C of C
毎週、火・木・土曜を基本に、アップします
あとで読む記事をマガジンに保存しておくことができます。不要であれば、マガジンの削除も可能です。
はじめまして、CofCです。今日は2023年12月31日。大晦日の朝です。 明日から新しい年になりますが、私が所属している、あるアーティストの方のファンコミュニティで、Xの「鍵アカコミュニティ」があり、毎年元旦には「今年の抱負」を投稿してます。 で「2024年は何にしようか?」と考えてたのですが、思い立ち、小説を書いてみようと思い、「思い立ったら吉日」と1分でnoteのアカウントを作りました(笑) 実は、そのコミュニティの中で、あるきっかけで「ラジオ小説」(スタエフ)を作
金曜日の午後3時ごろ、娘の直子が帰省した。 荷物は事前に送られたので、小ぶりな鞄だけの 身軽な恰好だ。送られてきた荷物は、 既に直子の部屋に入れてある。 大学は、ここから通っていたので、 3年前まで使っていた部屋だ。 まだ子供が2人居た頃は、 私の部屋というものはなかった。 聡の部屋と、直子の部屋、そして 夫婦2人の寝室という割り当てだった。 子供が生まれ、小さいころは、 妻の洋子と聡が同じ部屋で一緒に寝ていた。 直子が生まれると今度は聡は一人部屋となり、 妻と直
火曜日は防音ブースを借り、練習をする日だ。 この日は演奏動画を撮ってみようと思った。 何かで見たのだが、演奏を上達させるために、 自分の動画を撮って、客観的に見たほうがいい というのを見たからだ。 演奏曲は、Take5だ。長い曲なので、 繰り返し部分などは飛ばした。 今後、何度か、演奏動画を撮るだろうと思い、 スマホのストレージ容量のことも考えた上で、 自分のYouTubeチャンネルを作り そこに動画をアップすることにした。 昨日、色々苦労しながらチャンネルは作った
打ち込むことがあることで、不思議と自分や、 自分の生活自体、自分を取り巻く環境などを、 少しだけ客観的に見えるようになってきた。 決まった時間に、やることがあるのに加えて、 その日に、到達すべき目標というのがあると、 時間の過ごし方の“質”が変わってきた。 そうなると練習以外の部分の時間の使い方も、 メリハリがついてきたと感じてる。 サックスの練習頻度は週2回から週3回に 増えていた。また、それ以外の時間を使って、 音楽動画も、見るようになってきた。 それも何と
サックスを、再びはじめるという心の変化は、 自分の中で、決して小さいものではなかった。 ただ、その心境の変化があったからと言って、 洋子との接し方を変えるため、自らの行動を、 変えるということはなかった。 というより、心境の変化により、 鬱病が快方に向かえば、 自ずと行動が変わるはずという、 ある種、第三者的な思考が働いたように思う 鬱病と診断された事は、良かった面もあれば、 悪い面もあったと思う。こういった、 ある種の第三者的思考は、後者にあたる。 病気を全て
それから週1回、通院することになった。 始めのうちは、精神科を受診していることが 人に知れないよう身を隠すように行っていた。 診察と言っても、基本的には話をするだけだ。 最初に生活状況を聞かれるのは同じだが、 その後はその日によって少し違う。 ただ定年前の事を聞かれ色々話をしていると 自分でも気づかされることは多かった。 自分の道は自分の手で切り拓いてきたという 自負はあったし実際にそうだとも思ってる。 その一方、固有の組織に身を置いていた事で その組織特有の価値
治療が終わり帰宅してから、 私は自分の部屋に閉じこもっていた。 洋子に、合わせる顔がないというのが、 正直な思いだ。 自分の独りよがりな思いを押し付けてしまい、 そして子供じみた行動への負い目で、 洋子とどう接したらいいかわからなかった。 そんな思考が泥沼にはまると、そんな状態も きっと時間が解決してくれるに違いない という根拠のない結論で自分を納得させた。 その後、午後から洋子は仕事に出た。 15時ごろ私はリビングに出て 干してあった洗濯物をとり入れて、畳んだ。
私は、自分の事を決して 衝動的な人間ではないと思っていた。 しかし洋子の一言の後、私は更に言った。 隆「もう食べなくていい。」 そう言って、私は、洋子の前にある 皿を下げ、中身をゴミ袋に捨てた。 私の行動に洋子は何か言っていたのだが、 頭に入ってこなかった。 洋子は、洗濯機に入ったままの洗濯物の中で 乾きにくいものは乾燥機にかけ、 それ以外を外に干したあと再び仕事に戻った。 残された私は、調理器具や食器を洗った。 肉じゃがは多めに作っていたのだが捨てた。 捨て
