見出し画像

懲りたはずなのに!またフィリピンへ

帰国して平和な生活を送っていたとある9月。そろそろ季節も涼しくなるころ。

近所に中年フィリピーナが越してきた。

どうやら日本人との間に子供を持ち離婚して10年ぶりくらいの来日とのことだった。

子供はフィリピンに残して一人で観光ビザ。確か2か月未満の滞在だったと記憶している。

近所のおばさんは何を思ったのか、私にその中年フィリピーナを紹介してきた。

カナダ留学経験者で英語ができたということと、フィリピンに一か月行っていて帰ってきたばかりだと聞きつけてのことだったらしい。(詳しいことは知らんが)

その人の名はマーさんと言った。この人との出会いがまた人生を大きく狂わすことになる!

私にも問題があったと思うのだが、単純に英語を話したかったのだ。はっきり言って誰でも良かった。日本にいると英語を忘れてしまいそうで怖かったのだ。

一週間で打ち解けてなんでも話すようになったし、買い物なんかも手伝うようになった。

日本に来た理由は、ハーフの子供を日本国籍にするために手続きがあるとのことで、遠くの町役場までドライブして書類を取って、入国管理局に届けたり、とりあえず頼まれることは良かれと思って全部やってあげた。

そして、このあたりから例のフィリピン人の短所?が出てきた。いつの間にか私のスキマ時間にまで彼女の指示が飛ぶようになってきた。その約二か月間は、ほんとにマーさんに奪われたと感じている。20歳そこそこの若者が体験することではない。

友人からも、彼女とかかわるのはほどほどにしとけ、と何度もたしなめられた。しかし、英語が話せるだけで当時はなんとなく楽しかったのだ。

あと、今まであまり人のためという人生を送ってこなかった自分が初めて人から必要とされていると感じて少し自己満足に浸っていたのかもしれない。
ま、とにかくかかわりすぎた!

ある日、マーさんは不法就労?(観光ビザで入国してたから、おそらくそうだと思う)の夜勤から帰ってきてから連絡をしてきた。「書類とビザの件うまくいきそう。11月に帰るけど私の実家来ない?町の名前は、ラグーナのカブヤオ」

ここで私はまたやってしまった。「また、ラグーナか。でもサンペドロとは違う町か。うん、行ってみたい。」

あの家族よりかはマシだろう。うん、きっとそうに決まってる。あの家族が特別だったんだ。そう言い聞かせて、当時安かった台北経由の中華航空のチケットを購入していた。

これがまたあやしく危険な旅だとも知らずに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?