いったいそれは

路上で倒れている女性を助けたら

夜中に自転車で散歩することがあります。

あるとき駅付近を走っていたら、淡いピンク色のスーツを着た中高年女性が倒れていました。
近くに自転車も倒れていて、物が散乱しています。
辺りには人がいません。

徳を積む機会です。
冗談です。
たいへんです。
もちろん助けますよね?

助けました。
失礼のない距離を保って抱きかかえ――近くで見るとお化粧がかなり濃いことに気づきます――失礼、まずはゆっくり上半身だけ起こしました。

――大丈夫ですか?
「ああ、ありがとうございます」
――けがはありませんか?
「ああ…」
――痛いところは?
「ああ、なんか腰のあたりが…」
――救急車呼びましょうか?
「いえいえいえいえ、大丈夫です元気です」

というわけで大丈夫そうなので、自転車を起こして散乱している物を集めていると、女性は「本当にありがとうございます」と言いながら肩にかけたバッグから何やらごそごそと。
もしやこれは、いやまさか。
であれば辞退したいが、早まれば恥をかく。徳が逃げる。
知らぬふりで物をカゴに戻す作業に集中します。

「あの、2万円…」
え、にしても多すぎやしませんか?
――いやいやいや
「2万円でね」
――いやいやいや
「英語が喋れるようになるんですよ」
取り出したのは教材のパンフレットで。
――いやいや…
「今日も新宿で…」

女性は路面に座り込んだまま、私を見上げながら、この教材に出会えたあなたは幸運だと説くのでした。
恐れ入った。
大丈夫そうなので「じゃあ」とそのまま立ち去りました。

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