあるように、男の子らしく、女の子らしく、成長して欲しいと願う夏の日である。
 
◇男の子と女の子  岸田繁◇
 
僕達はみんないつでもそうです
女の子の事ばかり考えている
女の子はわがままだ よく分からない生きものだ
でもやさしくしてしまう 何もかえってこないのに
 
小学生くらいの男の子と女の子
男の子同士の遊びは楽しそうだ
割って入ってくる女の子はふてくされ
こんな世界はつまらないと ひとりで遊ぶ
 
小学生くらいの男の子
世界のどこまでも飛んでゆけよ
ロックンローラーになれよ
欲望を止めるなよ
コンクリートなんかかち割ってしまえよ
かち割ってしまえよ
 
僕達はみんなだんだん歳をとる
死にたくないなと考えたりもする
愛する人よ もうすぐ気付くだろう
僕のやさしさもだんだん歳をとる
 
大人になった女の子
僕をどこまでも愛してくれよ
何ももて余さないで
好きだという気持ちだけで 何も食べなくていいくらい
愛しい顔を見せてくれよ
 
 
2013.7.25
ぼくが高校時代に使っていた国語の教科書は筑摩書房の『高等学校用 現代文 改訂版』(昭和62年1月20日発行)である。25年経った今でも、ぼくの書棚にちゃんと存在していて、時折それを資料にして調べものをすることがある。実によく編集された本だと、時が経つにつれ思うのだ。目次をひらくと、「Ⅰ 近代の開花」に「新しき詩歌の時 島崎藤村」「白壁 島崎藤村」「海潮音 上田敏訳」「食うべき詩 石川啄木」「現代日本の開化 夏目漱石」「元始、女性は太陽であった 平塚らいてう」「舞姫 森鷗外」と続いている。素晴らしいラインナップではないか。高校時代のぼくは数学ばかり勉強して他の教科に全く興味がなかったのだが、なぜか現代文の授業だけは好きだった。そして、『海潮音』との(運命的な)出会いを果たすことになる。教科書には、カール・ブッセの「山のあなた」とポール・ヴェルレーヌの「落葉」が掲載されていて、それを格調の高い日本語に翻訳した文学者・上田敏の略歴が紹介されている。ぼくは率直に驚いた。ああ言葉にこんなことができるなんて! 「山のあなた」は七五調、「落葉」は五音で統一。日本人は韻よりも音数によって詩的な世界へと引き込まれていく。俳句、川柳、短歌もそうだ。そして、近代に作られた名詩の多くが、七音と五音の組み合わせで流れていく。「ヤマノ アナタノ ソラトーク / サイワイ スムト ヒトノユー」と読むときに、アクセントや節を付けないで棒読みしても構わない。外国語もぜんぶ棒読みで「アイス コーヒー」「アイスク リーム」と読むからアメリカ人には通じない。もう発音はあきらめて、音数で勝負するしかない。徹底的に12音で表現し続けるしかない。さいわい12の約数は1.2.3.4.6であるから、つくりやすい。3と9、4と8、5と7などの組み合わせができるが、吉数である5と7が選ばれるのは、大陸からの影響だろう。
 
 
2013.7.26
今年に入ってぼくの思索は、フランスへ向かって収斂しているように思う。堀辰雄の小説『風立ちぬ』のエピグラフが、ポール・ヴァレリーの詩句「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」であることに始まり、セルジュ・ゲンスブールやフランス・ギャルの歌、ジャック・プレヴェールの詩やシャンソンへの興味、そして、上田敏の訳詩の一つがポール・ヴェルレーヌの「落葉」。ドイツの哲学者ハイデッガーの『「ヒューマニズム」について』を購入して精読しているのだが、実はこの本はもともとパリのジャン・ボーフレというフランス人へ宛てた書簡がもとになっている。ドイツの哲学がフランスに流れていく象徴的なテキストだ。おまけに、サルトルを批判している。あすから、渋谷の文化村で、セルジュ・ゲンスブールの映画が上映される。また、フランス・ギャルの恋人だったクロード・フランソワの伝記映画『最後のマイ・ウェイ』も公開中だ。これらの連関は、ぼくが意図している訳ではない。じぶんの興味に従って、読んだり、聴いたり、観たりしているだけなのだが、そこにフランスの文化がどうしても絡んでくる。こうなったら今年はフランスにどっぷり浸かろう。きょうは、ふたりの娘にせがまれてジブリ映画のDVDを借りてきた。彼女たちはまだ観たことがないということで『紅の豚』を上映。登場人物の一人ジーナがやっぱり素敵だ。舞台はイタリアなのだが、彼女が自分のお店で歌っているのが「さくらんぼの実る頃」( Le Temps des cerises)、フランスのシャンソンである。 ちなみに、ジブリとプレヴェールは深い関係にあり、高畑勲監督はプレヴェールの詩集を訳したり、シャンソンのCDを監修したりしている。
 
