つるつるすべすべになりたくて、秋
友達との約束の時間より、ちょっと早く待ち合わせの店に着いた。
茶色の壁の、森の中のような雰囲気のケーキ屋さん。
朝10時、奥のカフェコーナーには、まだ誰もいない。
1番奥の、隅っこの席に座り、窓の外を眺めていると、友達が慌てて駆け込む姿が見えた。
相変わらず若いなぁ、と見惚れてしまう。
彼女は娘の同級生のママで、子どもどうしも仲が良く、私たちも気が合うので、時々会っておしゃべりしている。
年齢は私より3歳下。
派手とか華美とかではなく、薄化粧で、いつもセンス良くこざっぱりとしている。
肌が白くて、ツヤツヤ、ツルツル。
年齢よりもずいぶん若く見える人だ。
「若いなぁ、30歳近い子どもがいるようには全然見えない!肌がめちゃくちゃきれいやね!どうしたらそんな肌でいられるの?」
シフォンケーキのセットを頬張りながら、私は彼女にそう訊いた。
彼女は、特に何にもしてないよ、って言うけど、信じられないくらいに小ジワもない。
何か特別なものを食べてる?
お高い美容液とか塗ってる?
エステとか?
よく寝るとか?
友達は首を傾げて、特に何にも当てはまらないなぁって、フルーツをパクりと食べた。
なんだか、彼女はカラフルなカットフルーツが似合う。
目をくるくるしながら、あ!って思いついたように応えた。
「毎晩、風呂上がりに顔のパックはするかな。安いやつだけどね。貼っつけておくだけだし、簡単だから。」
ほほーっ、フェイスパックかぁ。
シートマスクとか、美容マスクとか、フェイスマスクともいう、あの、白塗りメイクみたいなシートのやつね。
心にメモメモ。
美味しいケーキと珈琲に大満足しながら、私たちは、たわいもない話に花を咲かせて、3時間くらいおしゃべりした。
帰り際にそれぞれが家へのお土産のケーキを買い、彼女とは店先でさよならした。
その直後、もちろん私はドラックストアに直行した。
たくさん入った、お得用のフェイスパックを買うために。
*****
夜になり、隠しておいたフェイスパックを取り出し、美肌作戦を開始する。
お風呂上がりに、早速一枚を取り出して、顔に貼り付けてみた。
もちろん、こんな私でもフェイスパックの経験は過去に数回ある。
いただきもののシートマスクだけでなく、自分で買ってみたこともあったが、長続きしないまま長い間放置してしまい、結局処分した。
今回は、必ず使い切る。
見事に全部使い切ったら、ご褒美に次のお得用を買う、くらいのやる気は充分ある。
たっぷりのヒアルロン酸やコラーゲンたちを、散々放ったらかしてきた顔に吸収し、「あれ?琲音さん、何か肌がきれいやん!」を目指すのだ。
顔にひんやりヌルヌルしたシートマスクを当てて、砂漠に水をあげるようなイメージで目を閉じる。
顔だけ時間を巻き戻しているような、幸せな錯覚。
一瞬、セレブ気分になって、目を開けて鏡を見た。
ははは、やっぱりマヌケよね。
写真を撮りたくなるほどに。
10分間くらいが、ちょうど良い貼り付けタイムみたいだ。
イマサラ感が満載で、白塗り姿を夫や息子に見られるのは恥ずかしいので、なんとか10分間を逃げ切りたい。
濡れた髪をタオルで包んだまま、キッチンでお水を飲み、ソワソワしながら時間を持て余していたら、息子が2階からふらっと降りてきた。
慌ててキッチンの電気を消す。
息を潜め、彼に気づかれないように深く下を向いたら、シートが剥がれそうになり、慌てて上を向いた。
その瞬間、キッチンの電気が点いた。
「え?母さん、なんか、やっとる?」
やっぱり見つかった。
彼は変なものを見る目をした後、私のおでこを見てゲラゲラ笑い出した。
「琲音の1センチやな。」
は?何のこと?
いえいえ、言いたいことはわかってる。
私のおでこは、すこぶる広い。
フェイスパックをしたら、他の部分はシートが余るくらいなのに、おでこだけがサイズ的に足らなくて、生え際との間に隙間が空いてしまうのだ。
そこを彼は突いてきた。
「三苫の1ミリ」風に。
「違うやろ、琲音の3センチやわ。」
ヤケクソな私も自虐で返した。
それに実際、3センチは余裕で足りないんだから。
我ながら、企画外の外過ぎるサイズ感のおでこだ、と思う。
あ、でも、前髪が後退したわけではないです。これ、天然ですから。
「あほやな。ていうか、母さん、コソコソと何やっとんの?」
「恥ずかしくてさ。ま、きれいなお母さんを目指そうかなと思って。」
「いまさらか、ま、がんばれ。」
そう言って、息子は憐れむような、興味なさそうな目で私を見て、水を持って2階に上がって行った。
めげない、めげない。
標準サイズからはみ出した琲音の3センチ、美容成分たっぷりの効果は得られない部分だけど、ええやん!
おでこは前髪で隠れてるんだし。
季節は間違いなく巡り、数ヶ月後には、空気が乾燥する冬が来る。
さすがに年齢的にぷるんぷるんは無理だけど…。
せめてカサカサカピカピにならないように、この秋冬はフェイスパックで、つるつるすべすべ風なおばちゃんになるぞ!
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