洋子が仕事に戻っていくと、私には洗濯物を たたむ以外のイベントはなくなってしまう。 そのため、午後は散歩をすることが多い。 ビジネスの世界でバリバリやっていた頃は 「散歩しながら、ゆっくりと、過ごす午後」 というシーンに“理想郷”的なものさえ感じた。 しかし、それは、それ以外の部分においての モチベーションがあってこそだと、今は思う。 散歩に出て風景を見ても、見ず知らずの店に フラッと入っても感情の揺さぶりは全くない。 結局、辿り着くのは近所にある、 コンビニか、
洋子は直子の大学進学後、自宅から徒歩圏の 物流業企業で、事務のパートをはじめた。 生活費のためにというより、子供が手を離れ 持て余してた時間の有効活用という理由だ。 平日の9時から17時は、ほぼ仕事に出ている。 私が定年退職後、家に居るようになってから、 始めのうちは、これまで通り掃除や洗濯など、 家事を片付けてから、仕事に出かけていた。 しかし私から申し出て、平日については 掃除や洗濯を、私がやるようになった。 私より上の年代なら 「男が家事をするなんて」という
拓也の回想が4時間前に追いついた時、 部屋に響いた隆の言葉で、現実に戻ってきた。 隆「居ない、なぜ?? そこに座っているのは、洋子じゃない!」 少女の低い呻き声と同時に、 私達に押し寄せた衝撃波は、 突き当りにある窓のガラスをも、 割ってしまったようだ。 外からさす月明りがほんの少しだけ 部屋の暗闇をやわらげた。 それにより、3人が対峙している 5つの物体が、ぼんやりと認識できた。 呆然と立ち尽くす莉子、そして、 その横には生気なく椅子にうずくまる少女、 更にそ
さあ、前回までの2回は、 どうでもいい内容でしたが(苦笑) 一応、真面目なことも。 ということで、今回は、違った視点で、 拓也と、晴香の駆け引き捉えたら? というお話です。 晴香視点からみた第一章 第一章に限らないですが、 この小説は「私」の視点で語られています。 第一章の「私」は拓也です。 拓也の視点から言うと、大まかには、 ・自分を取り巻く職場環境への苛立ち ・偶然から晴香と体の関係を持つ ・体の関係を続けるうちに、自身の心の 変化に気づく ・晴香に対する無
前回、“神”イタリアンについて触れました。 ちなみに、こんな顔(どんな顔?)ですが、 私、わりとイタリア料理が好きです。 作者一家、御用達のお店 イタリア料理が好きになった きっかけになったのは、世田谷にある とあるイタリアデリのお店です。 ここは偶然見つけた店で、 当時、妻がワインにはまってたので、 ワインを買いに入った店です そこは夫婦お二人で営んでおられる店で 奥さまがデリの調理を担当し、 旦那さまが、ワイン販売や仕入をされてます。 とにかく、そこのデリ
第一章、 ご愛読ありがとうございました。 いかがでしたか?なんか、サラッと 終わったでしょ。(笑) 連載開始前のコラム①でも書きましたが、 各章の最後は、「え?これで終わり?」 って感じで、終わっちゃいますが、 最終章での伏線回収になります。 拓也のモデルは? さて、第1章の舞台と主人公は、 「医療」関係者でした。 私自身、医療との関わりは風邪を ひいたときに“患者”として行く ぐらいなので、知識はありません。 そんな中、題材として選んだわけですが、 主人公に
翌朝、目が覚めると、頭はスッキリしていた。 やはり、寝不足がたたったのかもしれない。 リビングに行くと、晴香がソファに 横たわって寝ていた。 それを見て、しまった、と思った。 まさか本当に気遣って泊まってくれて いるとは思ってなかったからだ。 私の足音に気づいた晴香が目を覚ました。 そして、慌てて私に近づき、言った。 晴香「具合はどう?大丈夫?」私は返した。 拓也「本当に泊まってくれてたなんて 本当に、ごめんなさい。 もうすっかりよくなったよ。晴香が言った よう
その日はそのまま、晴香は、部屋に泊まった。 翌日は、2人とも仕事だったので、その日は、 あまり夜更かしせず、眠りについた。 晴香の手を握り、朝まで眠った。 翌日は緊急のオペもあり、かなり多忙だった。 週末が学会の為、変則的に木曜が非番だった。 それもあり、オペの後も、書類の作成などで、 遅くなり、病院を出たのは23時過ぎだった。 晴香には、オペが終わってから、遅くなりそう だから、先に休んでてとLINEをしておいた。 家に帰り、玄関を見ると晴香の靴があった。 晴香