 
2013.7.27
今朝の空はユニークだった。午前4時ごろ、ピカピカと夜明け前の空に放電現象が。そしてゴロゴロ鳴り出し、雨が降ってくるかと思ったら、パラパラとしか落ちてこない。見上げるとお月様がきれいに顔をのぞかせているではないか。つまり頭上に雲はなく、周辺に積乱雲がとぐろを巻いている状態。ぼくは小さい頃から雷が大好きで、あの光の動きと、ドカンと落ちる爆音で、興奮してしまう。そして、小躍りしながら「いいぞ、いいぞ、もっと鳴らせ!」と叫んでしまう。しかし朝日が昇るころには、すっかり雨雲も消えてしまった。きょうはお昼に川柳の会があった。ぼくは「茶ン茶羅吟社」という会に所属して今年で14年になる。本日の句会の場所は初台のオペラシティ。野外広場でイベントがあり、サックスフォーンだけのカルテットの生演奏を聴きながら、ビールと枝前とフィッシュ&チップスで乾杯。ちょっとした擬似海外旅行の気分を味わいながら、楽しいおしゃべり。そんななかでもちゃんと川柳の採点発表もやった。そのあと、親友のKくんと新宿で落ち合い、猥談に花を咲かせて19時に別れる。そして帰宅の途中、またもや雨雲が姿をあらわし、ピカピカごろろん、いいタイミングだ。電車に乗るとドシャ降り。最寄りの駅について、インスタントコーヒーの詰め替えを駅ビルで購入し、外に出ると、もう雨は上がっていた。傘も持たずに外出したのに、濡れずに帰宅することができた。部屋に入ると、外は雨。ほほう。ぼくが雷のことが好きだということを知っていて、雷神はちゃんと守ってくれたのかしら。今夜はYMOのライディーンを聴こうかな。
 
 
2013.7.28
《「あめ」といえば、もちろん雨のことですが、「あめつち」といえば天地を指すように、天のことも「あめ」とよびます。/また、昔は、海のことも「あめ」あるいは「あま」といいました。鮑など、魚介類を獲る人を「あま(海人・海女・海士)」というのは、この名残です。この「あま」は「あまひと」、つまり「海の人」の縮まったもので、「あまぞく」という一族もいました。海辺で漁業に従事する人たちのことで、「海族」「海部族」と書きます。/このように、古代の人々は天も雨も、そして海までも全部、一つのものだと考えていましたが、「あめ」が指し示す原初のものは、「天」だったのではないかと思います。》(中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』新潮文庫、62頁より)
この一文から読めることがいくつかあると思ったので書いてみる。今話題のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」、ぼくはほとんど観ていないから、ドラマの中身は語れないのだが、噂話を耳にするだけでも面白そうだということは分かる。「あまちゃん」には、「海女ちゃん」と「甘ちゃん」のダブルの意味が込められているそうだが、主人公が「天野アキ」であることを考え合わせると、引用した「あめ」の話が踏まえられているということが推察できる。さすが宮藤官九郎さんだ。それと、漢字で考えていたら分からなかったことが「ひらがな」でみると見えてくることがある。「あめ」ということばが、「空」と「雨」と「海」という三つの現象をひとつにつなげているということ。これは、現代の科学がようやく解明した雨雲発生のメカニズムに符合する。古代の人々の捉えた世界観が、現代の科学の眼と合致するというのは、とても刺激的なことだ。ジブリに話が飛ぶ。宮崎駿監督がつくる映画では、しばしばこの古代の世界観が顔を覗かせる。「天空の城ラピュタ」では、地が丸ごと天空に浮かんでいる。それが「竜の巣」という雲の中に隠されている。「紅の豚」は、海上と空を行き来する飛行艇乗りの話である。ポルコが人間だった時に幻視した「雲の平原」は実に印象的だ。「崖の上のポニョ」では、海の中と空の区別がなくなってしまう場面がある。深海と宇宙が類似していると指摘する人は多い。生命は海から始まり、そして宇宙へと旅を続けている。竜という伝説の動物は、海に住んでいるが空を飛ぶ。千を乗せたハクを思い出す。飛行機の小窓から雲海を見下ろしたことのある人も多いだろう。上空にいながら海を眺めているような錯覚に陥る不思議な瞬間だ。そもそも、水が空から落ちてくるという「あめ」という現象、それ自体が極めて神秘的である。「あ」と声に出し、「め」と云う。空を見上げて「あ」、水滴が目の中に落ちて「め」。雨水で喉を潤そうとして口をあけて「ま」。「あめ」は天の恵みの一つである。
あめ

