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HSPとは名乗りたくない複雑な心境

タイトルを書いていて「SIAM SHADE」の「1/3の純情な感情」が思い浮かんだのは秘密だ。最近になって目にする事が増えた「HSP」という言葉。「HighlySensitivePerson」を略してHSP。簡潔に言えば「繊細な人」を指すようで人口の15%~20%くらい存在するとの事。タイトルと早速矛盾してしまうし、何より自分で言うのも恐縮なのだが実は私もコレである。

調べてみると1996年にアメリカの心理学者が自著の中で提唱した言葉らしいのだが、案外認知されるのに時間を要したようで日本国内でこの言葉を目にするようになってきたのは極々最近である。それこそ近年急速に認知度が上がって来たようにも感じる。と言うのも、私も昨年くらいに初めてHSPという言葉を知ったからだ。正直もっと早く若い頃に知っておきたかったとは思う。「私って何でこうなんだろ?」という疑問に対する適切なアンサーだったし、そもそも自分の気質が少数派に属するものだと確信出来ていれば、もっと色々と割り切って生きてこられたハズなのだ。

幼少期から自分は繊細な気質の持ち主なのかも知れないと薄々感じてはいたのだが、こうもハッキリ少数派であるとは思っていなかった。何故なら「繊細さ」を数値化する事なんて出来ないし、例え出来たとしても身の回りの人々の繊細さを計測して回る事なんて現実的ではないからだ。故に自分は繊細なのかも知れないが中央値からそこまで掛け離れてはいないだろうと思っていた。それをこんな年齢になってから「違う、そうじゃない」と現実を突き付けられても今更感が拭えない。ただ、先にも述べたようにHSPという言葉を知り、その特徴を知った事で今まで感じてきた違和感の全てに説明が付いてしまったというか、急に目の前のモヤが晴れたような感覚を覚えたのも事実なので今後の生き方に何かしらの変化が生まれる可能性はあるだろう。

思い返せば、若い頃は自分の受けるストレスやダメージは皆が等しく受けている平凡なモノであって単に自分の耐久値が低いだけだと思っていたし、自分の周囲が無神経な人間で溢れているのは不幸な偶然だとすら思っていた。そんな勘違いをしていたのだから当時の私と付き合っていた人達はさぞや面倒臭い奴だと感じていた事だろう。正直、スマンカッタ。ただ少数派故の理解されない孤独感を常に感じていたという事だけは分かって欲しい。そもそもHSPは人口の15~20%いるという話だが、肌感覚ではとてもそんなに多いとは思えないと言うか、少なくとも私は今まで理解し合える人に出会った事がないんだがァ!?

noteでもHSPについて書いている人は結構居るようで私も色々読ませてもらったのだが、どうも被害者意識を持っている人が多々いるように見受けられた。そういう人ばかりが目立ってしまうとHSPのイメージが悪化して名乗るのも憚られるような状況になりそうで聊か心配ではある。そもそもHSPという言葉は誰かに名乗るためでなく、特性を自認し易くするためにあるのだと思うので、私も(今回は記事を書く上で例外的にカミングアウトしたが)実生活で敢えてHSPだと名乗るような事はしていない。あくまでも気質を指すモノであって病気や障害ではないのだし、通常より多くのストレスを感じやすい事、それ故疲れやすいという事には同意出来るが、生まれつきの特徴なのだから上手く付き合っていく以外の道はないだろう。10歳ならHSP歴10年、20歳ならHSP歴20年といった具合にどんどんベテラン化していくワケなので、HSPを理由に甘えたり他人に配慮を求めたりというのは違うと思う。私達は少数派なのだから、私達の方が積極的に多数派に寄り添っていかなければ社会は回らない。防御力が低いのならHPを増すだとか、回復力を上げるといった工夫を…ってすぐにゲームのような表現になってしまって申し訳ないが、積み重ねた経験による予測と事前の覚悟で受けるダメージを最小限に抑えたり、時には事象そのものを避ける事は出来るハズ。それにHSPは弱点ではない。人より鋭い感受性は使い様によっては武器にもなるのだから、やはり上手に活かして生きていくのが賢明だろう。なかなか理解されない寂しさはあるとは思う。ただ仲間はいるのだ。少なくとも、ここにも一人…。

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