あま

めぐみ。
 
 
2013.7.29
◆詩人さんの  2013.7.29◆
 
恋をすると日常のなにもかもが薔薇色にみえるの
苦しいこともつまらないことも全部ガマンできるの
あたしこんど詩人さんに会うの です
詩人さん どんな格好で来るかしら
 
素敵なグレーのスーツに赤いネクタイ
薔薇の花束をかかえて
あたしをみつけるなりこう云うの
 
マダム
これは
夢なんかじゃありません
小説の始まりです
私は
ここであなたが来るのを40年間
待っていました
 
あたしどうしたらいいの
こんなことってホントに起こるの
詩人さんのセリフにとろけてしまうあたし
きっとそのまま気を失って 気が付いたらベッドの上
 
ああ夢よ 夢
これは小説なんかじゃないの
夢なの
 
マダム この帽子は?
ええ あたしの よ
ではごきげんよう
ええ さようなら
 
 
ジャック・プレヴェールの評伝を読んでいたら、詩が書きたくなって、四つほどスケッチしてみた。そのうちの一つが上記の作品だ。評伝にはこうある。
《若い出版人ルネ・ベルトレが設立の準備をしていた「日の出書房」が「『頭の晩餐会』以降、ジャック・プレヴェールが創作した詩とシャンソンのほとんどを初めて収録した一冊」を、2月15日を期して発売するという広告を出したのは、1945年暮れのことである。/ただしブラッサイの回想によれば、この計画は八月には友人たちの間ですでに話題となっていたという。ブラッサイは以下のように述べている。/「1945年8月2日 木曜日/世界大戦が終わった。新聞はポツダム会議の終了を告げている。/「ドゥ・マゴ」で、足の先から頭のてっぺんまで新調して、めかしこんだジャック・プレヴェール。グレーの三つ揃え、グレーの帽子、赤いネクタイ、胸ポケットに赤いハンカチ、そして青緑の二つの眼がバラ色の珊瑚が透けて見える水底を泳ぐ熱帯魚のようだ。(中略)ジャックは映画の世界にうんざりしている。……/プレヴェール──たった一日パリにいるだけで、殺されてしまうよ……。討論だ、契約だ、やれ会合だとまったく話しにならない! 映画の周辺にあるものといったら、うんざりさせ、がっかりさせられるものばかりだ。/(中略)献身的な友人ルネ・ベルトレが、あちこちに散らばっていたプレヴェールの詩をかき集めた。まもなく一冊になって出版されるだろう。/ジャック・プレヴェール──ところで『ことば(パロル)』の表紙は、君の引掻き絵の写真でとてもきれいになるよ……。ああ、これをみてご覧よ。最近送られてきたんだがね……ぼくの詩を集めてつくった本さ……ランスの高等中学生が色々な雑誌からぼくの詩をかき集めて、このガリ版の本をつくったのだ。一部しかないんだが、それをぼくに呉れたのさ……未知の子どもたちや先生のこういう振舞以上にうれしい贈り物はないよ。」》(柏倉康夫『思い出しておくれ、幸せだった日々を 評伝ジャック・プレヴェール』左右社、443頁~444頁)
 
ぼくはすでに現実を見失っている。これから起こるであろうことは、夢ではないが、きっと物語なのだと思う。
 
 
2013.7.30
喫茶店に入ろうとしたら、道端に一匹の黒い蝶がひらひらと舞い降りてきて、ぼくの前に落ちた。もう飛べないのかもしれないと思って指を差し出すと、いじらしくのぼってきた。ぼくは、指に捕まっているそのアゲハチョウを人通りのない場所へ運ぼうと思った。ところが、その瞬間、蝶は再び舞い上がり喫茶店の中へ飛んで行ってしまった。
 
◆貴婦人  2013.7.30◆
 
 
ぼくは一匹の貴婦人について考えている
貴婦人は誰もしらぬノートに書き記している
 
≪あたしの心を奪った人へ
寝ても覚めても
ひとつのこと
気が付くと
そのひとつのことしか
考えていない
ああどうしちゃったのかしら
ジュテーム
と吐息混じりに言ってみる
おおジュテーム……≫
 
雨上がりのアスファルトの上に
一匹のアゲハチョウが舞い降りた
もう飛ぶ力が尽きてしまったのか
街ゆく人々がふみつけてしまいそうになっている
ぼくはその黒い羽根が少し破けていることに気が付いた
さあ この手にお乗りなさい
アゲハチョウは最後の力を振り絞ってぼくの左人指しゆびによじ登る
どこまでお送り致しましょう
 
≪では遠慮なく あたしの墓場はあなたの心 どうか永遠にこの黒い羽根を忘れないで下さいませ≫
 
アゲハチョウは銀色に輝きながらさらさらさらと砕け散る
どこへ消えてしまったのだろう
 
ああ
ぼくの胸の中で
優雅に舞う大きな黒い羽根
その羽音はいつだって
吐息混じりのジュテーム
おおジュテーム…… 
 
 
2013.7.31
◆思い出の猫  2013.7.31◆
 
 
ぼくがまだ少年だった頃
 
おっぱいの大きな三毛猫がいた
でも
ぼくはそんな猫を飼わなかった
 
尻尾のやわらかい黒猫がいた
でも
ぼくはそんな猫を飼わなかった
 
鳴き声がなめらかなペルシャ猫がいた
でも
ぼくはそんな猫を飼わなかった
 
耳の後ろが色っぽいシャム猫がいた
でも
ぼくはそんな猫を飼わなかった
 
ある日
のどをぐるぐるならしながら
一歩また一歩と近づいてくる
足の綺麗な白猫と出会った
 
ぼくはそいつを飼おうと思った
 
さあこっちへおいで
甘いミルクを用意してある
それに
君にふさわしい毛布と爪とぎ
おまけに
最高級のマタタビが
 
白猫はぼくの部屋に入ると
そのままベランダに出て煙草をいっぷく
そして
いきなり飛び降りたかと思うと
翼を大きくて広げて羽ばたきながら
月夜の彼方へと消え去ったのだ
 
 
ぼくが小学生のころ、うちには三匹の猫がいた。名前は黒猫のタンゴ、白猫のワルツ、白黒のサンバ。中学1年生のとき、三匹の猫のうち、サンバがベランダから転落して死んでしまった。死骸を抱きかかえたままぼくは大泣き。きょうの詩は、そのサンバのことを思い出し、もしも猫に翼があったら、という想像がモチーフにある。猫に限らず、翼があったら、空へ自由に羽ばたいていきたい動物はたくさんいるだろう。ぼくも飛んで行きたい。7月が終わり、ああ8月が来る。どうやら、これまでに感じたことのないくらいのウキウキ感を抱きながら、夏の日々を過ごすことになりそうだ。小沢健二さんの「ラブリー」が頭のなかで流れている。

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